即死技能

 スキルの効果は法則そのものだ。例えば『水魔術』の《水操作》であれば『生成した水を形状変化・射出・操作できる』という法則だ。幾つかの条件はあるが意思一つで水の変形・射出が可能であり、一方でスキルが保証するのは射出までである。すなわち敵に貫通する、ダメージを与えるといったことは保証されないのだ。一方僕の《解体》は活動中の魔物に対して、


『即死攻撃ってマ?』

『効果範囲や発動時間、精神力消費が不明だしまだ焦る時間じゃじゃない』

『所詮非戦闘用の雑魚スキルの進化だぞ、そんなわけねえだろ』

『即死まで行くかはわからんけど、確定大ダメージなのは間違いないよね』

『レベルアップ速度向上と火力が両立するクソスキルあるってマジ? 武器術が過去のものになるじゃん』


 コメント欄も見事に大荒れである。だが実際問題として効果を読む限りはそうとしか考えられない。解体って仕留めた獲物をどうこうする、という話であって狩りに使う用語ではない気もするんだが。


 因みにスキル説明の魔物、という表現はステータスカードで時たま見るものである。なぜかモンスターという表現もあり、単なる表記ブレなのかどうなのか、これもまた不明である。


 ダンジョンとスキル、ステータスカードが現れてから10年が経過しているのだからもう少し詳細が分かってもいい気がするが、このあたりは奇妙なくらい研究が進んでいない。研究者が無能すぎるのか、それ以外の要因があるのか。


 そんなことを思っている僕の横で月城さんはあたふたしている。コメント欄が凄まじい勢いで流れていくので、それを追うのに必死なのだ。一方マリナは想定外ではあったものの直ぐに意識を切替えて話を続ける。


「即死効果かどうかは不明だけど、確かに攻撃に使えそうではあるね。スキルって現象より法則が優先されるし、試してみる価値はありそう。というわけで今日の目標は!」

「唐揚げです!」

「コ カ ト リ ス!!!」

『漫才か?』

『よく見たら修行僧の装備異常で草』

『動く唐揚げ製造機じゃん』

『これが今一番ホットな男の姿か……』

『こんな奴に即死スキルを持たせるな』


 突っ込みの嵐をスルーしながら僕と月城さん、マリナは探索を開始する。狭い通路となっている空間は一列にならざるをえない。自然と隊列は月城さん、僕、マリナの順になっていた。月城さんは慣れた様子で周囲を警戒しながら歩んでいく。右手に包丁を持っている姿だけを見ると痴情のもつれでホストを刺しに行く女性を想像してしまったが、『短刀術』を持つ彼女なら刺すどころかあっさりとばらばらにしてしまえるだろう。


 同じLvでもスキルが違うだけで戦闘力は大きく異なる。だからクランと呼ばれる探索者のチームは、強いスキルを持っている新人を青田買いするのだ。新しくスキルを習得するのは難しいけれど、元から強いスキル所有者のLvを上げるのは簡単だから。


「アヤメは派生技能パリィを持ってるから誤射しても大丈夫なんだけど、あんたは大丈夫じゃないから気を付けなよ」

「怖い事言わないでよ」

「因みにマリナさんを怒らせると誤射ポイントが貯まるので注意ですよ、飯田君。この前宮田君がひどい目にあったって大声で騒いでいたから」


 なんと恐ろしい話だ。哀れ宮田、安らかに眠れ。というかやはりというかなんというか、宮田のやつちゃんと友達いるんだな。あの言い方だと誰もいないと思っていたよ。まあ月城さんには騒いでた、なんて表現されてるし、そこまで好感度高くないんだろうけど。


 後ろから付いてくるドローンのマイクに届かないよう、月城さんが声を潜めて僕に耳打ちしてくる。


「そういえば飯田君、宮田君からの勧誘は受けたんですか?」

「どういうこと?」


 しばらく頭を捻り、思い出す。確か荷物持ちをさせてやる、みたいな話しだったろうか。あまりにも上から目線で、方向性も違い過ぎるので完全にスルーしてしまっていた。そう伝えると、月城さんはちょっと違うよ、と補足した。


「飯田君はあんまり気にしていないかもしれないけど、傍から見るとずっと報われない努力をしているように見えていました。今となれば笑い話ですけれど」


 月城さんの目が僕の手に向く。手袋に隠されているが、何度もハンマーを振り続けていたから手のひらはごつごつしていて、所々まめが出来ていた。僕自身の体も数年前とは段違いに鍛え上げられていて、腹筋が見えるくらいだ。モンスターの肉を食べるために、何年もマイナス1階に潜った副産物だ。


「だから宮田君、自分のクランの偉い人に飯田君を育成枠として入れてもらえないかお願いしていたんです。スキルに恵まれていないだけで、飯田君は必ず戦力になる、ひたむきな努力家なんだって言って」


