第39話 実演
それから数日が経った。
工場内の道具の配置が終わり、いよいよ本格的に工場が稼働しようとしていた。
「ついに始まりますね」
作業員の一人が、志木に声をかける。
「そうですね。ですが、最初から全力で行くのは止めましょう」
「どうしてです?」
「まず、初めての作業だから、皆慣れてません。すると、怪我が発生して作業を中断せざるを得ません。これはなんとしても避けたい。次に、作業の効率を図るのもあります。必要に応じて、道具の配置を変えて、効率よく作業できるのが理想です。そして、安定的に製造するのが大事です。これらが達成できるまで、ゆっくりと慎重に進めていきましょう」
「「「はい!」」」
こうして、ユーエン王国における石鹸製造が幕を開けた。
志木はまず、10kg程度の量の石鹸を作ることにした。いつも手作りしている石鹸は、多くても1kgを超えることは決してない。
大量に製造するというのは、それだけ危険を伴う。まずは慎重に進めていくべきだろう。
「では、始めに自分が作っているところを見せるので、皆さんはまず目で見てください。それと簡単な手伝いもしてもらいます」
そういって志木は、木べらを持つ。
「よし、まずは油を混ぜていきましょう」
必要な分の廃油、米ぬか油、大麦油を用意し、それらをタライに入れて混ぜる。
よく混ざったところで、用意していたアルカリ溶液──すなわち灰を濾した水を準備する。
工場の中で4番目に大きい鍋にこの水を入れたら、大きな木べらで攪拌しながら配合した油を投入していく。
この時、加熱して化学反応を発生させる手法もあるが、そんな設備など存在しないため、冷製法と呼ばれる手法で作っていく。これは反応で発生した熱を使用して石鹸を作る方法だ。ご家庭で作る時に使われる。
木べらで混合液をかき混ぜて行くと、熱が発生していくのを感じるだろう。
「おぉ、いつも作っているのとは全然違う。かなり発熱してるなぁ」
量が変われば、それだけエネルギーも変わる。量を増やしたことでそれを実感する。
「いつもなら30分程度でかき混ぜは終わるんですが、量が多いので時間をかけてかき混ぜます」
1時間以上かき混ぜただろうか。混合液はクリーム色になっていた。
「そしたら、木型に流し込んで……」
作業員に手伝ってもらい、木型に石鹸の素を流し込む。
「後は適度な温度に保ちつつ、固まるのを待ちます。この量だと丸一日はかかるかな……」
「そんなに時間が必要なのか……」
「だいぶ根気のいる作業だな」
「これだけの人数で回せるだろうか……」
作業員たちがそんなことを呟く。
「まぁ、これをすぐに覚えろというわけではありません。皆さんが協力して、石鹸を作れればいいんです」
ザワザワとしているが、何かを感じ取ったようだ。
その後は詳しい作り方の手順や、ケガをした時の対応などを確認して終わった。
工場近くの厚生省出張所に戻ってきた志木。そこではルーナが待っていた。
「お疲れ、カイト。どうだった?」
「とりあえず何とかなりそうだよ。明日、彼らだけで作業してもらって、数週間後に様子を見に来るって感じかな」
「そう。体調のほうはどうなの? 不調とか感じてない?」
「いや、特には。ルーナの魔法が効いてるおかげだよ」
「そうかな、えへへ……」
そういってルーナは照れる。
「でも、一日に最低二回以上魔法をかけないと効果が薄れるのが難点だよね……」
「それは良薬だと思えばなんともないよ。残念なのは、ルーナがいないと魔法がかけられないって所だなぁ」
「そうね。改良の余地はあるわ」
そういってルーナは杖を持つ。
「それじゃあ、もう魔法かけちゃうけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「それじゃあ……」
そういって、ルーナは志木に向けて魔法をかける。
その魔法によって、志木の気分は幾分か楽になった。
「はい、終わったよ」
「ありがとう、ルーナ」
「そしたらご飯にしましょ」
その時、カロンが部屋に入ってくる。
「すみません、食事の前に報告する事項があります」
「何かありました?」
「ま、鉄火中隊のことなんですが」
そういって紙をめくるカロン。
「まず、北方に派兵した我が軍が、鉄火中隊第二班班長を名乗る男と接触しました。これにより軍に多少の損害は出ましたが、無力化に成功しています」
「あ、無力化出来たのね」
「それと西方に派兵した我が軍では、突撃班長のシャクローと遭遇しています」
「生きてたのか」
「しぶといわね」
「我が軍は周囲にいた仲間と思われる連中を蹴散らすことは出来ましたが、シャクローは取り逃がしました」
「うーん、機動力がレベチだな……」
「今日の報告は以上になります」
カロンは紙束を脇に抱える。
「戦力は確実に減ってるな。しばらくは様子見かなぁ……」
「そうね。今はそうしましょ」
カロンからの報告を受け、方針を決定する。
そして志木たちは食事を取るのだった。
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