第3話 悪魔の誘惑。

―――富士山の麓近く青木ヶ原樹海。以前は「抜けられない魔の森」「方位磁針が使えない、電子機器が狂う」などと言う風評被害……いわゆるデマの噂が飛び交っていたこの樹海は、現在ではその噂通り方位磁石も電子機器も狂ってしまう魔の森へと変貌してしまっている。その元凶は、この樹海に存在する数多くのダンジョンである。そして、そのダンジョンを攻略すべくこの魔の森に冒険者たちも数多く入り込んでいく。瑞樹が入り込んだのもそのダンジョンの中の一つであった。


「それじゃとりあえずコミュニケーションを取ろうか!!私人間のコミュニケーションってどうやるか結構楽しみなんだよね~。なんか体を使ったコミュニケーションとか取るんだっけ?言語とかジェスチャーとかめんどくさいよね~。

 思念波で話し合えば一瞬でお互い理解できて勘違いもないと思うのに。」


 よっ、ほっと彼女はまるでタコ踊りのような変な風に体をぐねぐねと捻じ曲げ、踊るような動きをしながらながら言葉を放つ。

 人間体を初めてもった彼女には、ジェスチャーとかいう概念は良くわからないらしい。しばらく変なぐねぐねと体を動かしながらも「ジェスチャーとはこういうものではないらしい」と学習した彼女は大人しく座りながら瑞樹と会話を行う事にした。


「まっ!私はぼっち?という概念存在でくくられるからコミュニケーションなんてとった事ないけどね!最強の存在は常に孤高!!コミュなんて面倒な事は取らないのです!!えっへん!!」


 だが、それはダンジョンコアだった頃の時代である。こうして人間の姿を取ったからには、嫌でもコミュニケーションを取らなくてはならないということだ。めんどくさいなぁ~と肩を落としながらも、Dは指をびしっ!と突き付けながら言葉を放つ。


「ともあれ、私の目的はこの国の支配!!……は却下されたので、この私のダンジョンを大きくする事!!それが今のところの一番の目的かな~。まあとりあえずそんな感じ!!だから、君を利用……げふんげふん、力を借りてこの世界に自分の勢力を広げていくことを第一目的にしようかぁ。地道だけど仕方ないね~。別世界からこの世界に転移してきてまだ根付いたばかりだし、慎重に行こうか。」


 はーとため息をつくDだが、瑞樹にとってみたら気になることはある。「別世界から転移」という言葉である。それはつまりこの少女が異世界からこの世界にやってきたという事である。瑞樹は慌ててそれについてDに問い詰め、それについて彼女は自分について色々とサーチして調べ始める。


「ん?ん~そういえばそうだね……。何かどこから「他の世界を侵略しろ」っていう微かな記憶みたいなものと、何か圧縮された記憶情報データとかが自動的に解凍するみたいなんだけど……見事にデータが壊れてるね!!

 多分ここに色々人格データやら記憶やら情報が入っていたんだけど、データが壊れてるんだから仕方ないね。それで私の性格が誕生したんだ。なるほどな~。」


 うんうん、と腕を組んで考えこんでいるDを他所に、瑞樹はその言葉に戦慄して背中に冷や汗をかいていた。これはつまり「ダンジョンコアが異世界から転送されてくる」ということだ。

 この情報だけで日本がひっくり返る情報である。今までダンジョンは自然発生するが、その自然発生するシステムは謎に包まれていた。

 だが、それが異世界からダンジョンコアが運び込まれてくるというのなら、これは異世界からの侵略そのものである。

 それを通報して侵略を阻止できるシステムを作り上げるだけで、今までの社会常識がひっくり返ることもありえる。だが、ともあれこの場をうまく切り抜けないといけない。


「まあそれはともかく……じゃあ君の目的は日本侵略とかじゃないの?」


「ん~。まあニホン?侵略は適当に言っただけだし。相棒に言われてやる気が失せたっていうか……そのくらいは相棒の心境は配慮するよ。まー、イキってみても今の私の力が最大限発揮できるのはこのダンジョン内部みたいだけだし。もっとしっかり根を下ろしてダンジョンが強く地脈と結びついて巨大化しないと大規模な力が振るえないかぁ。そういう意味でも派手なことはできないし。地道に行くしかないかぁ。」


