『修行僧』
『2045年7月24日、朝のニュースです。昨日、サンダードラゴンの髭が世界初の常温超伝導体と判明しました。この物質はダンジョン内で入手でき、現在は一億以上の価格で取引―――』
『続いてのコーナーです。人気配信者の朝日レンさんがマイナス37階の最速攻略を達成しました! ダンジョン攻略を生配信する姿は若者に大人気で、今年の年収は10億越えと言われています!』
『実際人気だけじゃなくて社会への貢献も凄いですよね。彼女の映像を元にダンジョン攻略が最適化された結果、攻略が容易になり様々な素材が市場に出回るようになりました。まだ高校二年生なのにここまでとは、将来が期待できますね!』
『朝日レンさんの他にもクラン〖バンデッド〗を率いる荒島氏など、様々な探索者が――』
『神野防衛大臣は昨日の軍備拡張について会見を行いました。内容は―』
『日本の人口減少について、専門家に伺いました。東京大学教授の短喋氏によると―――』
大阪にある第26号ダンジョンの入り口は、あれから3年が経過しても人でひしめき合っている。その中に今日も僕は立っていた。壁にかかったテレビからはニュースが垂れ流しになっているが、それを気にも留めずダンジョンに進む。
ダンジョンの登場により多少の緩和があったとはいえ2045年でも銃刀法は未だ有効だ。だから多くの探索者は武器として鈍器や刃渡りの短い武器を持ってダンジョンへ挑む。僕が装備しているのは探索者がよく使う手斧とクロスボウのセット。それに防刃仕様の灰色のジャケット。
初めての配信から3年が経過した今、僕自身は平凡な高校二年生であり、見た目としては派手ではないはずだ。なのに周囲からは奇異の目が降り注ぐ。その理由は僕に向かって飛んできた嫌味で直ぐに判明した。
「よう『修行僧』、夏休み初日から早速雑魚狩りかよ」
180cmを超える長身に厳つい顔つきの少年が僕をあざ笑っている。見覚えのある顔だが、名前を思い出すことができず、うーんと首をひねる。確か名前は……
「宮迫君!」
「宮田だアホ! クラスメイトの名前くらい覚えろ!」
正論すぎて返す言葉もない。僕がごめんごめんと適当に謝罪すると、さらに怒りが膨らんだのかどんどん顔が赤くなっていく。そういえば彼は探索者としての実績があるせいで、クラスで幅をきかせていたような気もする。宮田はポケットからステータスカードを取り出し、見せつけてきた。
「お前は目上の人間に対する尊敬ってものは無いのかよ!」
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宮田 勝吾
Lv 18 スキル:『光魔術』《熱線》《閃光》
『筋力強化』《瞬間強化》
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高校二年生の戦闘能力としては間違いなく破格のLvがそこには表示されていた。Lv15が一人前の探索者、と言うことを考えるとさぞ努力してきたのだろう。
一方僕が3年間の探索で得たLvとスキルはこんな感じだ。
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飯田直人
Lv 6 スキル:『調理』《食料保存》《解体》
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「Lvも低いしスキルも戦闘向けじゃないゴミ、とっとと探索者なんて諦めちまえよ。それか俺の荷物持ちでもやるか?」
宮田はニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべる。恐らく宮田は噂で僕のスキルやLvについて知っていた。だから嫌味半分、親切心半分で行動しているのだろう。本心から「先輩である俺が、無駄な努力をしている可哀そうな奴を諭す」とでも思っていてもおかしくはない。まあSNSで流れてきた漫画の受け売りなので実際どうかは知らないけど。
だが僕としては宮田の言葉はあまりピンと来ない話だった。恐らく一攫千金を狙う宮田と僕の方向性はあまりにも違い過ぎる。今日も配信を始めるべく、彼の横を通り過ぎてダンジョンに向かう。
「はいはい、それじゃあまたね」
「ちょっと待てよ、飯田!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
宮田の言う通り、僕は3年もの間ダンジョンの攻略が進んでいない。その原因の一つは実力不足。スキルが戦闘に使えないから、敵を倒すのも一苦労だしパーティーを組んでくれる仲間もできない。だがそれとは別にもう一つ理由があった。
ダンジョンマイナス1階、その中で僕はふぅと息を吐き、武器を下ろした。
目の前には僕の攻撃で倒れたフロストバードがいる。見た目は鶏だがその嘴は青く、白い冷気が迸っている。ファイアリザードと同じくマイナス1階に生息する雑魚モンスターだ。
正直こいつを倒しても大した経験値も得られなければ素材が手に入るわけでもない。それでもこいつを倒し続けるのには理由があった。
