〖バンデッド〗
荒島は2mにも及ぶ大剣を構える。狭いダンジョン内では使用しにくいはずなのだが、荒島は一切それを苦にしていないようであった。
「まずは少し挨拶をしてやろう」
巨体の荒島が消えたかのように感じた。一瞬で踏み込んだ荒島はダンジョンの壁ごと僕らを切断しようとする。反射的に僕は大剣の側面に握ったハンマーを叩きつけ、軌道を逸らす。
「ナイス飯田!」
「マジか、今のを弾くのか。面白い」
3年もの間モンスターと戦い続けてきた経験が活きた。僕が防いだ隙にマリナが怯えて固まっている月城さんを抱えて後ろに下がらせる。
Lv71は伊達ではない。軌道を逸らしただけで僕の腕は痺れを覚えている。ハンマーは軽く歪み、何回も攻撃を食らえば使い物にならなくなるだろう。そして今の一撃で分かったことがある。あの大剣は刃引きしてある。そりゃそうだ、捕まえに来たのに殺すわけがない。
一先ず死ぬことはない、と一歩前に踏み出す。3年間の戦いで繰り返したことを正確に再現する。正しく体を動かし、正しい位置に槌を叩きつけ、正しい位置に移動し次の一撃を避ける。
続く斬撃も、続く斬撃も。動けない月城さんを安全地帯に運ぶマリナが戻ってくるまで耐える。合計10回に及ぶ暴力の嵐を、僕は何とか五体満足で切り抜けることに成功していた。
視界の端でマリナが「お待たせ!」といって参戦するのを見て、荒島は一歩引き再び構えなおす。息切れ一つない彼の表情には素直な称賛が浮かんでいた。
「『魔物調理』無しでも相当に強いなお前。凄いじゃねえか。これだけLv差があるのにここまで正面からやりあえるなら、冗談抜きに第一線で活躍できる。もう一度言う、俺の所にこい」
「ふぅ、急に、襲い掛かる人に、言われても、困るな!」
「なら大人しく叩き潰されてくれてもいいんだぜ、勿論治療もしてやる」
「その代わり払えないくらいの多額の費用を吹っかけて、借金背負わせるんでしょ。あんたたちの手口は一部で噂されてるわ」
「おうおう、俺も有名になったもんだ」
さらりと語られる非道を荒島は一切否定しない。一般的にダンジョン内での治療は高額になりやすい。簡単な傷なら兎も角、ある程度以上の治療をしようとすると専門の人間かスキル持ちがダンジョン内に入る必要がある。それを理由に危険手当だ護衛手当だといって治療費を過剰に吊り上げる詐欺は、時たま聞く話だった。だがそれを〖バンデッド〗が主導しているとは。
笑みを深めた荒島は、続いてもう一度大剣を振るおうとする。荒島の次の一撃を耐えられる保証はない。マリナをちらりと見ると戦意は衰えていない。ならマリナが攻撃を対処してくれると信じて一か八か、飛び込んで《解体》を試してみるか。
そう思っていた時に、荒島の背後から声がかかる。
「荒島さん、独断専行はそこまでです。私たちは『魔物調理』を持つ少年に、自主的に協力してもらいに来たわけですから。それに条件や環境について話してからでも遅くはないはずです」
荒島の背後から現れたのは細身の30歳ほどの男だった。スーツ風の防刃服に身を纏い銀縁眼鏡をかけた男は、荒島を睨むように見つめる。荒島は仕方が無さそうに構えた大剣を収め、忌々しそうに舌打ちした。
「ちっ、細かいんだよ細木原は。メス共みたいにピーピー小言言いやがって」
「その言葉も当の昔にNGですよ。クランマスターであり、最強の探索者として名を馳せたいのなら多少は我慢しないと」
「それが気に入らねえんだよ、実力より態度や言葉を優先する社会の方がおかしいに決まってるだろ」
荒島が細木原と呼ばれた男にそう吐き捨てると、細木原の目がすっと細まる。
「……その場合、もっと強い人が現れたら、あなたは一瞬でその人の下位互換になりますよ。」
そんな話をしている彼らは、あまり友好的ではない。言葉を聞くに細木川も少なくとも荒島に忠言できるほどの立ち位置ではあるらしいが。
彼らがそう話している隙に、少し落ち着いたらしい月城さんがマリナの横に戻ってくる。危ない……と言いたいが、『短刀術』がある以上、対人能力は多少なりともある。人数有利はありがたい。
「ごめん飯田君、もう落ち着いた」
「大丈夫、急に大剣振り回すおっさんに冷静に対処できる方がおかしいから」
「暗に嫌味言っていない?」
僕らがひそひそと話している間も、未だに細木原と荒島は言い争いを続けている。それにしても何で僕らは知らないおっさんどもの仲間割れを見させられてるんだ。とっとと帰ってコカトリスの肉食べようぜ。唐揚げが僕を待っているんだ。僕がそう思って抜き足差し足と移動をしようとした瞬間、荒島が大声を張り上げる。
