唐揚げと団欒と

『続きまして7月26日、朝のニュースです。アメリカ軍は本日、高Lvの探索者を集めた特殊部隊の設立を発表しました。同様の事例は各国で始まっており、スキル及びダンジョンの軍事利用の懸念が高まっております』


『新スキル、『魔物調理』が今話題を集めています。東京大学教授によりますと、筋力・免疫力の低下が発生している患者のLvをあげると症状が改善することが報告されました。一方重症の患者は自らでLvアップできないが、『魔物調理』によるLvアップがあればその問題が解決されるのでは、という学会発表が波紋を呼んでいます』


『先日、与党の迂遠議員秘書、細木原ハジメ氏と思われる遺体が発見されたと報道がありました。しかし昨日夜、ダンジョンより細木原氏が帰還していることが確認され、誤報と判明いたしました。警察は改めて遺体の身元を確認すると共に――』


『昨日、クラン〖バンデッド〗社員が詐欺行為にて捕縛されました。社長の荒島氏は取材陣に回答せず――』



 朝から立て続けに流れるニュースを眺めながら、もっそりと体を起こす。探索中はなんともなかったのだが、帰ってくると凄まじい疲れで倒れこむように寝てしまったのだ。いわゆる派生技能の使用制限、精神力の消費に加え、荒島との戦闘。昨日はちょっとハード過ぎた。


 因みに精神力というのはいわゆるMPのことだ。寝れば回復して、派生技能を使うと減っていく。残念ながらこれはステータスカードで数値化されておらず、何となくの体感でしか測れない謎存在だ。例えば『光魔術』は火力が高い代わりに精神力の消費が厳しいらしく、ドラゴン一体と戦うだけでガス欠になってしまうことすらあるらしい。


 だが僕の『魔物調理』の派生技能は驚くほど精神力の消費は少ないようだった。派生技能が体内の柔らかい部分を対象にしており、かつスキル自体が対魔物に特化しているからだ、とマリナは分析していた。『光魔術』のビームみたいな熱線攻撃と《解体》の効率的な斬撃を比較するとその省エネっぷりが明らかだ。


 そんなこんなでスキル検証を終えた昨日であったが、もう一つ検証事項があるのだ。少し緊張しながら冷蔵庫を開けると、そこには確かにコカトリスの肉が残っていた。


「おお、一夜明けても肉はそのまま……あれ、少し小さくなってる?」


 検証第二弾、《食料保存》の適応範囲についての検証である。昨日マリナたちと話した結果、最初に判断すべきは持続時間だと判断したのだ。というのも、マイナス1階とは違い下に行けば行くほど敵は強くなり、呑気に食事をしている場合ではなくなる。加えて地上に戻るまでの時間も増えていくため、事実上モンスターの肉が食べられなくなってしまう可能性がある。


 そのためまずは地上に持って帰ることができるか。どれだけの時間持つのか。睡眠時などの意識が無い時でも効果が持続するのか。それを調べるために一日寝かせたわけである。


 結果としては一晩置いても肉は残っていた。ただし少し気になるのは、サイズが少し小さくなっている点だ。元々、食料保存の効果範囲は狭い。一体のコカトリスから取れる肉は僅か数百グラムとなっており、《食料保存》の効果範囲の狭さを物語っている。


 ……まあ正確には、シビアなタイミングで高速発動しなければならないので、サイズがおざなりになっているのだろうけど。通常の食材なら100kgでも《食料保存》は適応可能だし。


 だがそのただでさえ量の少ない肉がもっと減っているのだ。量ってみると120g、163g、181g。凡そ半減と見てよいだろう。原因としては《食料保存》が綻びて、肉が黒い霧になっている、というのが分かりやすい。

 

 《食料保存》はモンスターの肉が黒い霧に戻るのを停止させている、という仮説が立証されたともいえるだろう。多分。感覚的には正しい気がする。きっと。



 そんな検証をしていると、玄関のインターホンが鳴る。僕にとっては極めて珍しい事態が発生していた。ちょっと緊張しながら玄関に向かい、扉の鍵を開ける。その先にはマリナと月城さんがいて、軽く手を振ってくる。


「あんた意外といい家に住んでるのね」

「意外とってどういうことだよ」

「飯田君のことだから4畳半の何もない部屋に住んでるのかと……」


 恐らく『魔物調理』以外に興味が無さそう、と言いたいのだろうが、それにしても言い方ってものがあるんじゃないか、と僕は憤慨する。でも待てよ、マリナならともかく月城さんがそこまで言うってことは、僕の普段の態度はどれだけ酷かったんだ……?


 ここ数日で判明した周囲からの自分の評価に戦々恐々としながら僕は二人を部屋に迎え入れる。二人の予想とは外れ、もともと両親と住んでいた家だから物は比較的多い。


 それに僕の部屋もマイナス一階の探索効率化を目指し試行錯誤した跡が残っている。具体的には使えない武装の数々だ。例えばボタンを押せば飛び出すナイフ、銃刀法ギリギリの短刀、ファイアリザードの鱗を貫くためのレイピア。いずれも買ったはいいもののスキルの無い自分では使い物にならず、ハンマーが結局僕のメイン武器になっているのだが。


 二人はリビングに入ると、興味深そうに部屋の周囲を眺める。月城さんに至っては少し挙動不振なくらいだ。意外だ、彼女たちは友人も多く、それこそ見た目を考慮すれば彼氏がいて男の部屋に入るのにも慣れていてもおかしくないはずなのに。そう聞くと彼女たちは一瞬で暗い顔になった。