「《食料保存》!……またダメか」
Lvやモンスター、スキルという存在について僕は、法則が先にあってその後に現象が追いつくのだと考えている。
例えばスキルは段階的に使用できるようにはならない。『水魔術』というスキルを覚える瞬間まで水魔術を使用することはできないが、覚えた瞬間に発動できるようになる。また、『水魔術』は水のある空間でもない空間でも同じような量の水を生成する。つまり周囲の環境に依存することもない。
これはスキルという存在が技術や物質的な何かではなく、法則だからなのだと思うのだ。地球があるから万有引力の法則があるのではなく、万有引力の法則があるから地球が生まれた、とでも言えばよいのだろうか。
《食料保存》は文字通り食料を保存するだけの派生技能だ。例えば生肉に対して発動すると、常温で何日放置しても食べられる状態にすることができる。スキル発動者との距離制限、同時維持の制約はあれど、食べられるものの状態を保存するという行為は変わらない。そしてモンスターは死ぬまでは通常の生命体と同じく、物理的な実体があり、倒されると霧になって消失する。つまり死んだ後かつ実体を失う前の僅かな瞬間に《食料保存》を発動できれば
「モンスターを食べられるはずなんだけれどなぁ」
今までモンスターを食べた人間はいない。生で食べようとしても自然と口の中で分解される。素材としてドロップするものは大抵鱗など食用に適さない部分。何より貴重な素材を食べようとするアホなどそうそういないだろう。そのまま舐める事はできるが、素材をそのまま舐めても美味しくないし何より不衛生だ。
それでも、僕はどうしてもモンスターを食べたかった。どうしてかと聞かれると未知への興味と食欲の複合、と答えざるをえない。
興味だけでは原動力としては薄い。食欲だけならアルバイトして地上の美味しい食事を食べればよい。だがこの二つが重なった結果、僕は何があってもモンスターを食べたくなってしまったのだ。
フロストバードの味はどのようなものなのだろうか。見た目は鶏だが、魔物としての存在と機能によりどんな風に味が変化するのだろうか。お腹の中で分解されたりするのだろうか。
そんな思いを抱えて早三年。石の上にも三年と言われているが、今日も成功の兆しはない。配信を続けてはいるが内容が何一つ代わり映えしないから視聴者は常に数人のみ。ずっと同じ作業を繰り返している姿から『修行僧』なんて仇名を貰うくらいである。事実、今日の配信にもコメントは一つたりともついていない。視聴者がbotなのか人間なのかも分からない、それが僕の現実だった。
宮田(だったと思う)にも言われたが、確かにそろそろこんな行動はやめるべきなのかもしれない。再来年には大学生か社会人になっているのだろうし、興味と食欲からおさらばするべきなのかもしれない。
しかし手は止まらない。無駄かもしれないと思っても惰性が体を動かし興味と食欲が心を動かす。努力と言うには行き先が見えず、無駄と言うには熱意の籠った動作を幾度となく続ける。
フロストバードを倒す。《食料保存》を発動する。何も起こらずがっかりする。
「首を落として食用っぽくすればどうだ?」
フロストバードを倒す。《食料保存》を発動する。何も起こらずがっかりする。
「外見の問題じゃなくて中身か。血抜きしながら倒せばどうなる?」
フロストバードを倒す。《食料保存》を発動する。何も起こらずがっかりする。
「やっぱり駄目だ、血を抜く前に倒してしまう。じゃあスキルの発動タイミングのみに依存するのか?」
フロストバードを倒す。《食料保存》を発動する。何も起こらずがっかりする。
「今のは早すぎる、あと少し遅くしてみよう」
フロストバードを倒す。《食料保存》を発動する。何も起こらずがっかりする。
「今のは遅すぎる。ハンマーが直撃してから2秒くらいか?」
フロストバードを倒す。《食料保存》を発動する。何も起こらずがっかりする。
「今のは早すぎる、タイミングを掴めない」
フロストバードを倒す。《食料保存》を発動する。何も起こらずがっかりする。
「今のは遅すぎる、もっと早く」
他の探索者が僕を変な目で見てきても気にしない。必要なのは集中力と根気。一度でも成功させれば、感覚は掴めるはずだ。そう信じて、ただ無心で作業を続ける。いつも通りの、三年間続けた行為。
いつもと異なることがあるとすれば、夏休みに入ったため作業に没頭できたことだろう。いつの間にか8時間が経過し、疲れと慣れの合間で神経が揺れ動く。
そして遂に、その時は来た。数十匹目のフロストバードを倒し、《食料保存》を発動した瞬間にポケット内部のステータスカードが光り輝く。同時にフロストバードが黒い靄になって消え去り、地面にどすんと何かが落ちる。それは紛れもない肉であった。
「マジか、成功したのか……?」
【スキル進化:『調理』→『魔物調理』】
【《食料保存》《解体》が活動中の魔物に対して適応可能になりました】
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