第38話 冒険校担任教師「神威詩音」

 富士山、青木ヶ原樹海から少し離れた都市、山形県甲斐市。

 そこには、冒険省が設立したダンジョン攻略のために人材「冒険者」を育てる学部の一つ「冒険校」がいくつか存在しており、瑞樹たちが所属しているのはトップクラスのエリート人材が所属する「第一冒険校」ではなく、あまりパッとしない落ちこぼれたちが所属する「第三冒険校」である。あまりにDのダンジョンに入り浸っていると冒険校から探索願が出されてそこからDのダンジョンがばれかねないと心配した彼らは冒険校に戻ってきたのだ。そして、ここに戻ってきたのは、信頼できる先生にDのことや物理法則の崩壊の事、ダンジョンのことなどを相談・連絡するために戻ってきたからである。


「はぁ……。久しぶりにここに戻ってきた気がする。まあ気は重いけど……。」


 瑞樹の顔はやはり重苦しい物を抱えている苦々しい表情だ。人類の危機や文明の危機、他次元から侵略など一人で抱えるには重すぎるし、そんな事言っても笑い飛ばされるだけで済まされる可能性がある。(当然ドワーフたちのアダマントの武具はしっかり隠してきた。)

 何なら「精神操作を食らっている」「妄想状態に陥っている」と精神病院に押し込められても不思議ではない荒唐無稽な話だ。妄想乙、と言われても何も反論はできないだろう。だがそれでも今のままDが勢力を伸ばしていけば、いずれは日本政府にバレて政府と大規模衝突などが起こりかねない。

 そうなったら終わりであり、悲劇的な末路しかないだろう。このタイミングで何としても人類社会……日本政府との接点を繋げる必要があるのだ。

 そのためにまず真っ先に頼るのは、瑞樹たちの先生である。だが、彼らの先生はただの普通の先生ではない。それは「人類最強」の剣士、LV100に達する女性剣士「神威詩音」が存在しているのである。

 だが、人類最強とも言える彼女は優れた戦士とは言っても優れた先生としての能力はいまいちであった事がこの第三冒険校にやってきた理由である。

 いわゆる「飼い殺し」状態である。そして、彼女こそが姫奈や瑞樹の担当教師そのものである。そして、そんな彼女は瑞樹たちが学校に来たのに対して、ブラウス姿ですらっとしたキャリアウーマンのような、赤毛のロングヘアーをたなびかせながらカツカツとこちらへと向かってくる若い女性。それこそが詩音である。


「おー、瑞樹と姫奈元気にしていたか?いやぁ生きていて何より何より。

 ちょくちょくダンジョン探索に出ているらしいがきちんとこちらにも顔を出しておけよ。全く、こっちは二人行方不明になっていて大変なんだからな。」


 彼女は瑞樹に対してバンバンと背中を叩きながら言葉を放つ。瑞樹と姫奈は連絡が取れなくなると本格的な探索作業が行われてしまうのを恐れて、Dと接触する際には「ダンジョン攻略のため」という定期的な届けを出してごまかしていた。長時間生徒が行方不明になったら当然探し出そうとするのが常識的判断である。できる限り生徒たちが安全を確保できるように、ダンジョンアタックの際には届け出を出すように義務付けられており、何かあればすぐ救出部隊が派遣される。

 だが、それでも若さのため自信過剰の冒険者たちはそんな届け出を無視して、ダンジョンに潜り、行方不明になってしまう事も多い。

 そして、その行方不明になった家族が冒険校に対して文句を言うことが大きな社会問題へと変貌していた。


「お前たちと同級生の戦士や魔術師の二人も行方不明になってるしなぁ……。それでこっちも色々探索作業などで大変なんだが……まあいい。それはそれとして、お前たちもまた何か厄介事を抱えていそうだな。とりあえず話を聞こう。奥の部屋に来るといい。」


 そう言いながら、詩音は冒険校内部の相談室に彼女たちを連れてきて、椅子に座らせると話を聞く態勢に入る。


「……で、お前たちの顔から見たらとんでもない厄介事のようだな。私に話してみろ。私は先生であり、お前たちを守って保護するのが役目だ。悪事さえいなければの話だがな。ほら、話してみろ。」


 そして、瑞樹はDとの事を話してみるが、それを聞いて詩音は、はぁ~と深いため息をつく。起きてしまった事は仕方ないが、まさかそんなとんでもない事になっているとは予想外だったのだ。日本ところが世界、人類の存亡がかかっいて、自らの生徒が関わっているなど、あまりの事に流石の彼女も頭が回らないらしい。

 顔を伏せてはぁ~と深々とため息をついた後、彼女は顔を上げて先生としての顔を取り戻し、瑞樹たちと向かい合う。


「……まあ、仕方ない。だが、そういう事は早めに言え。報告連絡相談。大事な事だぞ。もし何かしでかしたりしてたら何も聞いてないと庇えないからな。ともかく、お前たちは私の生徒だ。私は生徒を全力で守る。大人は信じられんかもしれんが、私は先生だ。先生である私は信じてほしい。」


 やさぐれてはいるが、少なくとも彼女はきちんと生徒と向き合って生徒たちに冒険者としての心構えなどを叩き込んでいた。瑞樹が信じられて尊敬できる数少ない「大人」の一人である。……だが、社会というのは良い大人一人いたところでどうこうできるものではない。甘い人間は容易くあらゆる悪意に飲み込まれて食い物にされていく。それが人間社会だ。いかに彼女とはいえ、たった一人で日本政府をどうこうできるとは思えない。まあ、いざとなったら、それこそDが言っているように迷宮都市に逃げ込めばいいか……人類社会とはおさらばになるけど……と思いつつ、瑞樹は彼女に任せることにした。

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