パーティー勧誘



 フロストバードの塩焼きを食べた翌日7月25日、12時。夏休みに突入したこともあり、もう僕の惰眠を止める者はいない。加えて昨日の興奮と疲れから、家に帰ってから何一つ確認することなくぐっすり爆睡してしまっていた。


 寝ぼけまなこを擦りながら朝食兼昼飯を冷凍パスタでささっと終える。あれだけモンスターの肉を追い求めていたのに日常の食事にはそれほど関心がない僕であった。何度も言うが、食欲と未知への興味が重なった結果あれだけの苦行を続けているのであって、別にただの食いしん坊というわけではないのだ。


 因みに今僕は一人暮らしだ。両親は共働きで、二人纏めて大阪から九州に転勤命令が下ったのだが、僕が「モンスターの肉を食べたい!」と駄々をこねた結果、高校生にして一人暮らしが認められたという経緯がある。だから好きな時間まで探索できるし、自分で献立を決めることができる。


 自分で献立を決めた結果美味しい寿司にはまって、数年貯めたお年玉貯金を消し飛ばした半年前の悪夢から目を逸らしつつスマホを開く。確認するのはもちろん自分の動画だ。昨日起きた不思議な事態は全て配信で世界に流れている。まあ視聴者ほとんどいないし、反応は期待できないかな、と思いながら開くと、想定外の異常な数の通知が流れ込んできた。


『山下秀樹防衛大臣、こいつのせい?』

『経験値アイテムが確定ドロップはさすがに強すぎない? 敵が全部メタルスライムになるってことでしょ』

『スキル進化条件教えてください』

『東西テレビです。今回の件についてお話を伺えればと思っているのですが、メールアドレスなど教えて頂けませんでしょうか』

『こんにちは~プロフみて♡ 今ならなんと無料!』

『昼間からこんなことしているとか学生か? 無駄な事せず将来のために勉強しろよ』

『過去アーカイブの羅列に狂気を覚えた……こりゃ修行僧だわ』

『とりあえず僕も3年間食料保存チャレンジしてみますね』


 配信動画のアーカイブはコメントが多すぎて全てを追うことができない。辛らつなコメントからスパム、報道機関までより取り見取りだ。以前まで再生数が100回を超えれば良いほうだったのに、昨日の動画は既に30万再生を超えている。無編集かつ最後の一時間だけ変化がある、というエンタメ視点からするとクソ仕様の動画としてはあまりにも異常な再生数。


 ちょっと感動する。それだけ僕の見つけたモンスターの肉が食べられるというのは未知の事象だったのだ。誰も知らない、僕だけが足を踏み入れた新天地。じゃあ今日から僕がやることといえば、この新天地の開拓だろう。出来るだけ早く、モンスターの肉の種類とその味について発表する! そうすれば再生数で金を稼ぎ、さらにその金で下階に降りることも不可能ではないだろう。……みんな、モンスターの肉よりスキル効果の方が気になってそうだけど、それは見なかったことにしよう。


 そして金があれば、パーティーを組むことも可能だ。パーティーとは探索者が数人で組んで探索を行うことであり、狭く複雑な地形の多いダンジョンでは大人数より効率が良い攻略方法だとして人気がある。特に前衛、後衛と役割を分けて上手く連携できるパーティーは、個々人の実力をはるかに超えたモンスターでも倒すことができるのだ。


 今までで聞いた中で一番ひどいパーティーは、壁役3人とスキル『毒付与』持ちのパーティーである。毒ダメージで倒れるまで粘るだけという、モンスターからしたら害悪極まりない戦術だが、その映像データはモンスターの多種多様な動きの解析や事前学習に役に立つとのことで大人気らしい。


 さて、結局の所、最短で下階にたどり着くならパーティーを組む必要があるわけだが、


「僕、今のところ戦闘力ないんだよな。Lvが上がったから多少は強くなってるはずだけど」


 そう、そこが一番の問題である。パーティーを組むうえで最も重要なことの一つは、パーティー内での役割分担なのだから、役割がない僕が入れるかというとそれも怪しい。強いて言うなら荷物役だが、それでは派生技能の効果を試せるかには疑問が残る。何となくの感覚なのだが、《食料保存》はリーチが短く、安全な後衛からの発動は難しい気がするのだ。


 さてどうしたものか、と悩んでいると、スマホに見慣れないメッセージが届いているのを見つける。普段LINEは友達の少ない僕にとって親との連絡ツールとなっている。だがそこに今日は見慣れぬメッセージが並んでいた。


『飯田、今日あたしと探索配信一緒にしない? 今度の動画のネタにさせてよ』


 真宮マリナという差出人の名前に、記憶を辿ってようやく思い出す。確か同じクラスメイトだったはずだ。正直話したこともないので宮本(?)と同じくらい印象が薄いが、確かちょっと派手なグループに所属していたような気もする。


『いきなりすぎてよくわからないんだけれど』


 僕の本心だ。一切話したことのない人からいきなり探索に誘われる、なんでやねんという感じだが、答えはすぐに帰ってきた。


『昨日スキル進化したらしいじゃん。ネットで話題になってたよ』

『なんであの配信者が僕だって?』

『知らないの、あんたクラスでマイナス一階をうろつく妖怪だって有名だよ』

『そんなに目立ってるつもりなかったんだけど』

『めっちゃ目立ってるって。マジで』


 言われてみれば宮下(?)も僕のあだ名を知っていた。確かにクラスメイトが目撃したらびっくりするだろうし、そんな真似をする人間は僕以外にいないのも事実である。真宮が配信をしているなんて知らなかったが、まあ今時TiktokやSNSなど、何らかの形で自分を発信する人は多いし、彼女もそのうちの一人なのだろう。


 渡りに船ではあるし、全く見知らぬ人といきなりパーティーを組むのも怖い。顔だけでも知っている相手だと、少し安心できるのは事実である。配信のネタにされてしまうという問題はあるが、まあそれは仕方がない。


『レベルと人数は?』

『あたしと別にもう一人呼ぼうかなって。Lvは12と10。あたし自身はマイナス11階までは潜ったことあるし、スキル『水魔術』があるからあんたよりは強いよ』


 ふむ、と頷く。スキルは強いと言われている魔術系で僕より間違いなく強い。僕含めて3人しかいない、ということが気になるけれど、安全マージンを取ってマイナス9階くらいまでを目標に進めば危険もないだろう。まあダンジョンの死者なんてほとんどいないからあまり深く考える必要もないけれど。


 今日は何が食べられるかな。僕はワクワクしながら承諾の返事を送った。


『OK。15時くらいからなら行ける』




――――――――――――――――――――――



7月25日14時59分。大阪ダンジョン入り口広場。


「あんた、何その恰好……?」


 戸惑う待ち人に僕は胸を張る。背中にはフライパン、脇にはフライヤー、腹に植物油のボトルを括り付け、左手には小型の発電機を持った僕は完璧な存在そのものである。


「唐揚げ調理セットに決まってるだろ?」

「置いていきなよ、今からダンジョン探索だよ!? スキルの効果検証するのにそんなに道具いらないよ!」

「そう、モンスターの唐揚げ食べ放題コースだ!」

「違う!!!!!! 忘れてた、飯田は時たま会話が通じないんだった!」

 

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