自己紹介と新武器

 大阪ダンジョン周辺にはいくつかの探索者向けの店がある。そのうちの一店、ギアガレージ『M』という店に僕たちは来ていた。


 僕たち、とは言うが月城さんだけは仲間はずれである。というのも彼女は家の用事で和歌山まで行かないといけないらしい。曰く親族の集まりとのことで、彼女は名残惜しそうに去っていた。


 早速店に入るが、見た目は完全にショッピングモールそのものである。武器屋というと歴史ある油汚れのこびり付いた店、なんてイメージがあるがダンジョンが発生してから10年しか経過していない。そのため店も職人も比較的年季が浅いのである。


 だが一方でその技術は確かであった。


 自動ドアを抜けると一面にグローブからコート、果てには全身を覆う軍隊用ボディアーマーまでもが、まるでオシャレな洋服でも飾るかのように並んでいる。さらにその先に向かえば短刀やクロスボウがひしめき合い、まるで博物館かのようである。


 僕が今まで装備を購入していたのはホームセンターかダンジョン入口のショップだけだ。この二つは比較的価格が安く、汎用的な装備をメインに売っている。マイナス一階に籠る稼ぎの少ない僕にはうってつけの店だった。だが今回は真逆。少し気後れしている僕を見て、マリナは大丈夫大丈夫と手を振りながら言った。


「配信者も多いからオシャレな装備が売れやすいし、スキルによって戦闘スタイルが大きく変わるから必然的に多品目を並べる必要があるのよね。正直これくらいの規模の店じゃないと自分に合った装備は変えないわ」

「値段が高いのはそういうことなんだ。全部一品ものに近いから……うわ、これ1着100万するのか」

「コスパという意味ではダンジョン入り口前のショップより悪いわ。命の危機があって、でも一獲千金を狙える場所に潜る、という前提を考えればたかがこれだけの値段で強化できる、とも言えるわ」


 マリナはそうすました顔で言いながら、早速店の一角に入り商品を物色し始める。そのテナントには武器屋が入っており、主に近接武器を展示している。


 非常に残念なことに改正銃刀法は未だに健在で、命の危険があるのに銃や長刀を持つことは探索者でも許されていない。故に並んでいるのは小ぶりなナイフやハンマーがメインとなる。


 ただあの荒島のあの裏技はやはり使われているらしく、折り畳み式の棒と、何かを取り付けられそうな穴の開いたナイフが何故か隣り合わせに売っている。ダンジョン内でこっそり組み合わせて、銃刀法違反の刃渡りを保有した槍の完成、ということなのだろう。


「あんたの攻撃力はもう十分だからまずは防御と移動を優先した武器の方がいいわね。アヤメと同じ短剣とかかしら」

「対荒島を考えると大物の武器の方がいいんじゃない?」

「そういうわけにはいかないわよ。そもそも向こうは武器術持ち、ちゃんと近接戦する方が馬鹿らしいわ。むしろ身軽になって襲われても逃げ切れる方が良いはずよ、まあLvが荒島を超えたらまた考え直してもいいと思うけど」


 どれがいいかな、と思いながらいくつかの装備を店員さんの許可を得て試し振りする。何度かぶんぶんと空きスペースで振るが、特に長物がしっくりこない。例えば脇差のような中途半端に長い刀や槍は重心が微妙な距離にあるせいで体を動かしにくいのだ。強い戦士は武器と体を一体化させるなんていうが、僕にはそれは難しいようだった。


 ハンマーの場合は一周回って重心の位置も敵に当てるイメージも理解しやすいので使いやすい。やっぱ打撃武器だな、ダークソウル6でも棍棒が最強だったし。


 そんなことを考えながら部食していると、マリナに服の裾を引かれる、どうしたんだ、と聞くと彼女はその手に一本の武器を持っていた。それは短剣のような見た目をしながら、つば近くに顎のような形状の刃がついている。僕はその武装を本で見たことがあった。


「ソードブレイカー?」

「そう。ここの切れこみ部分で剣を受け止めて捻れば破壊できるって機構。荒島の大剣は組み立て式みたいだったからこういうのが効果的かなと思ったわけ」


 マリナの勧めに従いぶんぶんと振り回す。確かに悪くない。改正銃刀法ギリギリの長さだが重さで切断する設計ではないのだろう、軽量だから振り回すのも簡単だし他の武器のように重心の位置で戸惑うこともない。


 残念ながら斬撃の威力はそこまでないが、突きなら十分な殺傷力を誇るだろう。ピっと少し格好良いポーズを鏡に向かって取ってみるが、イマイチ決まらない。うーん、これは僕自身がそんなに格好良くないからだなぁ。


