『星書記同盟』


「細木原が『魔物調理』による【保持存在】を狙っているという証拠はありますか?」

「私たちも全てを知っているわけではございません。当時は探索者の生き残りとして民間人の救援活動に徹しておりました。そのため得られる情報は断片的、あくまで状況証拠と証言からの推定です」

「ちょっと待ってや、何の話してんねん!」


 天王寺さんが頭を抱えながら彼らの話を止める。周囲を見てみるとマゾブレード田中さんの話に頷いているものばかりで、よく分からないと頭に疑問を浮かべているのは僕と天王寺さんだけのようであった。……あれ、僕たちの方が少数派?


 正直理解のできていない僕たち二人にマゾブレード田中さんは優しく説明を始めた。


「私たちの高Lv、政府のダンジョンへの奇妙な対応、消えていた防衛大臣。全ては前の世界、という要素でつながっています。ある時は6層とも呼ばれる世界です。前の世界は2042年に謎の爆発が発生し、その後大量のモンスターが地上にあふれ出す地獄でした」

「……嘘を言ってるわけやなさそうやな。それで?」

「私たち〖ドM☆連合ver1〗は戦い続け、残念ながら死亡しました。しかしメンバーの一部は何故かその記憶を今の世界に持ち越しているのです」


 彼らの話を聞く限り、記憶を保持するのにはある程度の条件があるようだった。例えば僕や天王寺さん、多くの一般人はそんな記憶を持っていない。仮に大量にそんな人がいれば、もっと話題になってよいはずだ。


 天王寺さんはクランマスターなのにこの事を知らなかったらしく驚愕している。まあ確かにクラン運営に必要な情報ではないかもしれないけど、流石に仲間外れは少し可哀想であった。


「ver2ってそういうことやったんかい! てか何で教えてくれへんかったねん!」

「初めて出会ったときに「前世からの主様!」と言ったのを覚えておられますでしょうか。因みにver1のクランマスターもお嬢様でした」

「なんか屈強で高Lvの見知らぬ男たちが「お嬢様……!」とか言いながら近づいてくるのはそういう理由やったんか……。身に覚えのない功績で慕われるの違和感凄いわ……」

「いえいえそれほどでも」

「ほめてへん!……というかこいつらを調教したの、もしかして前回のうちやったんか? ……え、この状況自業自得なん……?」


 天王寺さんは初めて知った事実に凄く複雑な表情になる。今の話から推察するに彼女の状況は確かに恐怖そのものだ。見知らぬドMが急に親しげに近づいてきて、しかも自分のことをよく知っている。しばらくして気づけばドMばかりの精鋭が揃ったクランが完成、意味がわからないだろう。


 ……そういえば僕も似たようなことがあったな、と思い出す。細木原の「飯田隊長」という発言だ。思えばあれも同じように、細木原と前回の僕に繋がりがあったということなのだろう。それならコネに免じて手加減して欲しいし荒島を早く潰してほしいんだけど。


 天王寺さんは彼女自身が持つ様々な経験と今の話が繋がったからなのだろう。頭を抱えながら続きを促した。


「私たちも『魔物調理』については配信されている情報を把握しております。その上で、我々の持つ情報をお伝えしましょう。一つ、『星書記同盟』と呼ばれる組織があります。彼らは国家規模の組織で、意図的に層の生成を目論んでいるようです。もう一つ、彼らは層のことを高密度情報レイヤーと呼称していました」


 急に知らない単語二つも出すなよ、頭が混乱するじゃん。とりあえず悪の組織っぽいやつがいて、層を作ろうとしている。でも層ってなんなんだよ。基礎的な単語の意味が不明瞭なせいで情報が出てきても分かりにくいんだよな。


