真宮マリナの告白

 僕と月城さんはステータスカードを机の上に置く。



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 飯田直人

 Lv13→27 スキル:『魔物調理』《食料保存》《解体》

         『麻痺毒』《麻痺攻撃》new!

 【保持存在:安西太郎(12%) 西郡幸一(18%) 大門寺久井(43%) 七井救(13%) 】 保持存在を解放しますか? YES/NO

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 月城アヤメ

 Lv10→21 スキル:『短刀術』《パリィ》《瞬速連刃》

 【保持存在:安西太郎(21%) 西郡幸一(11%) 大門寺久井(23%) 七井救(36%) 】 保持存在を解放しますか? YES/NO

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 もっとも重要なのはやはりLvの上昇。一人前の探索者のLvが15、ということを考えれば食べるだけでこれだけのLvアップが行えるのは異常だ。


 そして次に【保持存在】。これも前回同様、誰か知らない謎の名前が大量に並んでいる。前回のように防衛大臣、ということはないだろうけど、恐らく彼らもまた防衛大臣のように記憶から消えた人々の可能性がある。


 ……とここまでは前回と同じ現象を確認しただけだ。本題は新たな現象の方である。


「スキルが増えた?」

「本当ですね……確かコカトリスから習得できるスキルではありますが、食べる前にはなかったんですよね?」

「うん。となると、モンスターの肉はスキル習得の効果もある……?」


 これは相当にマズイ事実だった。現在、生まれ持ったスキルと言うものは探索者としての適性を大きく決める要因になっている。


 例えば僕の生まれ持ったスキルが『調理』と分かった瞬間、配信のコメント欄は一瞬で辛らつになった。それほど生まれ持ったスキルの重要度は高い。


 さらに拍車をかけるのが、新規スキル取得難易度の高さだ。モンスターを倒すとごくわずかな確率で新規スキルを取得できることが知られている。だが、その難易度が問題だった。


 一万分の一、なんて冗談を言われるが実際はそれどころではないらしい。聞くところによると、マイナス37階の攻略者ですら習得したスキルの数は1個や2個。


 そしてスキルの効果は絶大だ。例えば『短刀術』を持った月城さんなら、ナイフさえ持てばそこらの武術家や軍人を圧倒する技量を発揮することができる。


「これ、スキル『麻痺毒』持ちの量産が出来たりしたら……」

「マズいと思うわ。特に裏社会系の人間にとって、静かに相手を無力化できる技なんて喉から手が出るほど欲しいはずよ。誘拐でも強盗でも使い道は無限大」

「漫画だとクロロホルム嗅がせれば一発ですけれど、現実だとそうはいきませんから。もしかして〖バンデッド〗は……」


 月城さんが言いよどむ。彼女の言いたいことは分かる。つまり荒島たちがこのスキル習得が可能だから『魔物調理』を欲しがっていたのだろうか、ということだろう。


 だがマリナはあっさりと首を振った。


「それは知らないはずよ。あの言い方は『魔物調理』にLvアップの効果しかない、という感じだった。自分たちの無知をアピールするような真似はしないはず」


 それは確かに彼女の言う通りだった。交渉において彼らが自分たちの格を下げるような真似をするとは思えない。となれば彼らの目的はやはり保持存在かLv、といったところなのだろう。


「それに関連して昨日の件だけど、追手が無い所を見るにやはり警戒しているみたいね」

「私たちが録画している、ということですよね」


 二人の胸にはランプのついたカメラが取り付けられている。どうやらそれはインターネットに接続されており、特定条件で録画がチャンネルに自動公開される仕組みになっているらしかった。


 仮に〖バンデッド〗が暴れたとしても必ず録画が残ってしまう。昨日のように通信を絶たれてしまえば別だが、口ぶりからするにダンジョン内限定のものなのだろう、あの通信途絶は。そうなると無理に暴れるのは向こうにとってかなりリスクが大きくなる。加えて。


「朝のニュースで〖バンデッド〗絡みのトラブルがあったでしょ。なんていったって、細木川の件に詐欺行為よ。警察もガッツリ介入してくるでしょうし、仮に何らかの政治的意図が働いたとしても、半月くらいは身動きが取れなくなるはずよ」


 そう、朝のニュースで流れた通り、良いタイミングで〖バンデッド〗に関する報道が入った。特に詐欺についてはよく今まで検挙されなかったなという感じではあるが、おかげで僕たちには時間ができた。


 この間に力を蓄え、何らかの対策をする必要があるだろう。例えば他クランへの加入だとか、警察へ駆け込むだとか打つ手はいくらでもある。単にレベルを挙げて荒島に勝てるようにするのもいいだろう。


 そう考えていると少し小腹が空いてきた。……あれだけ肉を食べたのに、何故か直ぐにお腹が減ってしまう。もしかして月城さんが言う通り、モンスターの肉は黒い霧になってしまうからお腹に溜まらないのか? 