 ぽりぽりと頭を掻きながらそう答えるDに対して、思わずほっとする瑞樹ではあったが、ダンジョンを育てる手伝いを言うことは、将来の人類の敵を育てるというのと同義である。しかも、彼女が人類に危害を与えたら、こちらも自動的に人類の敵認定されてしまうだろう。

 命を救われた恩義はあるが、彼自身は日本という国家自体を敵に回すつもりなど欠片もない。そんなことしても何もメリットが存在しない。

 何としても、彼女に現代日本に馴染んでもらう必要がある、と彼は考えていた。


「まあ私はいいんだけどさ……君は今で満足してるんだ?今のこの日本の統治体制が一番いいと?確かに国家としての統治体制はそれでいいかもしれない。それで納得してるんならそれはそれでいい。けど、君自身はどうかな?」


にやり、とDは口を弧のようににたり、と笑ってまるで悪魔のように微笑みながら瑞樹に対して彼のトラウマを刺激する甘い言葉を吹き込んでいく。

Dと瑞樹は命を共有しているので、強烈な記憶などはお互いに共有してしまってもおかしくはない。


「そうだよ。あんなクソ戦士にバカにされて、クソビッチ魔術師にバカにされて、さんざんバカにされて見下されて、そんなのいいはずがないよねぇ?

 思いっきり力を振るいまくって、自分を侮ってきた奴らをボコボコにして恐怖と畏怖の目にさせたい、なんて思わないはずがないよねぇ?

 だったらさぁ、やっちゃおうよ。まずは君をバカにした奴らを殲滅して、君をバカにした学校も殲滅して自分自身の力を思いっきり示してやればいい。

 簡単には排除できない力を示した後で上層部との交渉を行えば向こうからも無碍にはされないだろうし。ねぇ~。やっちゃおうよ。ムカつく奴らを何もかも木端微塵に粉砕してやろうよ。きっとすっきりするよ?」


 まるで悪魔や魔王のように邪悪な微笑みを浮かべながら、瑞樹を見下すD。

 それは人間を言葉で堕落させて喜ぶ悪魔そのものであった。

 人間ではなく、良心の欠片も存在しない彼女からしてみれば、瑞樹がタガを外して暴走すれば二人で好き勝手できる、と考えているのだろう。

 その悪魔のような邪悪な笑みを浮かべるDに対して、瑞樹の心は強く揺れた。

 それはそうだろう。自分はあいつらのせいで死にかけて散々バカにされたのだ。

 そんな奴らに対して復讐をして何が悪い。自分の手に入れた強大な力を見せつけて何が悪い。いや、徹底的に粉砕すべきだ。復讐すべきは我にあり、だ。

 だが、と瑞樹は考え直す。

 それをやってしまえば歯止めが利かない。一度やってしまえばどんどん坂道を転げ落ちるようにして落ちていってしまうだろう。

 やるのなら……やるのならもっと「上手く」「やる」大義名分を得て、あいつらを堂々と処刑できるように持ち込む。今感情を暴走させるべきではない。瑞樹は自分の感情を暴走させずに何とか上手く抑え込んで、はあはあ、と息切れをしながら床に対して手をつく。

 そんな彼を見ながら、Dは今までの悪魔のようにこちらをあざ笑う表情を一変させて、面白くなさそうにちぇーと唇を尖らせながら呟いた。


「ちぇー。やっぱり上手くいかなかったかぁ。まーとりあえずやってみたけど、ごめんね~。でもこれやっておかないと君暴走してもおかしくないじゃん。」


 こ、この女……やっぱり人間じゃない、別種の存在なんだと思わず心の中で彼は呟いた。やっぱり彼女は外見は人間でも、内面は人間とは全くかけ離れている存在である、という事をこの一件で彼は心の底から思い知ることになった。

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