解放!

 マイナス22階はマイナス1階と同じくオーソドックスな洞窟の様相をしている。ただマイナス1階と異なる点は岩肌に時たま人工物らしきネジなどが混ざる点だ。地下に行くほどこういった人工物が増える、という話はたまに聞くが直接目撃するのは初めてだった。加治姉弟はマイナス22階に近づくにつれ少しづつ顔を青ざめさせていく。恐怖が記憶に新しいのだろう。それを和らげるべくマリナたちは戦闘をなるべく早く終わらせるよう立ちまわっていた。


『強すぎんかマリナちゃん』

『魔術系は強スキルと言われてるけど、ここまでじゃないだろ!』

『修行僧の即死攻撃、Lv差の縛りとかあるかなと妄想してたけどそんなことはなかった……』

『火力については普通に最前線で攻略してるやつと変わらないように見えるんだが』

『これモンスターの肉の効果?』


 概ねマリナの水弾一発でモンスター達が消し飛んでいく。背後から襲ってくる敵は僕が触って即死させていることもあり、もはや虐殺とでも呼ぶべきスピードであった。


 そうやって歩いていると、ついに目的のモンスターに遭遇する。馬と人の中間のような姿をしたモンスターは、棍棒を構えたまま洞窟内を走り去っていく。


「あいつっす、ケンタウロスに私たちは……!」


 ケンタウロス。マイナス24階付近に生息するモンスターで、一般によく知られるように上半身は人間で下半身は馬。一点異なるのは、攻撃手段が弓ではなく投石と棍棒による殴打だということだ。馬としてのスピードで攪乱し、勢いを付けた状態で攻撃してくるため命中率はともかく威力は恐ろしいものがある。


 加治姉弟の怪我は恐らく投石によるものだった。防具の上だったから裂傷は避けられたが、衝撃を無効化することはできない。結果としてあれだけの打撲の跡が残ったというわけである。


「ケンタウロスの群れに襲われて、私たちは命からがらにげたっス。タローが逃げ際にクロスボウを乱射していたので、それが目印になるかもです」

「よく覚えてたわね、お見事。それじゃあ行くわよ」


 クロスボウを連射、というワードが出たがいわゆる連弩のことだろう。クロスボウが重くはなるが弾を装填する手間が減り攻撃力が上がるという武器で、特に初心者に人気が高い武器の一つである。そして一般的に、モンスターに与えた傷は回復しない。傷口は開いたままになるし、数日もすれば弱って勝手に消えていく。


 二人が逃げ出してから半日も経過していない以上、モンスターが消えている可能性は低い。問題は僕の《食料保存》の成功率であった。


「流石に百発百中は無理だぞ……」

「まあ完全に100%取り戻す必要は無いわ。あくまで契約書に効果が行き渡ればOK。でも出来るだけ高めでよろしく」

「簡単に言うなぁ」

「ここで100%できるようになれば、モンスターの肉の収集効率が上がりますね!」

「よし、見せてやる僕の全力を!」

「「「単純……」」」


 呆れる二人を他所に僕は腕まくりをし、接触の準備をする。さあやるぞすぐやるぞ完璧にやるぞ!







 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「キモ……」

「マリナ、その反応はひどいだろ」

「そうですよ、それよりいっぱいお肉が手に入ったことを喜びましょう」


 ケンタウロスとの戦闘はあっさりと終了した。そもそも遠距離攻撃としてマリナの『水魔術』が強すぎる。腕を一瞬で打ち抜き、戦闘できなくなったところで僕が《解体》を発動する。この程度の階の雑魚モンスターであれば、もう作業の如く倒すことができた。


 そして問題だった《食料保存》の成功率。まさかの成功率90%という驚異の成功率をたたき出すことに成功していた。考えられる要因としては僕のやる気がMAXになっていた、というものの他にLv差補正もあるかもしれなかった。


 たとえば毒系のスキルは、Lvが低いと強い敵に対して効果が小さくなる。そういった要素が『魔物調理』にもあるのかもしれなかった。先ほどモンスターを狩りまくってLv30オーバーになった自分は、補正を受けずスキルを発動できたのかもしれなかった。


 それはさておきとして。肉を調理する時間だ。


「とはいっても時短で、塩焼き一括でよろしく」

「マズくありませんように……」


 倒したのは合計10体、肉が取れたのは9体。肉の量としては相当なものだが、とりあえず今回確認したいのは謎の引率の探索者がいたか、と言う話だ。肉のうちいくつかを包丁で切っていき、流れ作業で塩焼きの作成を始める。


 因みに今回は匂い対策で、アルミホイルでつつみ、じっくり焼くことにしている。フライパンでがんがん煙を出すよりはマシだろう、という判断だ。まあ塩焼き自体はささっと完了し、肉汁の溢れる馬肉のホイル焼きの完成である。


「この場にあまり留まるわけにもいかないから、ささっと食べるわよ」


 僕とマリナ、月城さんの三人はそれぞれ3切れずつ肉を食べる。そして自身のステータスカードを確認した。



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 飯田直人  Lv34→35

 スキル:『魔物調理』《食料保存》《解体》

         『麻痺毒』《麻痺攻撃》

         『炎魔術』《炎生成》 

【保持存在:安西太郎(12%) 西郡幸一(18%) 大門寺久井(43%) 七井救(13%) ……】 保持存在を解放しますか? YES/NO


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 ステータスカードの表示に大きな変化はない。ただ、保持存在の省略されている表示を拡大していくと、新たに追加された名前が見つかった。


【保持存在:加治東(7%)】


 他の二人も同様だったようで互いに頷く。苗字からして、恐らくこの人物は加治姉弟の親類であり、そして彼らを引率した高Lvの探索者だろう。


 加治姉弟はその名前を覗き込み、不安そうな表情を隠さない。


「こんな名前聞いた事ないッス。でもここにあるってことは本当に……」

「そ、そんなことまさか本当にあるの……」

「それは今から分かるわ。心の準備をしておきなさい。もし本当なら、加治東さんの死という苦しみがあなたたちを襲うわ。それでも、借金を帳消しにする可能性の為に挑戦しなければならない。いいわね」


 加治姉弟が頷くのを見てから、マリナは配信画面にステータスカードを映さず、代わりに加治東という名前を紙に転記してから表示する。


「配信を見ている皆さんにお願いがあります。今から私たちは【保持存在】の解放、というものについてテストします。皆さんはニュースや探索者のチャンネル、名簿などで【加治東】という名前が存在していないことを確認してください」

『どういうこと?何が始まるの?』

『馬鹿、山下防衛大臣の件だよ! 存在が消えていたみたいな話題!』

『とりあえず昔の名簿生きてたからチェックしてみる』

『ちょいまちちょいまち』


 成功するかはいまだに分からない。だが上手くいけばダンジョンの危険性と、それに合わせて加治姉弟の境遇をアピールするに十分な場が出来上がる。コメント欄は元々『魔物調理』に興味があって情報を追っている人物たちだ、直ぐに意味を察し準備を始めていく。


 数分待ってから、僕たちは顔を見合わせる。そしてステータスカードに触れた。



「「「保持存在、解放!!!」」」

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