第38話 祝福
カロンは肩を使って、志木の体を持ち上げるように運ぶ。
自力で立つのも困難になるほど、志木の心は砕け散っていた。
Tips!:志木は、ここ数週間抗うつ剤を服用していないぞ。そのためメンタルが壊れやすくなっていたぞ。
「カイトさん! もっと踏ん張ってください!」
カロンは志木のことを鼓舞する。
しかし、その言葉は志木には届いていない。
(やってしまった。人を怒らせた。人を怒らせるなんて、自分は駄目な人間だ。生きる価値もない)
ネガティブな思考が頭の中をグルグルめぐり、負の感情がとめどなく溢れ出てくる。
(終わりだ。何もかも全部)
目から流れる涙は止まらない。
そんな中カロンはようやく、近くにあった厚生局の出張所へと到着した。
「誰か! 伝令の人はいませんか!?」
「どうした? どうした?」
カロンは志木を適当なソファへ下ろす。
(あぁ、俺は結局迷惑をかけないといけない存在なんだなぁ。そうか。結局異世界に来ても駄目だったかぁ。こんなことになるんだったら異世界転生なんてしなければ良かった)
志木は過去のことを悔やむ。しかし、今悔やんでも時すでに遅し。現実は非情である。
志木はしばらく涙を流し続けた。そして同時に、いつの間にか寝ていることに気が付く。
(俺……いつの間に寝てたんだ? 泣き疲れて寝てたのか? なんだよ、子供じゃあるまいし)
すでに涙は止まっていた。気分も幾分か楽になっている。
それでも、作業員を怒らせたという事実は変わらない。それはもはや、自分で自分にかけた呪いに近いだろう。
そんな呪いに、一筋の光が差し込む。
それはルーナであった。
「カイト、起きた?」
「ルーナ……」
ルーナの手は、志木の頬を撫でる。
「カイトのこと、少し分かってたつもりだったけど、全然だったわ」
ルーナが志木に謝る。
「ルーナ……。そんなことないよ。結局何も出来ない俺が悪いんだ……」
「カイト……」
ルーナの寂しそうな声が聞こえる。
すると、そばにいたルーナのぬくもりが離れるのを志木は感じるだろう。
「ルーナ……!」
志木がソファから起き上がると、ルーナは小さな杖を志木に向けていた。
『デキギ、ガルサジ、クァンタムン。サルジ、ガイムジ、エキラシタ』
今まで聞いたことないような呪文を唱える。
すると、志木の頭を覆っていた霧のようなものが、若干晴れた気がした。
「カイトの病気の事、少し考えて開発した魔法よ。少しは気が楽になった?」
確かに、志木は体のだるさが軽くなったのを感じる。
「なんか……、ちょっといい感じだ。ありがとう」
「どういたしまして」
和やかな空気が流れる。
しかし、その空気を乱す者がいた。
「いい雰囲気のところ申し訳ないのですが、少々よろしいでしょうか?」
カロンである。
「何かあったの?」
「まぁ、少々事は大きいと言いますか……」
カロンは少し躊躇して、言葉を続ける。
「先ほどのカイトさんの言動が原因で、作業者が一人抜けることになりました」
「あっ……」
志木は顔から血の気が引くのを感じる。
「俺のせいだ……」
「それは否定出来ませんが、もともと素業は良くない人だったので、懸念要素が一つ排除出来たのも事実です」
「これで石鹸の製造に遅れが出るようだったら、俺の責任だ……。文字通り責任者だし……」
「とにかく、もう一度工場に行きましょう。関係者は集めています」
カロンに勧められ、志木は嫌々ながらも工場に足を運ぶ。
工場の入口には、作業者たちが待っていた。
「……えーと」
志木は気まずくなって、言葉が出なかった。
しかしこのままでは、これまで努力して仕事をしてくれた人々に失礼だろう。そう考えた志木は、思い切って言葉を発した。
「ごめんなさい! 自分が不甲斐ないせいで、皆さんに迷惑をかけました! 自分もまだまだ未熟ですけど、皆さんと一緒に成長していきたいと考えています。なので、その……、どうか、皆さんの力を貸してください!」
志木は正直な気持ちをぶつけた。
今の自分では能力不足、何をやっても駄目だろう。そんな時こそ、いろんな人の力を借りるべきなのだ。
頭を下げた志木に、声が降りかかる。
「まぁ、確かに皆初心者だからな。ちょっと不安だったところはある。こちらこそ、すまなかった」
「俺たちは全員初めてのことをしている。誰にも間違いはあるもんだよな」
「そうだな」
作業員はそんなことを、口々に言う。
「だからまぁ、あんまり気負わずに現場責任者をしてくれよな」
その言葉を聞いた志木は、許されたことを悟る。
「……ありがとうございます」
顔を上げた志木の目には、ちょっとだけ涙があった。
(そうだ。ここから始まるんだ)
志木は志を新たにする。
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