修行僧、初めてのコラボ配信
「マリナチャンネル、はっじめるよ~! 今日はマイナス10階にゲストと一緒に来ています!」
ダンジョンには階、という概念が存在する。とはいってもゲームのように本当に階段があるわけではない。ダンジョンはゆっくりと下る迷路のような構造になっており、ある一定の場所から雰囲気が変わる。その移り変わりを階としてマイナス1階、マイナス2階とカウントしているのだ。
このマイナス10階はコンクリートでできた無機質な迷路である。一説にはコカトリスに全て石化された、なんて噂もあるが実際のコカトリスは石化能力なんて持っていない。それに近い能力は持ってるけれど。
僕としては階ではなく層、という表現の方が分かりやすい気もするが、こちらは何故か使われることが無い。【保持存在】の説明は層が使われていた気もするが、何か違うのだろうか。
マリナは静音ドローンに装着されたカメラに向かってVサインをする。ダンジョン内部は自衛隊により緊急時の為のインターネットが張り巡らされている。だが普段は使われることがないため、配信者向けに有料で貸し出されているというわけだ。本来は自衛隊がダンジョン探索をする際に、全地点の映像を同時に地上に送るための回線であったため、配信に必要な膨大な通信量も余裕というわけだ。まあ肝心の自衛隊がダンジョンに潜っている姿は見たことないけど。
『マリナちゃんこんにちは!』
『修行僧いるってマジ!?』
『配信感謝!』
『お、バッファー隠しのチーターじゃん』
『今日月城ちゃんとかいるの?』
コメントが画面を滝の如く流れていく。同時視聴者数6万、という数字は超有名人の企画でしか見たことのない数字だ。日本の人口が5000万人程度、アーカイブで見る人も多いと考えると少し怖くなってくる。上手く唐揚げ作れるかな。
「マリナさんは人気ではありますけど、この数字は異常です。注目されていますね、飯田さん」
月城さんがカメラに映らない場所で僕に耳打ちする。マリナのダンジョン配信チャンネル、というのがマリナのチャンネルらしい。登録者は60万人、綺麗な見た目とそれに反したクレバーな戦闘技術が売りとのことだ。活動開始時期は僕と同じ3年前だ。
こっそりスマホでチャンネルを見てみると、初めはマイナス4階辺りをウロウロしている。やはり当たりスキルと言われる『水魔術』でもそう簡単に下までは潜れないらしい。だが半年前ほどのアーカイブから急激に攻略を進めており、最近のアーカイブは『ソロでマイナス21階攻略!』なんて書いてある。三味線引いてやがったな、マリナのやつ。何がマイナス11階だ、相当強いじゃねえか。
「マリナさん、ここ半年は怖いくらいに攻略熱心なんですよ。私も止めたんですけど、聞いてくれなくて。いつの間にか実力が大幅に上がっていたので大丈夫そうですが」
それを聞いてさっきのコメントの意味を察する。バッファー隠し。恐らく配信画面の外に他者を強化するスキル持ちをこっそり配置し、自身の強さを過剰に見せているという疑惑なのだろう。
だが、僕の視界内にバッファーはいない。月城さんは口ぶりからして違うだろうし、となると本当に短期間で強くなったというわけだ。マリナ、実はメタルスライムを100匹くらい倒したのかもしれない。
まあどんな人気者でも全ての人に好まれるわけじゃない。ありとあらゆる人気者が嫌いな人だって存在するはずだ。因みに僕の嫌いな人はご飯を粗末に扱う人です。
そんなことを考えていると挨拶が終わったようで、マリナが月城さんを手招きする。月城さんはゆったりとカメラの視界に入り、軽く一礼した。
「と言うわけで、今日のゲストお二人を早速紹介するよ! まずは皆さんお馴染み、クラスメイトのアヤメ!」
「皆さんこんにちは、アヤメです。ご存じかもしれませんがスキルは『短刀術』、Lvは10、前衛を担当させていただきます」
昔はインターネットで実名と顔を出すのは危険とされていたが、最近は一般的になってきている。隠していると活動範囲が狭まるというのもあるが、炎上さえしなければ就職や大学生活にメリットが大きいのもある。特に数年炎上していない元配信者はバランス感覚がしっかりしている、という理由で採用されることがあるぐらいだ。顔出し配信が一般的になってきたが故の、2045年以前は考えられない状況である。