「おいコラどこに逃げようとしてる!」
「逃げてるんじゃない、コカトリスの肉を揚げに行くんです」
「それを逃げって言うんだよ」
「コカトリスの肉を揚げるという挑戦を逃げだと!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください。全然嚙み合ってないですお二人共。お時間は取らせませんので、少しお話だけ聞いて行って頂けませんか」
唐揚げを侮辱され怒る僕と、唐揚げを軽視する荒島がヒートアップする。細木原が何とかなだめようとするが、横からマリナがその言葉にまったをかけた。。
「そもそも自分から攻撃しておいて話を聞けなんておかしいでしょ。交渉を聞くより警察に電話したほうが先。じゃあ今から電話するからよろしく」
「本当に暴力に訴えるなら、クランメンバー全員で襲い掛かっていますよ。警察についてはその通りです。……電話が通じればの話ですが」
その意味深な言葉に、慌ててポケットから僕は携帯をとり出す。示されている内容は圏外。おかしい、ダンジョン内は自衛隊が用意した緊急回線がどこでも使えるはずなのに――。
「あんた、緊急回線をジャックしてるの!? 犯罪じゃない!」
「犯罪ではないですよ、こちらにも色々ありまして。さて、というわけで交渉です」
嫌な空気だった。荒島の暴力とは真逆の、首が徐々に締め付けられていくような間隔。細木原はその蛇のような視線で僕を見つめ、表面上だけは穏やかに話をつづけた。
「つまりはイーダさんのお力をお借りしたいんです。モンスターの肉で高速レベルアップ、その力があれば〖バンデッド〗は日本一、いや世界一のクランになれます。スキルと違ってLvは後天的に強化できます。あなたのそのスキルはあらゆる無才、生まれつき得たスキルが駄目だった弱者を躍進させる鍵になるのです! かつての自身を救う、その事業に参加してみませんか!」
細木原からすらすらと出てくる言葉は、しかしそのどれもが軽く感じられる。恐らく嘘は言っていない、しかし大事な情報をあえて提示していないかのような。マリナや月城さんもそれは同感らしく、二人とも眉を潜めている。
僕があまりピンと来ていないのを察したのだろう。細木原は指を一本ピンとたててほほ笑む。
「具体的には私たちのクラン〖バンデッド〗に加入して頂き、主力部隊の一員としてモンスターの肉集めに取り組んでいただきます。年収は……これだけ出しましょう」
「100万?」
冗談めかして僕が言うと、細木原は苦笑いしながら首を振る。そして想定外の金額を口にした。
「いいえ、1億です。1年契約でその間他クランへの加入無し、肉の販売の独占という条件は付けさせていただきますが」
「そういうわけだ。とっとと加入しろ。こんだけ金を出してるんだからよ」
……どう考えても怪しすぎた。1000万程度の金額だと、状況によっては配信者として個人で活動した方が良い場合もある。故にそれ以上だというのは納得がいくが、しかし一方で、まだ未解明の部分も多く、どれだけの効果があるのか不明のスキルに出す金額ではない。
考えられるとするならば、一つは踏み倒す宛てがあるということ。それなら何円を提示しようと関係がない。もう一つは僕のスキルの別の部分、例えば【保持存在】について何か知っていて、それを手に入れたいという説。
ただいずれにせよややこしい話に巻き込まれ、強く束縛されるのは間違いない事実だった。しかも主力部隊にはいるということは荒島と一緒に行動しなければならない。
……それは本当に嫌だな。最近の若者は金銭より環境で職場を選ぶのだ。というわけでさっさと断ってしまおう。
「ごめんなさい、お断りします。第一印象最悪だったので」
「「「……」」」
「飯田君、物事には言い方や方便というものがあるんだよ……」
黙りこくる3人、僕に呆れたような声色で語る月城さん。どうやら完全に選択を間違えたらしい。確かにあるよね、内容は正しいけど言い方が悪いから怒られるってやつ。荒島の顔は急速に赤くなり、大剣を持つ手がプルプルと震える。メンツを潰された、と感じているのだろう。社長自ら出てきて勧誘し、しっかり金額提示したのに断られた、確かにヤクザ映画なら銃撃されてもおかしくない。
