alternative(1/31改稿)


「コカトリスの肉が、1個2個3個~♪」



 僕はバックパックに入ったコカトリスの肉を上機嫌で数える。いつの間にか初めてのコカトリス解体から時間が経過し、既に9匹のコカトリスが《解体》の犠牲となった。検証の結果として分かったことはいくつかある。


 ・《解体》は相手の体に触ることが発動条件。精神力の消費はとても少ない

 ・体内からの攻撃なので防御不可、回避不能。

 ・《食料保存》は以前と同じく魔物が黒い霧になる寸前を狙わないといけない。発動は半径5m程度?(成功率:30%)


 ということだ。特に驚きだったのが《食料保存》の発動タイミングである。多少緩和されたらしいものの、発動タイミングがずれると不発になる仕様はそのままらしい。ここは残念な仕様であったがそれでも計3個の肉を取得出来たのは大きい。マイナス1階のフロストバードの肉であれだけLvが上がった以上、今回はさらなる向上が期待できるだろう。


「じゃあここからは《食料保存》のテストだね。地上に持ち帰っても維持できるのか、食べたらまた【保持存在】を獲得できるのか。色々サンプルを取ってスキルについて解き明かしていこうと思います! 結果はまた明日、お楽しみに! お疲れさまでした~」


 そしてもう一つの検証項目である、《食料保存》については明日に持ち越しとなった。というのも今後を見据えた上で最も大事な事は、どれだけ《食料保存》が効くかだ。例えば距離制限は無くとも持続時間・個数が長ければレベルアップアイテムとしての販売や取引が可能になってきて、場合によっては数多の組織が近づいてくる可能性もある。早いうちに危険性について確認しておきたい、というのがマリナの判断であった。


 例えば探索者たちが設立する法人、通称クランへの勧誘は今後一気に加速するだろう。彼らは複数のパーティーを保有し装備や素材、資金を共有することで力をつける。だが探索者が設立した、ということもあり会社としてのコンプライアンスはあまりきちんとしていないところも多い。特に金稼ぎに目ざとい、犯罪に手を染めるようなクランであれば、力づくでの勧誘が行われる危険性も否定できないのだ。


 また、マイナス1階とは異なりこの辺りは比較的モンスターとのエンカウント率が高い、というのもある。コカトリスを食べようとして逆に食べられてしまったらシャレにならない。安全第一である。


 マリナはすっと配信を切る。コメント欄は未だにスキルの効果について議論が白熱し続けているようだった。レベルアップ速度向上と高い殺傷力と更なる未知の要素を持ち合わせる新スキル。他のスキル進化者はトップランカー故に自身の商売道具の共有を積極的には行わない。だからこそ『魔物調理』は視聴者にとって面白いネタであった。だが、一方で他探索者にとっては金のなる木とも言える。


「うわぁ、SNSに肉売ってくれってすごい勢いで書き込まれてる……」

「そもそも他人に適応できるかも難しいけど、あんた気を付けなさいよ? ほいほい付いて行って気が付けば監禁されてるとか、普通にありえそうで怖いわよ」

「絶対大丈夫だって! 人を見る目には自信があるから!」

「他人の名前覚えてないのによく言うわね……」


 月城がほほえましそうに見つめる中、僕たちは議論を続けた。人を見る目はあるんだぞ、使わないだけで。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 行きは良い良い帰りは怖いなんて世間では言われるが、ダンジョンにおいては真逆である。というのもダンジョンは螺旋を描く根がいくつも接続したような構造になっており、行きは袋小路に迷い込む可能性が高いが、帰りは上を目指せばほとんど迷うことはない。


 加えて、上に行けば行くほど探索者の数も増え、モンスターも減ってくる。そのため僕たちはリラックスして帰り道を歩んでいた。


「唐揚げ~唐揚げ~」

「我慢しなさい、明日の昼までの我慢でしょ」

「言うは易く行うは難し、ですね」


 ここ、マイナス7階は兎に角人が少ない。理由はモンスターが厄介な遠距離攻撃を使うアロービーだけしかいないからだ。絶妙に数が多く動きが早いこいつらはコカトリス以上に嫌われている。だから僕たちもアロービーを避けながら歩く。


「飯田、あんた趣味何なの?」

「《食料保存》の検証」

「……」

「……」

「そこで話終わらせるのやめなさいよ、「マリナは?」って聞くとこでしょ普通」

「確かにその通りだ! マリナは?」

「飯田君、本気で驚くのはちょっとおかしいと思うよ……」

「あたしは音楽とマンガ」

「平然と話し続けちゃうんだ……」

「スポーツとかおしゃれが趣味っぽい気もするけど」

「あんた意外と人を見る目あるんだ、他人に興味ないだけで。確かにその辺りも趣味だったわ、中学くらいで飽きちゃったけどね」

「ダンジョンに潜れるってなるとそうなるのは分かる。で、自然と時間と体力を使わない趣味に移行してくと」

「そうそう! 分かってるじゃん」



 地面はマイナス1階と同じ岩肌で代わり映えがしない。それと相反するように会話は弾む。だが楽しい時間はあっさり過ぎ去るものだ。僕たちにも現実、すなわち大人の世界の時間が訪れようとしていた。


 ふと、周囲の空気が変わったような気がした。凶暴な獣が周囲に潜んでいるような、そんな危機感。だがこの周辺にはアロービーしかいないし、他に敵対するようなものはいないはずだ。僕はマリナのつい先ほどしていた話をすっかり忘れ、そう楽観してしまった。  


 角を曲がった瞬間、低い声が僕の耳に届いた。



「おう餓鬼ども、ここからは行き止まりだ」


 僕たちの正面、地上への道を遮るかのように大男が立っている。厳つい顔には刺青が入り、赤に染めた短髪と手に持つ大剣が特徴的な男だ。男は嫌な笑みを浮かべ僕たちをなめまわすかのように眺める。腰には縄と手錠と猿ぐつわが3セット用意されており、嫌でも相手の目的が何か理解させられる。


「『魔物調理』狙い、それにしても早すぎる……! 地上への道を塞がれたわ!」


 すなわちマリナの危惧していた、他探索者組織からの強引な接触。Lvが低く立場が弱い隙に、僕を力づくで囲い込もうとする者。だがマリナの言う通り、あまりにも早すぎる。配信を始めて数時間で広大なダンジョンから僕らの位置を特定し、道を遮るのはそう並大抵なことではない。


 その大剣は、刃渡りからして明らかに改正後の銃刀法にも違反している。よく見れば所々薄い切れ込みがあり、複数に分割した刃をダンジョン内で組み立てたのだろう。大男は僕たちを見てにやり、と邪悪な笑みを浮かべて宣言した。


「俺は荒島。クラン〖バンデッド〗のリーダーだ。早速だが、『魔物調理』のお前。俺のクランに入ってモンスターの肉を生み出す奴隷になれ。さもなくば」


 マリナが戦闘態勢に入る。〖バンデッド〗の名は聞いた事がある。素行の悪い探索者たちが集まったクランで、幾つもの犯罪行為に手を染めているという噂がある。そして何より、荒島の名は僕でも聞いた事があった。


 Lv71。保有スキル『剣術』『火魔術』。マイナス37階に辿り着いた、正真正銘の最強の一角。全ての探索者が憧れる頂きに辿り着いた暴君は、獰猛な笑みを浮かべて大剣を構えた。



「殺す」


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