【保持存在】2

 探索者はあだ名や二つ名を名乗ることがある。これは単にコードネームであったり、時には名前を覚えてもらいやすくするための作戦だったり、あるいは本名を隠すためだったりする。例えば僕は配信者でもあるので本名バレ対策にイーダ、なんて名乗っているわけだ。


 とはいっても無意味になっている場合も多いけど。荒島はそのしつこさと強さからマムシ、なんて二つ名を名乗っているらしいが誰も呼びやしない。だってありきたりすぎて色んな小説や実在の人物に被り過ぎていて、あまりにも印象が薄いから。仲間内で呼ばれているだけの、半ば趣味のようなものになりはてている……と昨日掲示板に書いてあった。


 そういう意味では目の前の田中さんがマゾブレード田中、と名乗っているのは実に戦略的である。名前を聞くだけでどこ所属でどんな戦闘スタイルか一発でわかる。さらに聞き馴染みのないワードなのでしっかりと頭に残るし、ビジネスマンとしては最適の二つ名といえるだろう。


 マゾブレード田中さんは落ち着いた足取りで僕たちを案内する。周囲の探索者が行きかう様子を見ながら、穏やかな表情で僕たちに説明してくれる。


「ここは元々探索者関係が集まるテナントだったのですが、私たちが宣伝のために命名権を買い取らせて頂いたのです。その影響でこのビルには我々とスポンサー契約を結んでいる企業がたくさんあるのですが、イーダ殿のお眼鏡にかなう品がその中にあったようで、我々としてもうれしい限りです」


 マリナに買ってもらったソードブレイカーのレシートにはよく見るとMのマークがついている。これが〖ドM☆連合ver2〗との提携をしている証だ。このマークを付けるにはメンバーがテストし、最前線でも問題なく使用できるか査定を受けなければならない。そんなわけでドM印の商品は耐久性に優れるということで多くの探索者が使っており、事実僕の今使っているグローブはドM印の製品だ。


「少し時間が前倒しになりますが、せっかくの機会ですのでこのまま予定していた会議に移ることに致しましょう」

「そうね……その方が助かります」

「ではご案内致しましょう」


 田中さんの背中に続き僕たちはデパートを歩いていく。マリナはこそっと僕に耳打ちをした。


「このクラン、メンバーの性癖は終わってるのよね……」


 マリナのぼやきはイマイチよく分からなかった。〖ドM☆連合ver2〗の名前は僕もよく耳にする。曰く変態、曰く紳士、曰く最強の一角。クランマスターから罰という名のご褒美をもらうべく限界を超えて挑戦する姿は、僕にとっては輝かしい物だった。


 犯罪行為をしているわけではないし、彼らの活動は清廉潔白で探索者の手本になれるほどの振る舞いだ。SNSで暴れることもなく、民間人に手をかけることもなく、困っている新人は手助けし自分たちは最深部に向かって挑戦し続ける。


 自分の夢に向かってひたむきに走るその姿は素晴らしいの一言にすぎる。その夢が如何なる形であれ否定するのは違うと思う。そう返すとマリナは若干引いた様子になる。


「もしかしてこいつも……!? それだったら3年間の苦行の説明がつくわ……!」


 何か勝手な勘違いで戦慄しているマリナをおいて、僕たちは再び足を進めていく。階段を上り2階の店を抜けていく中で、ちらりと見慣れた人影が映った。


(月城さん……?)


 そこには何故か、今日和歌山に行っているはずの月城さんらしき後ろ姿があった。何やら武器店に入り、いくつか武器を見繕っているようである。僕たちに嘘をついていたのだろうか。


 ……少し考え、マリナにも告げずに僕は記憶の片隅からその事実を消去した。仮に僕たちと行動したくなかっただけなら、見つけてしまえば更に話がややこしくなる。


 それに月城さんも馬鹿ではない。僕たちと鉢合わせする可能性の高い店に、嘘をついて来る訳がないだろう。そして何より、彼女のシルエットは昼前に見た時より一回り痩せていた。きっと赤の他人だ、そう思い直して僕はマゾブレードさんの後を追った。






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「お嬢様、お二人をお連れしました」

「ありがと、ほな入ってもらって」


 会議室の扉を叩くと若い女性の声が帰ってくる。恐らく京都と兵庫あたりの関西弁が混ざった口調の返答を受けて、マゾブレードさんは扉を開けた。


 中は至極まっとうな、ビジネス用の会議室だ。清潔で整頓されていて、机の上には幾つかの資料が並べられている。上座に当たる位置に座る20歳くらいの女性は、少し憂鬱そうな表情をして座っていた。綺麗な茶髪をショートに切り揃え、ジャケットを着た女性は僕たちを見て表情を笑顔に切り替える。


 昨日の時点で調べたところによると、目の前の若い女性こそがこのクランのリーダーであるらしい。スキルは『毒付与』、僕の持つ『麻痺毒』とは異なり相手の行動のみを停止させるような器用な真似はできないが、代わりに他人の武器にエンチャントを行うことができるらしい。若きカリスマとして数多の優秀な探索者を従える女王。


