奥賀カンナ

「常識がないとは思っていたけれど、ここまでとは思わないじゃん……」


 髪を金色に染めたちょっと派手な少女、真宮マリナは顔を覆う。その見た目とは裏腹に装備は軍の横流しの防刃仕様装甲服、恐らく鉄板入りの安全靴に目元を覆うゴーグルと堅実かつ武骨なものとなっている。遠距離魔術の誤射・跳弾対策なのだろう。


 失礼なことを言うな、と反論しようとしたもののここまできちんとしている人間にそう返すのも気が引けた。僕にとっては唐揚げパーティーでも真宮マリナにとっては真面目な探索だったのだろう。油跳ね対策に紙エプロンとか用意しておけばよかった。


「とりあえず今日はよろしく、真宮さん」

「マリナでいいって、クラスの皆もそう呼んでるし。その装備についてはもう諦めるとして、こっちが今日一緒に潜ってくれる子。名前知ってるよね?」

「…………」

「何か喋りなよ!」

「あははは、教室ではあまり話したことはありませんでしたから。月城アヤメと言います」


 黒髪の穏やかそうな少女は口元に手を当てながら苦笑する。真宮……マリナは綺麗という表現が似合うが、彼女については可愛いという表現が似合う。服装は薄手の防刃服に強化繊維の手袋と一般的な探索者の装備だ。腰には包丁を刺しており、これがメインウエポンだろう。僕のハンマーと同じく、民生品は安く頑丈で便利だしね。


 確かクラスの委員長をしていたはずの真面目な月城さんと派手そうなマリナは一見グループが違うように見える。変な組み合わせだな、と二人を見る僕の目に気付いたのかマリナが補足した。


「あたしら二人でダンジョン潜ること多いんだ。宮田とか入れると画面がむさくるしくなるし、前衛後衛でバランスとりやすいとか色々理由はあるんだけれど」

「ふーん」

「本当に興味ないんだね、飯田君は。普通はもう少しクラスメイトのこと気にするよ」

「40人もいるから流石に覚えられないよ、僕の脳では」

「流石に覚えなって、もう高校生活始まって二年だよ変人」


 僕としては高校生活が今日始まったようなものである。モンスターの肉をドロップさせるという前段階が終わり、ようやくドロップアイテムの調査と言う第二段階に入ったのだから!


 一方二人の発言から僕がクラスメイトにどう思われているのか、ちょっと気になる気持ちも出始めている。会話したことすらないクラスメイトから直接こんな評価を受けるなんて、何かしてしまったのだろうか。ダンジョンに潜り続けただけでこうはなるまい。



 そんなこんなでパッと顔合わせを終え、僕たちは探索者協会直営店のカフェに突入する。早速配信するのではないのか、と思ったが事前打ち合わせがいるらしい。


 カフェ自体は某チェーン店のものをそのまま流用しており、ケーキから軽食、コーヒーなど一通り揃った落ち着いた雰囲気の店だ。だが違うのは、併設されたショップである。


「へぇ、対サンダードラゴン用絶縁服、もう売ってるんだ」

「これからサンダードラゴンを狙う探索者の方も増えるでしょうし、それを狙ってでしょうね。あ、MD22社の新型ナイフも売られていますね。お小遣い貯めて買おうかな……」

「調理道具はないな」

「「そりゃそうですよ」」


 探索者の利用が当然多いため、ここには数多の探索者向けグッズが販売されている。武器から防具まで一通り揃っており、価格も安く性能も良い。


 本気で装備を整えるなら鍛冶師なんて呼ばれる専門の人に、オーダーメイドを作ってもらった方が良いのだけれど。例えば保有スキルが『水魔術』なら自分の出した水で濡れて体温を冷やさないよう撥水加工をしたり、武器術なら武器を装備する専用ポケットを増やしたりするわけだ。


 とはいってもこれはマイナス15階以降に挑む専業探索者が必要とするもので、僕たちレベルであればここで売っているもので概ね問題ない。まあ『魔物調理』と相性の良い武器なんて無いので、僕はいつも通りの安物ハンマーだけだ。