 まあそう考察していても体内については調べるのが難しい。一旦思考を放棄しまずは小腹を何とかするのが重要だと判断する。僕は予備の鶏肉を準備し、揚げ始める。その後ろで月城さんがポツリと質問した。


「今のうちに聞かないといけないと思ったんですが……マリナさん、6層って何ですか。それに、どうしてマリナさんだけステータスカードを見せてくれないんですか?」


 6層。細木原が言っていた謎の単語の羅列の一部である。鶏肉に小麦粉をまぶしてパン粉をつける。いい感じに揉みこんだところで、油に入れる準備をする。この地味だけど確実に成果がでる作業、好きなんだよな。


「そうね、そろそろ隠すのも難しいし……。簡単に言うと、私には前回の記憶とLvがあるの。彼らは6層と言っていたけれど」

「よし、じゃあ油に投入してっと……」

「その世界とこちらの世界で違う点は2つ。一つはスキルという概念が存在しない…。あたしの記憶ではLvしかステータスカードに記載されていなかった。そしてもう一つ、2042年の2月に世界が滅びた」

「……???」

「これがその証明」




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 真宮マリナ

 Lv65→67 スキル:『水魔術』《水生成》《水操作》

         『解析』《情報解析》

 【保持存在:安西太郎(17%) 西郡幸一(28%) 大門寺久井(11%) 七井救(8%) 】 保持存在を解放しますか? YES/NO

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 マリナが机の上にステータスカードを取り出す。ちらり、と覗き見るとそこにはとんでもない数字が書かれていた。Lv67。あの荒島に匹敵するLvをマリナは保有していた。


 近い年齢の探索者で高いLvの者もいるにはいるが、大抵学校を休学してでも探索しているケースや、クランからの支援を受けLvアップを素早く行った者たちだ。間違ってもクランに入っていない、普通の女子高生が保有するLvではない。


 Lv67まで至るのに、一体どれだけのモンスターを倒せばよいのだろうか。どれだけの地獄を潜ればよいのだろうか。


 そう思いながら一個ずつ油に投下し、油跳ねに注意しながら揚がっていく様子を観察する。


「ダンジョンからモンスターがあふれ出し、世界各地で謎の爆発が起きて。あたしはその中で3年生き延びた。Lvはその時の戦いのものね。そして2045年1月、死亡した後に気づけばこうなっていた。突如普通の女子高校生のあたしに記憶が流れ込み、Lvが一夜にして急上昇した」


 ループ、ではないらしい。言うなれば平行世界への憑依、なのだろうか。確か彼女が急激に強くなったのは半年前、つまり2045年1月前後。


 ① 2042年に滅びた世界、スキルという概念無し。マリナの記憶する世界

 ② まだ滅びていない世界、スキル有り。僕たちの今いる世界


 この2つの世界があり、①のマリナの記憶が死亡時に②のマリナに流れ込んだ、ということなのだろう。


 荒唐無稽な話だ。しかしこれにより繋がってくる話もある。【保持存在】の説明を僕は思い出す。


【保持存在:VOLACITYが人間を食べた際、存在はその個体に食料として保存される。何らかの方法で回収に成功した場合、解放することで次層にて蘇生が可能となる】


 そして昨日の細木原による6層からの引継ぎ、という言葉。ここから考察すると、一つの答えが浮かび上がってくる。


「……話が壮大でよく分からないけど、マリナさんの言う意味は【保持存在】の説明に一致してますよね。次の層という表現と6層という単語を合わせると、スキルの無い滅びた世界が6層。そこから分岐した世界、スキルがあって未だ滅びていない平行世界が7層、今いる世界と考えると辻褄があいます」

「唐揚げの衣が~だんだんあがってゆーくー」

「いや、そうでもないのよ。最近話題に上がっている青ローブの集団、知ってる? あの集団、私見たことあるのよ、前の世界で」

「……ということは、つまり」

「あ、生姜つけ忘れた!」

「「うるさい!!」です!」


 ごめんごめんと謝りながら唐揚げを作る手を一旦止め、話に参加する。マリナがこんなところで嘘をつく意味もないし、Lvという動かぬ証拠もある。だが一方で、6層から移動してくる集団がいるというのは話が変だ。


 例えば別世界に記憶だけ移した、という話であれば青い服の集団の存在は奇妙だし、組成の話もよくわからなくなってくる。単なる分岐であれば、これだけ互いの世界が影響しあうのには違和感がある。


 例えば世界にある要素を加えて再構築した、という話なら別なのだろうが。


 結局長話をしたが、つまりは何も分からない。情報は増えてもやはりそれを解き明かす鍵は未だに僕らの手に存在しない。恐らくその鍵を握るのはあの男、細木原。


 そして今回の荒島の件は、間違いなく6層と関係してくる。飯田隊長と呼ばれた理由を知るためにも、【保持存在】の真実について知るためにも。そして何よりモンスターの肉集めを誰にも邪魔されないために、僕はこの真実を解き明かす必要があるのだ!


 モンスターの肉集めを邪魔する荒島消えろ! 何が6層じゃややこしいこと言ってるんじゃねえ! と内心叫んでいる僕の横で、マリナは少し顔を赤らめて僕に向かって宣言した。


「……と色々ぐだぐだ話したけど、何を言いたいかって言うとあいつには聞きたい話が山ほどあるからあんたに全面協力するって話」

「素直じゃないなぁ、マリナさん」


 そうからかわれた瞬間、むきになってマリナがぽんぽんと月城さんの脇を小突く。これがツンデレというやつか、なんて僕も言おうとしたけれど、さすがに殺されそうなので黙っておくことにした。照れ隠しを正面から看破されるのは本当に気恥ずかしい、その気持ちは少し分かる気がしたし。


 こほん、と咳ばらいをしたマリナはぴっと部屋の隅を指す。その先には昨日の荒島との闘いで随分と歪んでしまったハンマーの姿があった。


「今から新しい装備を買いに行くわよ。工具じゃなくて、探索専用の装備を。そしてもう一件、そのまま荒島との件について協力してくれそうなクランに話を付けに行くわ。当事者としてあんたも来なさい」

「行くのはいいけど、金はないよ。あとそんなクランあるの?」


 利子は10秒一割ね、なんて照れ隠しでとんでもない言葉を吐いた後、マリナの口から出てきたのはある意味想定通りのクランではあった。


「もっとも常識的で、実力も人気もある。それに6層についても知っている可能性のあるクランよ。――〖ドM☆連合ver2〗。今日の午後、彼らと交渉するわよ」

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