「うちは天王寺シオリ。非常に不名誉なことにこいつらの管理役をやってる。よろしゅう」


 彼女の周囲に座るスーツの男性たちは皆彼女より年齢が上に見える。しかしその粗雑な扱いに一切嫌な顔をせず、むしろ喜びの笑みを浮かべる辺り、実に統率が取れたクランといえるだろう。それぞれの男たちは名札を付けており、右から順にマゾシールド佐藤、マゾバリアー佐々木と名前がしっかりと統一されている。因みにクランマスターの天王寺だけは名札をつけていない。


「き、気持ち悪い……」


 マリナが交渉相手にすごく失礼なことを言う。僕は顔を顰めるが、しかし予想外なことにその発言に一番食いついたのがクランマスターの天王寺さんであった。


「分かってくれる!? せやねん、こいつら本当に気持ち悪くて、拒否すれば拒否するほど喜ぶねん。挙句の果てにわれらの女王だとか言われてクランマスターにされるし……。信じられんやろうけど、このクランで一番Lv低いのがうちやからな」

「あたしの方は気持ち悪くはないですが、暴走しているときのげんなり感はよく分かります……。かといって放っておくわけにはいかないですし」

「せやんなせやんな! これだから実力とコミュ力と顔と性格だけの奴は!」


 あっという間に二人は意気投合していく。しれっと僕も巻き込まれていることに憤慨するが、周囲の面々が良い笑顔をしているので文句を言い出しづらい。如何なる批判も正面から受け止め糧にする、一流クランのメンバーなだけはある。ひとしきり二人が話し合い、「我らは同志!」なんて握手した後、天王寺さんはコホンと咳払いし話を切り出した。


「盛り上がり過ぎたけど、早速本題に入るで。対〖バンデッド〗への協力についてやったな」

「はい。事前に連絡した通り、『魔物調理』のLvアップ効果を狙っての脅迫が発生しています。現在あたしたちはあくまで一探索者にすぎません。そこで、バンデッドの行動が活発化するであろう来週以降に向けて、傘下に入れて頂けませんでしょうか」

「うちらの傘下に入ることで、無理な手出しを避けようというわけやな。仮に襲われたら力づくで取り返す約束、と」

「はい。彼らが無法を働けるのは暴力があるからで、同レベルの暴力がバックにあればうかつに動けないはずですから」


 これは事前に話し合っていた内容であった。月城さんと僕とマリナで即席のクランを作り、傘下のような形になる。いくら荒島が強いといえども、会議室にいるLv50オーバーの精鋭達の相手は手こずるだろう。そして万一僕が逃げてしまうと、その瞬間脅迫罪等の容疑がかかり、荒島はゲームオーバーに陥る。


 完全に荒島の嫌がらせを止めることはできないだろう。しかし彼らと手を組めば僕らに強硬手段をとることへのリスクが急上昇する。


「モンスターの肉について、対価として融通してくれるんよね?」

「勿論です。とはいってもまずは飯田のLvアップを優先したいので、そのあとで良ければ、ですが」

「ええやんええやん。それにあのクソ犯罪者に嫌がらせできるなら、これ以上に素晴らしいことはないで」


 いきなりのお願いであるが、天王寺さんは乗り気なようであった。そもそも性格がお人よしらしく、加えてモンスターの肉というメリットまであれば、断る必要はないという判断なのだろう。


「具体的な取り決めをするには、『魔物調理』の不確定要素が多すぎますので一先ずは口約束でお願いできますでしょうか」

「大丈夫やで。うちらは名前と性癖についてはさておきとして、一番まともかつ最前線で攻略を続けるクランや。約束を違えようにも、うちら以上に良い協力相手はおらんはずやしな」


 開始からわずか数分。あっという間に話がまとまりかけた時だった。横から〖ドM☆連合ver2〗副長、マゾブレード田中さんが重苦しく口を開く。


「真宮マリナさん。荒島殿の隣には細木原、という男がいたそうですね」

「……はい、それがどうかしましたか?」


 細木原。荒島とは別の勢力に所属していると思われる謎多き男。そして今朝の細木原についてのニュース。画面に映る顔写真は紛れもなくあの細木原だった。確か細木原の遺体っぽいものが見つかって、でも細木原が生存していることが確認されたから別人だ!という話だっただろうか。


 マゾブレード田中さんはその言葉を聞いて首を振る。そしてとんでもないことを口にしたのであった。



「細木原の狙いはLvなどではありません。【保持存在】、そのために『魔物調理』を欲しがっているのです。彼らは既に次の層を見据えています」



 保持存在の効果を僕は思い出す。そしてあの意味の分からない文章が、ようやく繋がってきた気がするのであった。


【保持存在:VOLACITYが人間を食べた際、存在はその個体に食料として保存される。何らかの方法で回収に成功した場合、解放することで次層にて蘇生が可能となる】

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