第21話 地下農業開始。

その後しばらくして、ダンジョンの階層の内部で、自分自身が買ってきたとあるキッドにストーンゴーレムたちが群がっているのを、瑞樹は発見した。


「これは……俺が買ってきた水農栽培キット?」


 ストーンゴーレムたちは瑞樹が購入してここに運び込んだ水農栽培キットや種や苗を利用して農業用ダンジョンで農業の生産を行っているのだ。

 ネットで見た知識や水耕栽培キットを分解して、まずはその構造を把握し、それらをダンジョンの素材で生産する。その後まずは小規模な水耕栽培を行い、それが成功したのならどんどん巨大化させていくという試験的運用を行っているのだ。

 魔術を変換して食料を生み出す「ダグザの大釜」の術式を改造して、粥ではなく小麦を生み出す術式は完成しつつあるが、それでも実際に食料を生み出す農業は必要である、とDは認識しているのだ。


「うーん、LEDライト並みの光を生み出すのは簡単なんだけど、問題は液体肥料や培養液かなぁ~。植物の栄養を全て賄う液体肥料を魔術的に作り出すのも中々めんどくさいし、大量に水耕栽培キットや液体肥料を輸入できれば問題ないんだけどね~。」


 Dは自らの銀髪の後頭部に手を当てて困ったように呟く。

 確かにこんな面倒なことをしなくても、外から大量に液体肥料を輸入するだけでも大分苦労は少なくなる。

 植物が育つには窒素やカリウム・リンなど色々な養分が必要となる。土にはカルシウムやマグネシウム、硫黄や鉄などの中量要素・微量要素と呼ばれる栄養素が含まれていますが、水にはそれらの栄養がほとんど含まれていないため、すべての栄養を肥料で補う必要があり、そのため水耕栽培専用の液体肥料が必須となるのだ。


「単純に魔術でよければ「調理」とか「食料生成」とか「ごちそう」とかもあるんだけどね~。「食料生成」は土でも石でも食べ物に変化させられるけど、そういうのはやっぱり嫌でしょ?そうなるときちんと農業をやって食料を生み出さなくてはいけなくて……。はーめんど。」


 液体肥料として簡単なのは菜種油などを搾った油かすを利用することが一番手軽である。窒素の含有量が多く、リン酸とカリもわずかに含む、代表的な有機系肥料であり、他にも魚粉や米ぬかを利用するよりも遥かに簡単である。

 だが、これもどこから油かすを持ってくるのか、という問題に突き当たってしまう。そこで、Dは別の方面、魔術を使用してその問題を解決する方法をとる事にした。


「まあ、今研究してるのは水に「植物祝福」と「植物繁茂」をかけて【魔術液体肥料】を作り出して試験的に運用してるところかな。「植物作成」を使って色々な食用植物……コメや小麦、大麦、ジャガイモ、サツマイモ、アワ、キビ、ヒエなどなど……も生み出せないか実験中~。これさえ上手くいけば!外界の力を借りなくても大量の食糧を生み出せる……はず!!」


 Dのダンジョン保存庫の中にはまるでノアの箱舟……スヴァールバル世界種子貯蔵庫のようなコメ、小麦、大麦など様々な種子の情報が凍結保存されている。

正直、彼女自身も「何でこんなのあるんだろ?」と大いに首を傾げているが、この情報凍結種子を使う気自体はならなかったDは、その遺伝情報をコピーして「植物作成」の魔術の応用で事実上同じ作物の種を作り出す事にはチャレンジしているのである。


 特にその中でもそのブレイクスルーとなったのは、その中でも食物を高速で逞しく育て、収穫量を何倍にも高くできる『植物祝福』は極めて大きな力となってくれた。これに加えて、一分でどんどん植物が急激に成長していく『植物繁茂』を付与する事によって、ただの水が【魔術液体肥料】へと変貌したのだ。

 さらに「植物作成」によって様々なコメなどを生み出す事によって、それらを魔術液体肥料で育てていく、これが成功すれば大量食糧生産システムが構築できるはずである。


「ふっふっふ。本当は外部から大量の資材とか種子とか苗とか輸入できればもっと楽ができるけど、目立つと絶対に狙われるからね~。目立たないようにしないと。」


 そして、そこで瑞樹は迷宮都市と同じように空間拡張された広大な空間に、水耕栽培システムだけでなく、地上のように普通に大地が広がっており、そこには大量の土からなる畑が作られていた。

 これは、元々はダンジョンの床となっていた石床を「石を土」の魔術によって大量の土へと変化させ、さらに「土作成」の魔術を幅広くかけることによってさらに大量の土を作り上げていたのだ。そうして作り上げた畑に対して農業を行ってどちらが上手くいくか試しているのだ。


「ん~。やっぱり水耕栽培のほうが上手くいく感じかな~。まあしばらく色々試してみるか~。時間加速とかそういう手段もあるしね~。」


 いかに広大な空間とは言え、地下世界で農業を行うという研究は今まで行ったことがない。かつて閉鎖空間で人間が暮らせるような閉鎖生態系を作ろうとしたバイオスフィア2は見事に失敗している。バイオスフィア2では二酸化炭素が急激に上昇し、持ち込んだ脊椎動物や受粉用の昆虫は死に絶えてしまい、ゴキブリなどと言った害虫が急激に増えてしまったとされる。

 だが、こちらには人知を超えた「魔術」が存在する。さらに言えばDはこのダンジョン内部ではまさに万能の存在だ。それならば何とかできる……はずである。


「うーん、正直……めんどい!!全くも~。相棒もっとダンジョンコアの因子を強めて人間を捨てて人外……上位存在になる気ないの?そうすれば私もこんな苦労しなくてすむのにな~。」


確かに上位存在になれば食べ物なども必要なくなり、農業も必要なくなる。だが、瑞樹は人間を捨てる気は毛頭ない。仕方ないなぁ~とDはため息をつきながら作業に戻っていった。


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