【保持存在】

 フロストバードが倒れるとともに目の前に立方体の肉が落ちる。ブロックの肉は地面に落ちているにも関わらず砂一つ付いていない綺麗さだ。色は健康そうな赤で、サイズも相まってスーパーで置いてある肉とほとんど変化が無い。


 ……モンスターの肉、ということで奇妙な形状や色を期待していたが、馴染のありすぎる見た目である。気になるのはこのような形状になった理由だ。モンスターの可食部に《食料保存》が適用されると考えると、立方体になるのはちょっと奇妙である。ポケットのステータスカードを覗くとスキルが変化しているのが分かるが、こんな形状になる理由についてはイマイチ分からない。


「効果としては、可食部の霧への分解を停止させ、食材として存在を固定するというものっぽいけれど何でブロック型なんだ……?」


 しばらく思い悩んでピンと来たのが、肉の形状。正確な立方体であるところを見るに、スキルの効果範囲そのものが立方体なのだろう。だからその周囲は霧になってしまい、ブロック肉だけが残る。


 捌く手間が無くなるのは良いが、言い換えるとその範囲外の可食部は全て消えてしまうのは問題だ。また、仮に食べられない部分を効果範囲に入れられないとするなら、鳥皮を手に入れるのは至難の業になるだろう。羽毛生えてるし。


「つまりこの肉は胸辺りの体積が大きい部分を切り取ったということなのかな。でも骨や血が無いところを見ると、スキル範囲内でもそれらはデフォルトで取り除かれる? あるいは僕がスーパーに慣れ過ぎていたからで、骨付き肉をイメージすれば骨を取り除くことを防げるのかな。まあ、要検証か」


 しかし、奇妙な話だった。発動タイミングが云々、ということはまだしも、スキルの進化なんてほとんど聞いた事が無い。トップランカーの一部が成功した、みたいな情報は聞いた事があるが、『調理』で発生したのは初めてだろう。


 つけっぱなしの配信画面を覗いても、コメント欄はピクリとも動かない。まあこんな単調な配信をしっかり見ている視聴者なんているわけもない。スキルの進化についてコメント欄に聞くのをやめて、ネットで調べてみることにした。


『スキル進化:国内事例は2件のみ。スキルが成長し、特定方向に特化する。条件は不明』


 ……2件しかないのか、じゃあ分かってなくても当然か。ついでにモンスターの肉について調べても、当然のように何も出てこない。


『神野防衛大臣、探索者の徴兵について言及』

『朝日レン、マイナス37階突破!』

『大物芸人の熱愛発覚! 事務所は関係を肯定!』


 どれだけ探しても、『調理』のスキル進化について、モンスターの肉についての記事なんて何処にもない。この現象は、僕が世界で初めて見つけた、未知そのものなのだ。


 マイナス1階は地上に一番近く、出入りする人が多い分モンスターの数はかなり少ない。ならば多少まったりしても大丈夫だろう、と判断し、手頃な場所に座る。三年待ち続けたのだ、僕はフロストバードの肉を地上に戻るまで待つことはもはやできなかった。


 ワクワクする心を抑えながらマイナス1階でキャンプセットを取り出し火をつける。そして早速ブロック肉を手に取り、食べやすいサイズにナイフで切断してから塩を馴染ませる。余計な水分を取り除き、テフロン加工のフライパンに乗せる。30秒ほど焼いてからひっくり返し、フライパンに蓋をして3分火を通す。最後にフライパンを火から外し、余熱で芯まで火を通してから蓋を開けた。


「おお、いい匂い!」


 香ばしい匂いと共にフロストバードの塩焼きが姿を現す。見た目は普通の鶏肉と変わらないが、達成感のせいかどこか輝いて見える。副菜に何か加えようと考えたが、折角なのでそのままで頂くことにした。


 口に入れるとジューシーな肉汁が舌に広がる。絶妙な(自画自賛)塩加減がフロストバードの旨味を引き立て、シンプルな美味しさを強調する。驚くべきは脂身がさっぱりとしている所だろうか。高い肉は脂身を食べても胃もたれしないと言うが、この肉は正にそれだった。


