無機物相手には?
マリナのチャンネル登録者は、インフルエンサーと表現するに足りるものだ。事実探索者用の装備メーカーなどから宣伝の依頼やエナジードリンクを販売する企業がスポンサーについてもいいと提案してくるなどといった、いわゆる案件も多数お願いされているらしい。
もう配信者一本で生きてもいいんじゃないか、と思わせる強さである。だが本人はあまりその気はないようだった。まあかなり下まで行けば素材売却の収入が配信の収入をはるかに上回るし、隠しているパワーとかがあるのなら配信者はあくまで一時的、とするのが正解なのかもしれない。というか朝日レンのいる〖三剣〗が未だに最前線で配信してるのがそもそもおかしいんだよ。あと〖ドM☆連合ver2〗。
「どうも、マリナです! 今日も引き続きアヤメと修行僧をゲストに呼んで配信していくよ!」
「アヤメです、よろしくお願いいたします!」
「肉! 肉! 肉!」
「名前を言いなさい!」
『コントできあがってて草』
『今回も修行僧チャンネルじゃなくてマリナちゃんの方なのか』
『お、見たことない階だな?』
コン、とマリナに脇腹を小突かれながら配信が始まる。今僕たちがいるのはマイナス14階、通称「森林」。ダンジョン内に数多の植物が生え、虫や小動物があちらこちらを駆け巡っている。視界は背の高い木々に阻まれ遠くを見通すことはできない。
通常、ダンジョンにはモンスターしかいない。その点でもこの階は奇妙な存在であった。明らかに植物についている小さい虫は日本国内でよく見るアブラムシだし、ダンジョン原産とは思えない。かといって昔からいたわけでもないらしく、発見当初から日本国内と同一の生態環境が見られるとのことだった。
流石マリナのチャンネルだけあって、コメント欄は直ぐに埋まっていく。あっという間に万を超える同時視聴者数を記録し始めていた。平日の昼間にこれはちょっと凄い。
「今日はマイナス14階、獣系モンスターが多いと話題のここでがんがんモンスターを狩っていきたいと思います!」
『ここって素材ゲロマズじゃなかったっけ?』
『エンカウント率高いくせに経験値もドロップも微妙なカスダンジョン。しかも迷いやすい』
『弊社にイーダ様のモンスターの肉をお任せ頂く事はできませんでしょうか。販売代行の実績多数の-----』
『イーダ君、うちのクラン空いてるけどどう? 他の子も一緒に入ってくれてもOKだよ!』
『また修行僧によるグロ映像始まるぞ』
コメント欄は前回と比べると企業系のコメントが増えてきている。というのも、モンスターの肉の効能が伝わり、上層部から声掛けのOKを取れるまでに少しラグがあったからなのだろう。まあ荒島が早すぎただけでこれでも動きが早い部類ではあるのだろう。
そして今日配信している理由も、そういった強引な勧誘対策だ。全てをカメラに収めておくことで、何かあった時の保険として使えるようにする。ついでに以前の回線切断対策に、オフラインで録画可能なカメラも全員装備済であった。
「じゃあ早速探索していくけど、まずこのマイナス14階の特徴は、モンスターが大量に隠れている所。例えばこの足跡、これは通称ゴールデンゴリラが歩いていた跡だね」
「なんだそれ、聞いた事ないよ」
そんな僕を他所にマリナは早速配信を始めていく。が、彼女は早速意味分からないことを言いだした。ゴールデンゴリラってなんだよ。メタルゴリラの上位モンスターか?
