第44話 教師と大人

 詩音から教室が爆発した経緯を聞いて、田中校長は思わず頭を抱える。もちろんそれは詩音が行ったことではなく、生徒がやらかした事である。

 今や瑞樹はDとの貴重な繋がりであり、瑞樹が死亡したら怒り狂ったDが日本に対して襲い掛かってきたらどうなるか分かったものではない、と理解している彼にとっては心底恐怖が襲い掛かってくる事件だった。

 田中校長は、校長室の机に顔を埋めて深々とはぁ~と疲れ切ったようにため息をついた。


「はぁ~……。何をやらかしてくれるのかねぇ……。いや君じゃなくて生徒の方ね……。むしろ君はよくやってくれた。このまま瑞樹くんを陰ながら守護する役目を継続してほしい。君だけでなくて陰でこっそりと守るボディガードを作るべきか……。で、例の生徒はどうなったのかね?」


 眉を顰めながら、詩音は纏められた書類を読み上げていく。詩音も自分の生徒が自分の生徒を狙ってしかも逃げ出してしまったのだ。先生として生徒を救えなかった自らとしての未熟さにほそを噛むしかないが、それでも今の彼女の最優先任務は瑞樹の護衛である。表情を引き締めながら、彼女は報告を読み上げる。


「当該生徒はさっさと冒険校から逃げ出して、行方不明。確認できるところまでは、恐らく中国のエージェントと接触を取っていたようですから……。中国の冒険省関連に逃げ込むのではないかと。」


「ち、中国ぅ?あそこは冒険者を人体実験に使いまくっている所ではないか!?何でも噂ではダンジョンコアと人間との融合を魔術的に行って屍の山を築いているとか……。そんな所に行くとか正気か!?」


 冒険省から情報を受け取っている彼は、海外の情報についてもそれなりに正確な情報を掴んでいる。そして、中国ではダンジョンに対抗するために大量の人間を冒険者に仕立て上げ、ダンジョンに突入させたり、また非人道的な人体実験を行っていると聞いている。モンスターと人間の融合、モンスターと人間の交配実験、ダンジョンコアと人体との融合などである。

 中国は隠しており、情報も断片的にネットに上がっているがそれがほぼ事実であるという事を彼らは掴んでいる。だが、もう行ってしまった以上彼らの手出しできる余地はない。あの二人はもう放っておくしかないだろう。


 本来ならば、詩音はミスリルの剣を抜き放って斬撃を放てば、校舎ごと剣士生徒を両断できたはずである。だが、それでも鞘に入れたまま衝撃波だけで済ませたのは、自分の生徒である彼を自分の手で葬るなど彼女の信念には反していたからだ。

 毎回毎回彼女なりにきちんと改心しようと言い聞かしてはいたのだが、その詩音の気持ちは全く理解されずにもう自分の手の届かないところに行ってしまった剣士たちを見て、詩音は肩を落としながら言葉を口にする。


「校長、私は……私は立派な教師になりたかったんだ。生徒みんなを救える立派な教師に……。誰も切り捨てずにみんなを立派な大人にしてやりたかったんだ……。」


それは彼女の本心なのだろう。だが、それでも冒険者を育てるこの学校では生徒の死亡も受け入れるしかないとは分かってる。だが、それでも導けずに離反されるとは思わなかったのだ。


「……仕方あるまい。我々は神ではない。ただの人間でしかないし、何もかも全てを救うことはできない。それは人類最強である君も同じだよ。我々は自分自身でやれる事をやるしかないのだ。それをしっかり覚えておきたまえ。それが理不尽な現実でも懸命にやるべきことをやり、子供たちを守護する、それが”大人”だよ。」


その彼の言葉に、詩音も頷いて賛同を示した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る