石の上にも三年、スキル強化にも三年!

西沢東

三年前、突き付けられた現実

「画面の前の皆さん初めまして、イーダと言います。今日からダンジョン攻略配信をやっていきたいと思います!」


 7年前、ダンジョンが突如世界中に出現した。無限に続く地下迷宮の内部には数多のモンスターが生息しており、モンスターを倒すと素材と経験値、スキルが手に入る。まるで古いRPGのような世界のシステムは否応なく僕たちの社会を変えた。

 

 ダンジョン産の特殊素材による新発明ラッシュ。『転移』『爆破魔術』等の強力なスキルによる軍事バランスの変化。だが僕たち一般人にとって一番大きな変化は、探索者という職業の登場だった。スキルを使い、モンスターを倒して素材を手に入れる。危険ではあるものの一攫千金を狙うことができるため、多くの若者が憧れる職業。


 僕、飯田直人もその一人。探索者に憧れる平凡な中学二年生だった。


 僕が今歩いているダンジョンのマイナス1階は何の変哲もない洞窟だ。下の階に行けば行くほど不可思議な光景が広がるらしい。黒い岩肌を見ながら、僕はカメラを回す。


「教科書に書いてある通りの光景ですね。今日はマイナス1階を一通り回ってみます」

『お、新人配信者だ。期待』


 ぽつんと配信にコメントが流れる。探索者で配信をしている者は意外と多い。一つは自衛隊により緊急通信用の回線がダンジョン内に用意されているから。そしてもう一つは、探索の光景そのものがエンタメとして最適だからだ。


 配信者として人気になるには、3つの条件が必要と言われる。


 ・配信が視聴者の興味を引く内容であること

 ・同じ内容の配信ばかりではなく、飽きの来ないよう変化をつけること

 ・ほぼ毎日配信していること


 探索者はダンジョンを冒険することで、激しい戦闘という過程や高価な素材という結果を配信することができる。前者は分かりやすく画面映えするし、後者は1個○○〇万円、と誰にでも凄さを伝えられる。更にダンジョンの潜る場所を変えれば、敵もドロップする素材も変化するから配信内容が固定されることもない。加えて、探索しながらカメラをONするだけでいいので、配信の頻度も高くすることができるというわけだ。


 だから僕も配信者として活動を始めてみた、というわけである。実際需要はあったらしく、初めての配信でも、10人近く視聴者が集まっていた。ゲーム配信など他ジャンルだと初めての配信は視聴者0人がデフォルト、と考えるとこれは非常にうれしい。


 僕の目に大きなトカゲが映る。地上ではありえない、火が灯った牙を振り回す姿はファイアリザードの名に恥じない。体長2mほどの、比較的小型のモンスターだ。


『お、ファイアリザードだ』

『対策すれば最弱、燃える牙と頑丈な鱗対策にハンマーが有効だぞ』


「コメントありがとうございます。大丈夫です、きちんと持ってきてますよ」


 手元の端末に流れるコメントに返事をしながら、バックパックからハンマーを取り出す。このハンマーはどちらかといえば工具の類ではあるが、初心者にとっては有用な武器の一つである。価格面と耐久性に優れ、マイナス3階までは手放せないほど便利とネットに書いてあったため持ってきたが、正解だったようだ。


 足音を抑え、ひっそりと近づく。ファイアリザードはまだこちらに気付いていないようで、呑気に僕に背を向けて歩いている。


 ファイアリザードの背後をとり、凄まじい勢いでハンマーを振り下ろす。狙い通りにハンマーはファイアリザードの後ろ脚に命中し、メキリと骨を砕きその機能を停止させる。


『ファイアリザードは脚さえ止めれば尻尾振り回しや噛みつきの攻撃範囲が大きく狭まるのでオススメ』


 ワンテンポ遅れて流れてくるコメントにその通りだったと頷きながら、突然の痛みに悶えるファイアリザードに再度ハンマーを振り下ろす。ファイアリザードは何が起きたのかを確認するために、顔を後ろ脚に向けようとする。その頂点にハンマーが吸い込まれるように衝突し、ファイアリザードの頭蓋骨がぐしゃりと砕ける音が聞こえた。