「これだからマイナス1階に籠ってた修行僧は……あれ見なさい」
「……本当にゴールデンだと……!」
『発光』スキルを持つライトロードというモンスターがいる。彼らは細長い線虫のような見た目をしており、他モンスターの体内に寄生して生きる。そのためこの付近ではゴールデンなモンスターが時たま出現してくることが知られていたらしい。
加えてマイナス16階前後に生息していたゴリラ型モンスター、通称マジカルゴリラはここ1年で上の階に移動してきている。その結果、最近ゴールデンゴリラが観測されるようになったとのことだった。てかなんでゴリラなんだよ。魔法を使うモンスターならもっと色々種類あっただろ。コカトリスの次がゴリラ、なんか納得がいかない。
ゴールデンゴリラはこちらに気付いた様子はなくそのまま細い道へ移動してしまう。それを見送りながらマリナはカメラに向かって人差し指を立てた。
「今日のもう一つの目的が《解体》の効果検証。既に地上で建造物みたいな物体には効果が無いのは分かってるわ。でも無機物系のモンスターに対しての効果はまだ不明、というわけでこの階で出現するゴーレム相手に使ってみる予定よ」
『確かマイナス12階から降りてくるんだっけ、ゴーレムは。硬いから嫌いなんだよな』
『《解体》の効果は確か可食部とそうでない部分に分ける、だっけ。となると可食部のないゴーレムには効果なしのカススキルになるはずだけど』
『修行僧ならゴーレムを食べれるから、多分』
マリナが話す内容は、今朝相談していた内容だった。『魔物調理』という名前である以上、モンスターであれば効果を発揮するはずだ。しかし《解体》の文章を見るに食べられないモンスターには効かないように読める。
これの最も恐ろしいところは、例えば
というわけで早めのうちに安全な場所で検証しておこう、というわけだ。マイナス14階という浅い階を選んでいる理由がそこである。
そんな話をしているうちに、声を聞きつけてかカメラ向かいの道から2体のモンスターが現れる。一体は先ほど出てきた例のモンスター、ゴールデンゴリラ。そしてもう一体は人型の動く石像、ゴーレムである。
背丈は僕らより二回りは大きい。その見た目通り動きは鈍重で、ゴールデンゴリラはゴーレムを盾にするように歩いていた。
『たまにああいうことするモンスターいるよな。クソ厄介』
ゴールデンゴリラはこちらを見つけると警戒心をあらわにする。そしてその手に火を浮かべた。
モンスターもまた、スキルを持つ。例えばコカトリスであれば『麻痺毒』、ゴールデンゴリラであれば『炎魔術』。ゴールデンゴリラは手に浮かべた炎を矢のように変化させ、こちらに向かって射出する。
「いきなりかよ!」
「イーダはゴーレムの方よろしく! 《解体》試してみなさい!」
マリナが足元から水を射出し、炎の矢を相殺する。続いて『水魔術』で操作された水の塊が地面を這って移動を始め、それに合わせるように月城さんが前に出る。ゴールデンゴリラは何度も炎の矢を放つが、水の塊が形状を変えて月城さんを守り、彼女の前進を阻止できない。
二人がゴールデンゴリラを引き付けているうちに、死角になる位置から僕はゴーレムに突撃する。背中には昨日購入したスレッジハンマーとソードブレイカーがある。僕はさっそくソードブレイカーを試す時だ、と取り出した。
ゴーレムの持つ剣は分厚く、しかしヒビが入っている。正面から受け止めるのは難しいが、力を受け流しながら折る分には十分可能だろう。
ゴーレムがこちらを無機質な目で見つめ、ぎごちない動きで剣を振り下ろす。ソードブレイカーを合わせようとするが上手くいかず、ばちんと体ごと跳ねのけられる。
跳ねのけられるだけで済んでいるのは驚きだった。体重も得物の重量も圧倒的な差がある、以前であれば体ごと吹き飛ばされているだろう。しかし今は手の痺れもなく、強く押された程度の感触しかなかった。
再びゴーレムが横なぎに剣を振るう。心を落ち着ける。大丈夫だ、Lvアップにより身体能力は十分に向上している。いつも通り正確に狙い、正確に流し、正確に砕く。
ゴーレムの剣のヒビにちょうど当たるように、ソードブレイカーの切れ込みを合わせる。かちりと噛みこんだ瞬間に縦方向に全力で力をかけた。
瞬間、べきりという音と共に分厚い剣が砕けちった。ゴーレムは思わぬ事態に態勢を崩し、ゴールデンゴリラを巻き込んで転倒する。土埃が舞う中、僕はゴーレムに向かって走る。
【死亡した生命体の体を切断し、可食部とそうでない部位に分けることができる。『魔物調理』を保有している場合、死亡した生命体の代わりに活動中の魔物に対して発動が可能になる】
解体の効果を読む限り、無機物のモンスターであるゴーレムに適応できるかはやはり不明瞭だ。だからこそ調べてみる価値がある。
僕はゴーレムの脚に手を置き、派生技能を発動した。
「《解体》!」
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