 女子の買い物は長い、という風説は事実らしく飲み物を待つ時間はあっという間に過ぎていく。


「これとか配信映えするかもしれませんね」

「あー、目立つから誤射対策にいいし、ありかも。しかも10万円は安いね」

「10万円が安いの!?」

「マイナス一階に潜り続けてる人は知らないかもしれないけど、マイナス10階以降はドロップ一つで10万は超えるから。費用対効果は十分なわけ」


 そうこうしているうちに飲み物が届き、僕らは席に戻る。僕にはココア、マリナにはブラックコーヒー、月城さんにはカフェラテ。ちょっと格好つけて僕もブラックコーヒーを飲むべきだったかもしれない。あれを飲んでいる人、渋く見えるじゃん。僕の勝手な妄想だけど。


 マリナは慣れた手つきでブラックコーヒーを少し飲む。慣れているのか苦そうな顔を一切しない。そういえば彼女も奇妙な存在である。顔と口調だけ見れば普通の高校生なのに、装備のチョイスや知識はまるでプロの探索者のように見える。マリナは全員が一息ついたのを見て、意を決したのか口を開く。だがその内容は想定外のものであった。


「で、配信の前に聞きたいんだけど、あんた『奥賀カンナ』って名前知ってる? 地上の話でも、もしくは【保持存在】としての表示でもいいけれど」


 僕と月城さんはぽかん、とする。彼女は急に何を言い出しているのだろう。奥賀カンナという名前は聞いた事がない。


 保持存在については配信でも見せたし掲示板にアップロードしたし、知っていてもおかしくない。だが普通の人が真っ先に聞くこととしてはあまりに不自然だった。


「確か山下防衛大臣が皆の記憶から消えていた、みたいな話だったよね」


 月城さんが言う話については掲示板で推論だけ見た。状況証拠だけ見れば、モンスター(VOLACITY?)が人を食べると、存在が消えるかもしれないという話だ。確かにステータスカードが嘘をついたことはないし、国が揉めている以上完全に無関係と言い切ることはできない。


 だがそうなるとおかしな話が始まる。次層で蘇生、という不思議な文字列もまた現実となってしまうのだ。なんだそりゃ。


「その奥賀カンナさん?に聞き覚えは無いけれど、どうして急にそんなこと聞くの?」

「前か……いや、最近聞かなくなったから、どうしてるかなって思って。もしかしたらダンジョンで食べられてるかもしれないじゃない」

「マリナさんは色んなことを知っていますからね。私たちが下の階まで潜れているのも、ほとんどマリナさんのお陰です。見知らぬモンスターへの知識から格闘術まで精通しているんです」


 マリナに聞き返すと少し狼狽したような表情になる。それを誤魔化すように、月城さんがフォローを入れる。表情を見る限り、月城さん自身も詳しくは知らないのだろう。とりあえず険悪な空気になるのを防ごう、みたいな感じだ。


 仮に奥賀カンナさんとやらが食べられていたとしたら、山下防衛大臣と同じならマリナが名前を憶えていること自体がおかしい。にも関わらず、保持存在について彼女は聞いてきた。


 疑問が膨らむ。マリナの口ぶりは、やはり保持存在について一定の理解を持っているが故のものだ。だがそれを故意に隠そうとしている。


 机の甘いココアを一気に飲み干し、思考を加速する。つまり今聞くべきこととは。僕がマリナの謎を解き明かすために発するべき言葉とは。あ、なんかお腹減ってきた。


「それはそうと、今日は何のモンスターの肉を狩りに行くんだ?」

「食欲に疑問が敗北してるじゃん……。今日はビッグフロッグかコカトリスあたりを狩りに行こうと思ってるんだけど、どう?」

「是非!!! さあ打ち合わせを始めよう! そしてすぐ終わらせよう!」

「本当に元気ですね、飯田さんは」


 生暖かい目が僕に降り注ぐ。だがそんなものは気にしない。目指すは唐揚げ、それ以外にあり得ないのだから!





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