「これ、配信者系の女の子が大体通る道なんだけど、顔を出した瞬間センシティブで非表示にされた画像と風俗の勧誘が一気に飛び込んでくるのよね……」

「しばらくSNSを開くのが嫌になりました……」


 曰く、まともな大人は未成年に声をかけない。そして同い年くらいの男子高校生が偶然見つけてくれる確率より、そういう業者と一切のブレーキのない変態がメッセージや卑猥な画像を送ってくる確率の方が高いというわけだ。


 まさに配信者ゆえの悩み、というやつであった。そんな理由で二人は男子を避ける傾向にあり、その結果顔を合わせる機会が増えて仲良くなったらしい。見たい目は派手と清楚で正反対の二人がどうして仲が良いかようやく理解ができた。


 でも僕を嫌悪する様子はあんまりなかったけれど、と思ったがそれには端的な回答が返ってきた。


「あんたは頭の中100%モンスターの肉にしか興味ないでしょ」

「なんて言いますか、物事の優先順位の一番上にそういう欲求が来てる人が苦手になったという感じで、別に全ての男性が嫌いと言うわけではないですよ」


 月城さんの要求が地味に酷い。余程のアスリートやオタクでもない限り、男子高校生で性欲が物事の優先順位の一番上に来るはずだ。僕も未知への興味と食欲が無ければ恐らくそうだったし。というかこれが原因で多分多くの人が玉砕している気がする。


 地味に現代社会の闇を垣間見てしまったわけだがそんな暗い話をしているわけにもいかない。二人はリビングの席に座り、僕は油の加熱を始める。


「そういえば何で唐揚げをチョイスしたわけ?」

「初めて手に入った食材でいきなりバルサミコ酢とか入れ始めたら食材の味がわかんないと思って、まずはシンプルな所から行こうかな、と」


 コカトリスの肉の見た目はこれまた奇妙なほど鶏肉に似通っている。何故モンスターの肉が地上の鶏肉と同じなのかはよく分からない。ファンタジーな生命ならもっとファンタジーな色をしていてもよいはずだけれど。


 それを言うならそもそもモンスターは攻撃すると何故血を流すのか、という問題にも繋がる。あの黒い霧だけで構成されているなら内臓も血液も不要なはずだ。


 となると考えられる原因の一つは、あのモンスター達は自然発生したわけではなく、地上の生物を参考に構成されたものだということだ。となると疑問が残る。何故非合理的な部分までコピーしているのか。あるいはしなければならなかったのか。


 昨日下味をつけたコカトリスの肉に卵、薄力粉、片栗粉をいい塩梅で馴染ませ、油に投下する。心地よい音と共に少しずつ衣がきつね色に染まっていく。


 数分ほどで唐揚げを引き上げ、油を切った。キッチンには香ばしい油と炊き上がった白米の独特な匂いが漂う。コカトリスの唐揚げの表面はきつね色に揚がり、食べやすいサイズで大皿に乗せていく。隣に切ったレモンとレタス、ついでに味噌汁も準備して、これにて唐揚げ定食の完成である。


 家族用のテーブルに料理を並べていく。意外にも僕の料理を見て目を輝かせているのは月城さんだった。


 昨日聞いたのだが、月城さんの家は凄いお金持ちらしい。となるとかなり舌が肥えているはずだ。素人の僕が作った料理、お世辞で美味しいと言ってくれることはあっても本心はないだろう、そう思っていた。が、唐揚げを見る彼女の視線は本当に輝いている。なんでだよ。


 そんなことを思いながら僕、月城さん、マリナの三人で席を囲む。何故か二人がじっと僕を見てくるので、これ僕が音頭を取るのか、と少し遅れて気づき、口を開く。


「えー、昨日の探索成功を祝って、乾杯!」


 かちゃんとコップを合わせ、軽く乾杯する。中身は当然麦茶。未成年ということもあるし、何よりまだ昼前だ。


「じゃあ早速コカトリスの肉の効果検証だね」

「お、美味しいです!」

「ってアヤメ早い早い!」


 ……なんて考えていると、一足早く月城さんが唐揚げをがっつく。いや早過ぎでしょ。美味しそうに食べてくれるのは本当にうれしいんだけどさ。


「ほふぃふぃです!」

「こらアヤメ、口にものを入れたまま喋らない!」

「はは、じゃあ僕も頂きます」


 まずはコカトリスの唐揚げを口に入れる。口に入った瞬間に香りと旨味が広がり、サクサクの衣が口の中で溶けていく。肉そのものの柔らかさとジューシーさが味を引き立てていて、問答無用の美味しさだ。


 やっぱ唐揚げが一番だよな、そう何度も頷きながら同時に白米を食べる。油っぽさが軽減されて、旨味が引き立てられるこの組み合わせこそ至高! その考えは他の二人も同じようで、パクパクと唐揚げと米を交互に食べている。


「これが本当に黒い霧なら、カロリーゼロで揚げ物を食べられるかも……! 体重増えていなかったら専属料理人として飯田君を雇わないといけませんね」

「目を輝かせてたのそういう理由なんだ……」


 そして明かされる月城さんの真実。確かにダイエットという観点からすれば、もしかしたらこれは革命になるのかもしれない。モンスターの肉が体内でどうなるかはいまだ不明だけど、例えば胃の中で黒い霧に戻るのだとすれば確かにカロリーはゼロでもおかしくはない。経験値稼ぎ過ぎて太ったなんて話は聞いた事ないし。


 皆夢中で食べてしまい、気づけば10分ほどで机の上の唐揚げは無くなってしまっていた。みんなでお腹をさすりながら、ふぅと息を吐く。


「美味しかった……」

「美味しかったです……」

「あんたたち忘れてない!? ステータスカードの確認!」


 あ、そういえば忘れていた。慌てて僕たちはステータスカードを机の上に取り出す。そして記載されている内容に目を点にするのであった。

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