 ファイアリザードは動きを止め、一瞬で全身を黒い霧に変えてその場から消え去る。


 これがモンスターを倒すということである。モンスターは通常の生命体ではなく、黒い霧で体が構成された未知の生命体だ。通常、死亡時は体が完全に消え去るが、時たまモンスターの性質を残した部位が物質として残ることがある。これをドロップアイテムと呼び、探索者協会で売却することが可能なのだが、それはさておきとして。


『ナイス』

『地上で狩猟とかしてた? やるじゃん』


 コメント欄からは称賛の声が上がる。少し嬉しい。昨日までは本当に冴えない中学生だったのに、少ない人数とはいえ配信者としてきちんと活動できている。


 ガッツポーズをし、達成感を覚えている僕の視界に一つのコメントが映る。


『スキル使わないの? というかLvは幾つ?』


 ダンジョンが出現した2035年、同タイミングで全人類にLvとスキルが付与された。自覚はない者も多いが、最初から高LVな者や優秀なスキルを保有している人もいるらしい。


 例えば最近有名な探索者のステータスはこんな感じだ。


 ―――――――――――――――――――――――

 Lv 16   スキル:『剣術』《パリィ》《兜割り》

         『光魔術』《閃光》《熱線》

 ―――――――――――――――――――――――


 『剣術』が保有スキル、《パリィ》が派生技能と呼ばれるものである。『剣術』を保有しているだけで剣を使う全ての行動が得意になり、さらに任意で《パリィ》を発動すると大概の攻撃を無効化できる、という仕組みだ。パッシブスキルとアクティブ技能、などと表現されることもある。


 注意する点として派生技能には発動条件が存在する。例えば《パリィ》であれば近接武器を保有しており、かつ相手の攻撃に対してタイミングよく武器で防御することで初めて発動する。


 さて、そんなスキルについて、探索者協会の初心者講習受講後に確認できるようになる、だが僕は意図的にまだ見ていなかった。というのも


「今から皆さんと一緒に、自分のスキルを確認したいと思います!」


 スキルの確認も配信のコンテンツにしたかったからだ。僕はポケットから金属製のカードを取り出す。それはどんな金属とも異なる光沢をしており、表面には小さい文字が表示されている。


 これがステータスカード。ステータスカードには名前とLvとスキルが表示され、所持者の能力に合わせて自動更新される。原理は探索者協会の機密らしい。


『スキルなんだろ』

『『光魔術』と『剣術』は大当たり』

『武器術と魔術系はシンプルに強すぎるんだよな』

『さて、何だろ』


 僕はステータスカードに、震える手をかざす。瞬間ステータスカードは光り始め、僕のステータスを表示し始めた。どんなスキルがくるのか。これからどんな探索者生活が待ち受けるのか。


 コメント欄にあるようなスキルが手に入れば有名クラン加入間違いなしだし、そうじゃなくともスキルの性能によっては最前線に参加することも可能だ。胸を躍らせる僕の前に、ステータスが表示される。


 ――――――――――――――――――――――――

 飯田直人 

 Lv 1 スキル:『調理』《食料保存》

 ――――――――――――――――――――――――


 Lvが1だったのはしょうがない。大事なのはスキルの効果である。僕は急いでスマホを取り出し、スキル『調理』について検索を行う。幸いにも結果は直ぐに判明した。


【雑魚スキルNo.1:『調理』 料理が上手くなるだけで、ダンジョン攻略に何一つ役立たない。モンスターを対象にしようとしても、黒い霧になってしまうので使い物にならない。探索者やめよう】

『ゴミスキルご苦労様ですwwww』

『チャンネル登録解除しました』

『ダンジョン配信なんかやめてとっとと飲食店開業しろよ』


 コメント欄に辛らつな文字列が並ぶ。独自性のあるスキルや戦闘力のあるスキルなら、戦闘が画面映えして楽しみが大きい。しかし『調理』持ちの配信なんてハンマーをマイナス1階で振り回し続けるのが精いっぱいだ。配信者、探索者として終わったも同然と言える。


 普通だったら絶望するのが先だろう。生まれつきのスキルが雑魚、有名な探索者になる道は断たれたのも同然である。だが僕はそれよりも、ネット掲示板に書き込まれた一言が気になってしまった。


「モンスターを対象にする……?」

『諦めろよwwww』

『無理ってネットにも書いてるじゃん。現実を見ろよ』




 それから3年後。

 




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