「……ついにやったんだな、僕」


 食べていると自然と涙がこぼれ落ちてくる。この3年間、長かった。無駄じゃないかと自身に疑念を持ちながら取り組む日々が遂に報われて、次のステージへ進める日が来た。塩味が増すのを感じながら、それでも食べるのをやめなかった。


 あっという間に肉を平らげる。それと同時に、ステータスカードが光り輝いた。


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 飯田直人

 Lv6→15 スキル:『魔物調理』《食料保存》《解体》

 【保持存在:山下秀樹(74%)】 保持存在を解放しますか? YES/NO

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「????????」


 さっそく幾つか疑問点が出てきた。一つ目はLv。なんか知らないが急上昇している。原因としてはまあ食事だろう。ありえる可能性としてはあの肉が経験値の塊だったということだ。

 

 例えばあの黒い霧が経験値そのものだとすると、霧に変化する前の肉を食べればLvが上がりやすいのは当然と言える。問題は1個食べただけでLv15まで到達できたという点と、あの黒い霧が経験値だと間接的に判明した点である。もし本当なら宮迫(?)のLvが高かったのも納得いく。あれだけの声の大きさ、さぞ肺活量がすごいだろうし、霧を大量に吸い込んでいたに違いない。


 まあこれについてはまだいい。今後検証していけばよいだろう。問題は山下秀樹さんである。誰やねんこいつ。意味が分からなさ過ぎて涙が引っ込んだぞ。ステータスカードの保持存在をクリックすると、保持存在についての説明文が表示される。


【保持存在:VOLACITYが人間を食べた際、存在はその個体に食料として保存される。何らかの方法で回収に成功した場合、解放することで次層にて蘇生が可能となる】


「何言ってんだこいつ……?」


 VOLACITY、存在、次層、蘇生。何が書いてあるのかさっぱり分からない。少なくともネットでは何一つ聞いたことのない情報である。使えねえなインターネット、烏合の衆の集合知じゃねえか。


 とりあえずよく分からないので保持存在について写真を撮影し、掲示板にアップロードする。同時に興味本位で解放を選択してみることにした。


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 飯田直人

 Lv15→13 スキル:『魔物調理』《食料保存》《解体》

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「あれっLv下がったぞ!?」


 何の意味があったか分からない。興味本位でこんなことをするべきじゃなかった、と頭を抱えるが直ぐに切り替える。


 モンスターを食べられて、しかもそれでLvが上がることが分かった。この減少分も直ぐに取り返せるし、あっという間に下の階まで潜れるはずだ。


 一つ、未知が解決された。モンスターの肉を食べることができる。そしてモンスターは、美味しい。なら更に下の階に生息する、もっとファンタジーな存在はどんな味がするんだろうか。


 よしやるぞ、と僕は腕を大きく振り上げる。今日、2045年7月24日。僕の探索者としての新たな人生が始まろうとしていた。


「目指すはサンダードラゴンの竜田揚げだ!」




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『7月25日朝のニュースです。防衛大臣が。昨日まで防衛大臣を務めていた神野氏ですが、「私は防衛大臣であるはずだ! あるはずなんだ……」と述べており、官邸は混乱している模様です』


『……「はず」ってどういうことなんでしょうか?防衛大臣は防衛大臣でしょう』


『現在社内資料によりますと、山下秀樹が防衛大臣であった記録と神野氏が防衛大臣であった記録が入り混じっているようです。ネット上では「まるで今までかのようだ」という声が上がっております』


『……????』



『続いてのニュースです。日本の人口が遂に5000万人を切りました。特に都市部の人口が少なく、東京都は田舎を出ることを推奨しており――――』


『日本に出現した二つのダンジョン、東京ダンジョンと大阪ダンジョンについて、探索者の死亡者は未だ数名と僅かです。ダンジョン庁は安全をアピールし更なる探索者の参加を呼び掛けて――――』

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