第41話 第一班
工場で労災が発生したものの、なんとかなった翌日。
志木はしばらくの間、工場の責任者として現場監督に駆り出されることになった。
「今後は昨日のような事故が発生しないとも限らないので、ルーナと一緒に危険箇所の洗い出しを行っていきます」
「これでも忙しいのよ? まだ残ってる書類があるのに……」
「それは本当に申し訳ないと思ってるよ……」
そんなやり取りを作業員の前でやっていると、作業員から声が飛んでくる。
「おっ、夫婦喧嘩ですかい?」
「熱々ですねぇ」
完全に冷やかしの声だ。
「いやいや……、ルーナとはそういう関係ではないですよ……」
「まぁ、そうね……」
志木が否定すると、ルーナの寂しそうな声が聞こえる。
(えっ? ルーナってそういう関係を望んでるの?)
志木は心の中でビビる。
気を取り直して、志木は作業員に話す。
「まずは石鹸を作っているという体で、一連の流れを確認してみましょう」
その後、1時間ほどかけて全体の作業を見直し、危険箇所の洗い出しを行う。
「ふぅ。これだけやれば、問題はないでしょう。後は、定期的に作業フローを見直すとして……」
そんな感じでこの日は終わり、翌日から石鹸製造が再開した。
現場監督の責任を感じているのか、志木は特に理由もなく工場に足を運んだ。
(これ、傍からみたら、何もしない上司が現場の視察に来てるっていう面倒くさい場面再現じゃん……)
しかし、今の志木はやることがない。書類関係は全部ルーナに任せっきり。行政とのすり合わせはカロンの仕事だ。となると、志木は適当に現場監督でもしないといけない状況であるのは言うまでもないだろう。
「ま、何もない平和な時がいいんだろうなぁ」
そんな時だった。
工場の外から地鳴りが響き渡る。
「な、なんだ!?」
志木は窓の外を見る。近くにあった建設途中の建物が破壊されているではないか。しかも、厚生局出張所とは目と鼻の先である。
「なんだか凄く嫌な予感がする……!」
志木は思わず工場を飛び出し、出張所へと走り出す。
走っている途中で、すでに誰かが戦闘している様子が見て取れた。
息を切らしながら近づくと、ルーナが誰かと戦っているようだ。
「ルーナ!」
「カイト!? 来ちゃ駄目!」
なんのことだか一瞬考えていると、志木の横から何かが飛んでくるのが見えた。
(不味い! 攻撃だ!)
それを理解した瞬間、志木の目の前に防御魔法が展開される。
攻撃を防ぐと、少し遠くのほうに集団がいた。服装を見るに、鉄火中隊だろう。
「こいつが例の防御魔法使いか」
そういって、集団の中心にいた男が出てくる。
「自己紹介をしておこう。私は鉄火中隊第一班班長、テグリだ」
男はそう言った。
「お前がワグニーを殺し、シャクローの様子をおかしくした張本人か」
「だったらどうするんです?」
「これでも鉄火中隊の仲間だ。仲間を殺されておいて、無関心ではいられないだろう」
テグリは、右手を挙げる。
「仲間の死は、敵の死をもって償ってもらう」
そして手を前に振り下ろした。
周りにいた部下たちが、一斉に志木のほうへと走っていく。
彼らを迎撃すべく、志木の元へと走るルーナ。志木はそれを見て、防御魔法の形状を少し変化させる。ルーナが志木のそばに来やすいようにしたのだ。
それによって、ルーナはスムーズに志木の隣にやってきた。
そのまま詠唱を始める。
『ワイバインゲン、カエンサフキダン』
すると、防御魔法の向こう側で何かが一瞬光る。そこから突進してくる敵に向かって、火炎放射が降り注ぐ。
「ウワーッ」
これにより、ものの数秒でテグリの部下は消し炭にされた。
(なんか異様に弱くね?)
志木はそんなことを思うが、気のせいにした。
「貴様、相当な手練れであると見た。ならばこちらも、少々力を見せなければ」
そういってテグリは、手のひらを志木たちのほうに向けて口元に持ってくる。
「何する気?」
ルーナが少し身構える。
「なんかヤバそう……」
志木は念のため、防御魔法に一層集中した。
『ナニン、ギニンシ、シバコウジ、ゴロン、ヨサシ、シシミトウ』
詠唱が終わると、テグリは一気に空気を吸う。
『破ッ!』
口から吐き出された瞬発的な声は、音速で衝撃を伝える。
防御魔法を展開しているにも関わらず、志木たちの体に衝撃が伝わるほどだ。この衝撃で、体の内部から痛みがこみ上げてくる。
「いった! なんだこれ……!?」
「音を使った攻撃……、これは特級魔法レベルね……!」
ルーナは何か凄みのようなものを感じたようだ。
「これはまだ序の口だ。耐えられるものなら耐えてみろ」
そう言って再び息を吸う。
「こうなったら、アタシが何とかするしかないわね……」
ルーナは何か覚悟を決めたようだ。
「カイト、アタシが指示する場所に防御魔法展開出来る?」
「分かんない……」
志木は自分の目の前にしか防御魔法を展開したことがない。そのため、ルーナの提案に不安を覚える。
しかし。
「でも、出来る限りのことはしてみる……!」
「なら、アタシの合図で足元に防御魔法を展開して」
「分かった」
志木との意思疎通を確認すると、ルーナは防御魔法の範囲外に飛び出す。
それと同時に、テグリからの攻撃が始まる。
『ワギバインゲン、ツヨヨ』
ルーナが詠唱すると、身体能力が強化されたのか、走るスピードが上がった。
ジグザグに音の攻撃を躱しつつ、ルーナはテグリに接近する。
しかし、あと少しの所で攻撃を食らってしまった。それによって、土煙が上がる。
だが、その中から飛び出してくる物体が一つ。ルーナである。
「カイト!」
ルーナの合図だ。志木はルーナの足元に防御魔法を展開しようと、彼女の姿勢を確認する。
足を天に向けている。逆立ちに近い状態だ。
志木はルーナのさらに上に防御魔法を展開するように集中した。
すると、その通りに防御魔法が展開される。
それを確認したルーナは、防御魔法に強力な蹴りを入れて方向転換する。防御魔法を足場にしたのだ。
そのままものすごいスピードでテグリに接近するルーナ。テグリもただ呆然と立っているわけではない。
『破ッ!』
ルーナに向けて音の攻撃を繰り出す。その攻撃を、ルーナは身をねじるようにして受け流した。
勢いを殺すことなく、テグリを射程圏内に収める。
「はぁ!」
手刀でテグリの首を切る。手が当たったときの打撃と、剣の斬り込みに近い斬撃によって、テグリの首から上が簡単に吹き飛んだ。
「……終わった?」
状況を確認しようとした志木。そんな志木の目の前に、テグリの生首が落ちてくる。
「……終わったみたいだね」
志木は防御魔法を解除し、ルーナの元に駆け寄る。
ルーナは胸に手を当てていた。
「ルーナ、大丈夫?」
「え、えぇ、問題ないわ。身体強化の魔法を使うと、少し呼吸が荒くなるから……」
「そっか。とにかく、敵を倒せてよかった」
周辺にも大きな被害は出ていない。志木はひとまず胸を撫でおろすのだった。
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