『可愛い!!!』
『そんな装備で大丈夫か?』
『軽装だなぁ』
『俺も武器術欲しい……』
『前衛武器術、後衛魔術は普通にチートすぎるんだよな』
『クランはどこ入ってるの?』
スマホに映る配信画面に、どんどんコメントが書き込まれる。短い時間だがなるほど嫌われるタイプではないようで、好意的なコメントばかりだ。真面目でおしとやか、人気が出るのも頷ける。
月城さんは常連らしく、紹介は短く終了する。そしていよいよ僕の番が来る。マリナは息を大きく吸い込み、手をこちらに向けた。
「そして本日のメインゲスト、『修行僧』『睡眠用BGM』『防衛大臣に何しやがった』、とスキル進化で話題になったあの男!」
「どうもイーダです。よろしくお願いします」
「まともな挨拶できるんだあんた……」
マリナの失礼な発言をスルーしてカメラに向かって手を振る。静音ドローンの上部にある、コメント確認用モニターは酷いことになっていた。
『で た な』
『保持存在についてkwsk』
『スキル進化の条件は? 効果は何なの!』
『モンスター食べるとレベルアップするっぽいけど上昇幅は?』
『ちゃんと喋ってるところ初めて見たかも』
『いつも寝るときにお世話になってます』
『というかこいつなんで自由なの? 防衛大臣の件、参考人として確保されてもおかしくないだろ』
コメントの加速が止まらない。そんな状況に苦笑しながらマリナは配信を進めていく。
「それじゃあ今日はこいつのスキルを解析するところから始めてみます! じゃあイーダ、ステータスカード見せて」
「どういうこと?」
「あたし『解析』持ちだからステータスカード見たら効果分かるんだ」
ステータスカードに表示される内容は、簡易的なものにすぎない。例えば『調理』をタップすると『料理が上手くなる。料理関係の派生技能を覚えられる』と出てくる。正直役に立つとは言い難い。ところでこの文字列、誰が設定したんだろうね。
だが例外として『解析』などのスキルを使用すると、もう少し踏み込んだところまで確認することができる。が、『解析』はかなりの希少スキルのはずだ。
『なんでそんなの持ってるの……?』
『流石に嘘でしょ』
『確か20階付近のモンスター倒すと稀に手に入るんだっけ』
『一万分の一未満なのに、豪運すぎんか』
困惑するコメント欄を他所に、僕が取り出したステータスカードをマリナはじっくりと覗き込む。そして何やら読み上げ始めた。
「魔物の料理が上手くなる。派生技能が魔物に適応可能になる。魔物を食べる際に保持存在を取り込むことができる。取り込んだ保持存在を解放することが可能である。これが『魔物調理』の説明文だね」
マリナの読み上げた内容は概ねイメージ通りの物であった。あまり情報が増えていないのは残念だが、『解析』とはいっても所詮こんなものだ。もしこれが万能なら今日僕は探索者協会に拘束され、『解析』をされていただろうし。
そのままマリナは派生技能について読み上げ始める。
「続いて《解体》についてです。死亡した生命体の体を切断し、可食部とそうでない部位に分けることができる。『魔物調理』を保有している場合、死亡した生命体の代わりに活動中の魔物に対して発動が可能になる。カードゲームみたいな文章だね」
僕らはそのコメントが流れるまで、変哲のないスキルの説明だと思っていた。それは《解体》のイメージが完全に固定されてしまっていて、思いつきもしなかったからだ。そのコメントを見た瞬間、僕たち3人は目を見開いた。
『活動中の魔物に発動可能ってことは、これ即死攻撃じゃね?』
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『層』
7層まで存在し、0層から6層は■■■された。高密度レイヤー適応後の残骸が積み重なったものがダンジョンと呼称されるものである。VOLACITYと呼ばれる存在は0層より地上を目指して現在も進行を続けている。
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