 ただ装備として優秀なことは間違いない。相手の刃を折る部分にはマイナス四階のサーベルタイガーの爪が使われているらしい。サンダードラゴンの髭のような特殊な効果こそないが兎に角軽量で鋭く固く、刃物に使用するには最適な性質を持っている。難点は一本当たりの大きさが小さいため、このような使い方や槍の穂先、弓矢としてしか使えないという点だが。


 そして値札を見ると特価セール50%引きで27万円とある。高い、割とドロップしやすい素材のはずなのに……! 値札を見て絶句する僕をよそに「格安よ」なんて言ってのけるマリナは流石配信者、財力が違う。


「凄く使いやすいね、このソードブレイカー」

「そう、なら買いましょう。利子は十秒一割ね」

「トイチの最終形態じゃん! 高利貸しとかいうレベルじゃない、金額計算するほうが大変なくらいだよ」

「冗談冗談、モンスターの肉の代金として買うから気にしなくていいわよ」

「それは流石に……」

「高Lvになると、Lv一つ上げるのに数か月かかることすらあるから。時短の効果を考えると足りないくらいだわ」

「じゃあお釣り貰うか」

「急に厚かましくなったわね!?」


 そう話していた時だった。いつの間にか周囲からの視線が増えていることに気付く。もしや荒島の手先か!? と思うものの、どうやらそうではないらしかった。


「修行僧だ……」

「あれが例のスキル進化の?」

「色んなクランから勧誘されてるらしいけど、今からでもウチに誘えないかな?」

「モンスターの肉余ってないか聞いてみる?」


 周囲がざわついていることにようやく気付く。そうか、確かに『魔物調理』は今探索者の中で注目を集めている。その影響は当然コメント欄やSNSだけではない。昨日までは荒島の封鎖騒ぎや単純な滞在時間の短さがあったから囲まれなかったわけだが、こう長時間滞在していると避けることはできないようだった。


 さてどうしよう、そう考えていると騒ぎを聞きつけてきたらしい向かいのテナントの店員が、いい笑顔で僕に向かってやってくる。それを皮切りに、うずうずしていたらしい人々が一斉に僕に近付いてくる。


「もしかして修行僧さんですか!? 配信拝見しました、私、探索者の方向けの武器を取り扱っておりまして、試供品ではあるのですが……」

「うちの店で営業活動をしないでもらえますか!」

「ちょっ、あのっ!」

「あっ修行僧さん、うちら聞きたいことあるんっすけど、インタビューお願いできるっすか! 今配信ついてるっす!」

「あ、ずるいぞ! すみません、モンスターの肉の販路について伺いたくて、でも返事がもらえなかったものです。私のクランの名前は――」


 あっという間にまくしたて、僕の別の店に連れ出そうとする店員を、元々いた店員が慌てて止めにかかる。その横から騒ぎを聞きつけてきた別の店員が飛び掛かってきて、同時に配信者らしい女の子が強引に割り込んでカメラを向けてくる。その横からビジネスマンらしい男が話を機構と割り込んでくる。


 恐らく僕が面倒くさがって配信のコメントやメールの依頼をガン無視していたからだろう。絶対逃がすものかという執念を感じる彼らに取り囲まれ、僕はあたふたしてしまう。マリナもなんとか僕から彼らを引きはがそうとするが、暴力をふるうわけにも行かずうまく引きはがせない状態だ。


 これは想定外だって、荒島に捕まる前に身動き取れなくなっちゃうじゃん。カメラと試供品と手と紙を押し付けられ、僕はもみくちゃにされてしまう。


 そんな状態でわちゃわちゃしている僕たちの背後で、ぱんぱんと大きく手を叩く音がした。音の先をたどるとそこには一人の壮年の男性がいる。背の高い髭の生えた男性はスーツに身を包み、穏やかそうな表情で彼らを窘めた。


「皆さん、いけませんよ。相手の都合を考えずに押しかけるというのは時に大きな悪印象を与えます。それに今は彼の周辺も慌しいでしょうが、落ち着けばそういった話にも対応してくださると思いますよ」


 その言葉にはっとなったのだろう。僕を取り囲んだ人が少し気まずそうにしながら離れていく。


 僕は感激する。こんなまともな大人がいるなんて。荒島や細木原といい、この数日出会った大人は碌な奴がいなかった。まるで清涼剤のごとく正しく、落ち着いた言葉が僕の心に染み入る。暴力ではなく言葉で物事を綺麗に解決する。こういう紳士な大人になれたなら、と思ってしまう自分がいる。


 壮年の男性は周囲の人に一礼した後、僕の前まで来て改めて一礼する。そして先ほどと変わらぬ、穏やかな声で自己紹介をするのであった。





「失礼、申し遅れました。私は〖ドM☆連合ver2〗の副長を務めております、マゾブレード田中と申します。以後、お見知りおきを」



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