 僕は既に若干ついていけなくなっていたが、マリナは逆に顔を前に寄せ、食い入るように話に耳を傾ける。


「それは構成員から聞き出したって感じなん?」

「その通りです。そして彼らは言っていました。ダンジョンの最深部に高密度情報レイヤーを生成できる、『星書記』と呼ばれる存在がいると」

「レイヤーってイラストとかで聞く単語ですよね。無色透明のシートで、それを何枚も重ねて絵を作る、みたいな。例えば顔、武器、エフェクトみたいに上から重ねて一枚絵が出来上がるとか」


 横から僕が口を挟んだ瞬間、マリナが考え込み、ぼそぼそと喋り始める。


「つまり6層から7層になる際に「スキル」というレイヤーが追加された? 確かにステータスカードやスキルの説明が、物理法則にしてはあまりにも人為的なつくりなのには納得がいくわ。でもどうして? 何故スキルが? 世界を変えられるならもっと不老不死や世界統一とか派手なことをしてもいいはず。そこまでの能力はない? それともそれらを捨ててでもスキルをレイヤーとして加算する必要があった?」


 だがすぐに「……駄目だ、情報が足りないわ」とマリナは頭をぶんぶんと振って、マゾブレード田中さんを見つめる。それは彼も同様だったらしく「ええ、私たちも真実にたどり着けてはいません」と重苦しい声を発した。


「真宮マリナさんから伺った細木原の言動は、明らかに私たちのような単に記憶を引き継いだ探索者のものではありません。手持ちの情報から判断すると、『星書記同盟』に所属している可能性が高いと考えます」

「自衛隊の緊急回線を止めたことを考えると、ハッキングや特殊能力よりそちらの方が可能性が高いですね。それに層を生み出すのであれば、仕組みは分かりませんが【保持存在】の記載通り本当に蘇生ができるかもしれない。そう考えると提示された年1億という価格も十分納得が行きます」

「その通りです。その上で改めて、あなたたちは星書記同盟という規模も権力も未知数な組織と敵対する覚悟はあるのですか?」






 □□□□□□□□





「昨日のお話はどんな感じでしたか?」

「よくわからん話をずーっとしてたよ。僕は途中から聞いてるだけ」

「それで片付けるあんたの認識がおかしいのよ……」


 翌日、昨日の結果報告とダンジョンへ潜る前の打ち合わせのために3人で再び僕の家に集合していた。


 結局昨日、僕たちは結論を出すことはできなかった。ただ天王寺さんは「荒島は気に入らん、星書記なんたらが誰やか知らんが戦うなら手伝うで!」と終始友好的だったし、マゾブレード田中さんも僕たちの同盟に否定的であったわけではない。むしろ前の世界で民間人の支援をしているところを見るに、情に厚い人なのだろう。


 ただ荒島に対抗するとなるとやはり相当なトラブルが想定される。それに打ち勝つ覚悟について、僕たちは即答できなかった。荒島と『星書記同盟』?に従うことによるデメリットよりも、彼らと戦うことによるデメリットの方が大きくなる可能性は高い。



 あと単に会話についていけなかった。



 マリナたちにとっては前世?の滅亡に関わる恐ろしい組織なのかもしれないけれど、僕からすると荒島個人の方がよっぽど怖いんだよな。


 少なくとも直接襲い掛かってくるのは荒島だ。星書記同盟なんて僕にはあんまり関係が無いよね!


 ……この考えが半月後には大きくひっくり返されることになるのだが、それはさておきとして。



「というわけでモンスターの肉焼こう!」

「結局こうなるのよね……」

「揚げ物系を希望します!」


 荒島達が動き出すまでまだしばらく時間はある。結局荒島と争うにしても従うにしても、Lvが低いままだと搾取されて終わってしまう。僕たちがウキウキモンスターの肉食べ放題ライフを送るには、どんな形であれまずはLvを上げる必要があった。


 7月27日朝。僕たちはまだ知らない。マイナス14階で《解体》の思わぬ仕様と【保持存在】の実例を見ることになるとは。


 『魔物調理』には、まだ先がある。


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