とはいっても、あまりこういう人と付き合いたくないんだ。どうしようか、そう思っていると意外な所から助け船が飛び出てきた。
「これ以上の飯田への無理強いは許さないわよ。配信用のカメラが一つだけだとでも思ってた?」
マリナと月城は、自身のポケットから覗く小型カメラを見せる。録画開始の状態になったカメラは赤いランプが点灯しており、一部始終を撮影する準備ができている。
僕と細木原が話しているその隙に、予備の配信用小型カメラを起動していたのだ。ここからは記録に残る。暴力行為を振るえば逮捕されるのは荒島たちだ。
いいぞマリナ! ついでに僕の失礼な発言も流してくれ! そう思う僕の横にマリナは立ち、勝利を確信した笑みを浮かべる。
「あんたは二人、こっちは三人。万一取り逃したらメモリーの映像を証拠に傷害罪で逮捕できるわ」
「カメラを持っているのは二人、それに私たちのLvには遠く及ばないと思いますが」
細木原は嘲る。所詮は高校生3人。最強クラスの探索者相手に太刀打ちできるなどとは思えなかったのだろう。その瞬間までは。
前触れもなく隣にいるマリナの印象が切り替わる。
「やってみる?」
「……っ!」
生まれて初めて、殺気というものを感じた。全身が総毛立つようなおぞましい感覚。一介の女子高生が出してはならないその雰囲気に、あの荒島ですら一歩後ずさった。
まるで歴戦の兵士が出す殺意だ、ふとそんな感想を抱く。でもそれはおかしい。彼女はまだ高校二年生。そんな経験を得られる機会などないはずだ。
細木原は目を細め、鋭い視線でマリナを睨み返した後、表情を戻し両手をひらひらと振って降参の意思を示した。
「今日はここまでにしておきましょう、クランマスター。「万一」がありえます」
「あ? 俺はLv72に武器術持ちだぞ」
「それでもです。未知のスキルにあの女、両方を相手するのは厳しい。恐らく、6層から彼女は引き継いでいます。経験だけならあなた以上の戦士ですよ。」
さっぱり何を言っているのかわからなかったが、それを聞くと荒島は酷く嫌そうな表情になった。その後、ふぅと大きな息を吐いて僕たちに背を向ける。
「次は必ずお前を奴隷にする。借金漬けにして、逃げられなくして、俺たちのクランを強化するために死ぬまで働かせる。恥をかかせた罪は全て償わせる」
もう僕たちと一言たりとも言葉を交わしたくないのだろう、足早に去っていく荒島を細木原は苦笑しながら眺め、冷や汗を拭う。彼にとっても荒島という男は制御不能なのだろう。
「マイナス37階の攻略を朝日レン率いるクラン〖三剣〗に越されたのが効いているんですよ、彼。我々はそれに乗っからせて頂いているのですが」
「……なるほど、そんな理由が」
そして細木原の口から納得の理由が飛び出す。確かにマイナス37階の攻略で〖バンデッド〗の名前は聞いていない。本人があれだけの実力であるにも関わらず、探索で先を越される。そりゃストレスが貯まるだろう。僕としてはいい迷惑なんだけど。
そして我々というワード。〖バンデッド〗とは別口だ、と暗に示すその態度と『魔物調理』を狙う理由について問いただそうとしたところで、細木原は体を翻す。背中越しに表情を見せないまま、最後に一方的に喋って彼は歩みだす。
「いつでも私たちはイーダさんをお待ちしております。それと……どんな形であれ、飯田隊長と再びお会いできたことを、本当に嬉しく思います」
最後の一言には、様々な感情が籠っていた。尊敬、失意、希望。そう言いながら去っていく彼らを見送ってから、僕らは目を見合わせた。自体は予想より遥かに大きな方向へ向かっている。
6層。引継ぎ。飯田隊長。細木原の所属。『魔物調理』を求める目的。謎は増えるが、解き明かすための鍵は海底の奥深くに沈んだままだ。
今後も類似の事態は起こりうるだろう。数多の力に押し流されずに、自由に未来を選択できるようになるためにも、謎はさておきこれだけはやっておかないと舞台に立つことすらできない。すなわち、
「唐揚げ食べるか」
「そこは力をつけないと、でしょ」
「目的と手段が入れ替わってるあたり、飯田君らしいですね」
マリナに文句を言われながら、僕らもまた地上を目指す。こうして長い探索が終わり、コカトリスの肉の仕込み作業が始まるのであった。一晩味をしみこませておくと美味しくなるんだよね。
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