 努力。そう表現されるとどこかこそばゆいが、なるほど傍から見ればそうなのかもしれない。手をまめだらけにして、毎日何時間も成果の出ない探索を黙々と続ける。


 マリナや月城さんは僕のことを変わったやつだ、と言うし宮田に至っては嫌味も言う。だがいじめたり強くからかったりしなかったのは、もしかしたらある種の尊敬もあったのかもしれない。


 まあそう思うなら宮田は口をまともにして欲しいけど。いくら裏で良い人みたいな行動してても、顔つき合わせて言う発言があれじゃあ評価を変えにくいよね。


「指示厨と一緒で余計なお世話ってやつじゃない? 目標を考えないアドバイスや手助けって大体的外れだし」

「マリナさん、宮田君にしては真っすぐな善意そのものなわけですから、もう少し暖かく見守ってあげてもいいと思いますよ」

「広場のど真ん中で嫌味言われたけどね」

「「……」」



 そんなことをひそひそと話しながらもうしばらく進んでいると、目の前に僕らの背丈ほどの怪鳥が現れる。一見ただの鶏のようであるが、その体は通常でありえないほど膨らんでおり、体表は灰色の羽毛で覆われている。トサカは奇怪な緑と黄色の入り混じったカラーをしており、濁った虹色の大きな目がぎょろぎょろと動いている。そして何よりの特徴は、その尻尾が蛇になっていることだった。


 コカトリス。マイナス10階のコンクリート地帯に生息するモンスターである。見た目は正に伝承通りの化け物であり、能力は『麻痺毒』。尻尾の蛇に噛まれると動けなくなるという凶悪なスキル持ちのモンスターだ。正確には鳥の方でもスキルは発動するらしいが、鶏に鋭利な牙はないためだいたい防具に防がれて効果が発動できないらしい。


 通常の探索者では高い生命力と『麻痺毒』を恐れてコカトリスを避けることも多い。マイナス10階にいるモンスターとしては破格の強さであり、安定攻略にはLv15以上のパーティーが必要だ。


 本来であれば安全マージンを取って避けるべき敵だが、マリナと月城さんがLv以上の実力者らしいということ、加えて僕自身の食欲が重なり挑戦することになったわけである。


 幸いにもコカトリスはこちらに気付いていない。僕らは無言で頷き、事前の打ち合わせ通り動き始める。


「《水生成》《水操作》」


 マリナが静かに呟くとともに、大量の水が足元に生成される。それらは地面を濡らすことなく、一滴残らず完全に操作されていた。マリナの操る水が凄まじい勢いでコカトリスに向かって飛び出し、足元に絡みつく。


「ギギッ!?」


 スキルで操作されている水は簡単に形状を変えようとしない。水の足枷はコカトリスの抵抗にびくともせず、足を完全に拘束する。足を動かすだけでは駄目だと判断したらしいコカトリスは、蛇と鶏の頭を共に水の足枷に向ける。


 その隙をついて僕は飛び出す。長年の探索で鍛えられた体は素早い速度と忍び足を両立する。が、速度が想定以上で驚く。以前の倍近い加速、すなわちLvの上昇による身体能力強化だ。


 加速しすぎた体を無理やり停止させ、コカトリスの死角を突く。僕に背を向けるコカトリスの背中を触り、僕は派生技能を発動させた。


「《解体》……!?」


 瞬間。コカトリスの頭と尾の付け根から血が噴き出す。体の内部から血の飛沫が飛び出し、見えない刃が皮膚と肉を裂く。臓器は食べられない部分と判断されたのか、周囲の皮膚ごと切り取られぼとりと地面に落下する。


 わずか数秒の間に致命傷を負ったコカトリスは一瞬にして黒い霧になる。まともな抵抗は一切できていなかった。そりゃそうだ、体内から切断されている状態で的確な反撃ができる生命なんてまずいない。


『死亡した生命体の体を切断し、可食部とそうでない部位に分けることができる。『魔物調理』を保有している場合、死亡した生命体の代わりに活動中の魔物に対して発動が可能になる。』


 マリナのスキルで確認した通りだった。活動中の魔物に対して、切断し可食部とそうでない部位にわけることができる。そして首から上は、一部の地域や食材を除き食用とはみなされない。


「本当に即死技能だったんですね……」

『コカトリス即死はチート過ぎる』

『グロすぎん?』

『体内からの切断、ガード不能の最強技じゃないか』

『これどうやって防ぐの?』

『最強スキルランキングが入れ替わりました』


 マリナと月城さん、コメント欄が騒ぎ始める中僕は絶望する。目の前のコカトリスは黒い霧になって消えた。つまり、最も大事な肉はドロップしていない。


「ショックのあまり《食料保存》使い忘れた……! 唐揚げ!!!」

『気にするところそこか?』






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『魔物』

始めはモンスターの表記ブレと思われていたが、別言語でもきちんと使い分けられていることから別の存在と判明している。『解析』による説明では「第3層高密度レイヤー適応生命体」と表記されているが、探索者スレでは何を言っているか分からない、と理解を諦める者が続出した。


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