第37話 工場

 役人の説明を受けてから一週間が経過した。

 志木は、石鹸の配合に関して、一つの結論を出す。

「よし。廃油5割、米ぬか油3割、大麦油2割の配合が一番いい感じだな」

 そのことをメモ用事に書き留める。最近はもっぱらこのような生活だ。

 そこに、カロンがやってくる。

「カイトさん、今大丈夫ですか?」

「ちょうどキリが良かったですよ。何かありました?」

「石鹸工場の建屋がおおよそ完成したので、これから工場まで同行していただけますか?」

「急すぎる」

「ミチェット局長からは『事態は一刻を争うため、早急に工場を稼働させろ』とのことです」

「にしても、もうちょっと準備とかあるでしょ……」

「実際、事態は目まぐるしく変わりますからね。否応なしに来てもらいますよ」

「拒否権無しかぁ。ルーナ助けて」

 志木はルーナに助けを求める。

「悪いけど、カイトの分の書類も書かないといけないから無理。一人で頑張って」

「おぉん……」

 志木は落ち込む。

 カロンは、そんな志木の肩を掴んで引きずっていった。

 馬車に乗り込み、街の中を移動する。建物が並んでいる街中から、城壁を通って畑が広がる田園風景になっていく。

 そんな中に、まだ建設途中の建物が見えてくるだろう。

「カイトさん、あれが我々の根城になる石鹸工場です」

「本当に小さい工場なんだなぁ。こういうのって街中にあるような印象がある」

「確かに、街中にも工房を構えている職人たちもいますが、残念ながら土地が空いてない現状がありますので」

「それもそうか……」

 馬車に乗り込んで十数分。工場に到着した。

 馬車から降りて、建物が立っている敷地に入る。工事はまだ行っていて、今は最後の仕上げをしているようだ。

(建築現場にヘルメット無しで入るって、労災ポイント高いな……。時代が時代だからいいのか……?)

 そんなことを思いつつ、志木はカロンの後ろをついていく。

「着きました」

 そういってカロンが指を指す。その先には、大きな釜や、道具類が揃っていた。

「小規模事業者ということなので、作業者10名ほどを想定して道具を揃えたそうです」

「これは正式な道具なんですか?」

「そのはずです。これもエビント王国に潜入した諜報員からもたらされた情報なので」

「うーん、そう来たかぁ」

 志木は腕を組む。本当にこれで問題ないのか悩んだからだ。

(でもそんなことにいちいち反論してたら、時間ばかり食うからな)

 ここでも志木は無視を決めた。

「うーん、ここでグダグダ考えても仕方ないですし、とりあえず道具の配置だけでもしましょうか」

 志木はこう提案する。

(作業者もすぐに来れるわけじゃないしな。あと俺は現場の責任者だから、現場のことも知っとかないと)

 志木の提案に、カロンは少し考える。

「それもそうですね。ついでに、作業者の皆さんも呼んできましょうか」

「え? すぐに呼べるものなんですか?」

「この近くに住むように指示してますから」

「えぇ……?」

 志木は若干引いた。

(国王の強権を利用し放題じゃん……こっわ……)

 それでも、そうしないと人が集まらないのだろう。志木はそう理解した。

 10分もしないうちに、カロンを先頭にぞろぞろと人が集まってきた。

「彼らがこの工場で作業してくれる方たちです」

「あっ、よろしくお願いしますぅ……」

「「「うぃーす」」」

(なんかノリが軽いなぁ……)

 しかし、実際に作業してくれるメンバーなのだから、そんな贅沢は言ってられない。

「それじゃあ、それぞれの道具を搬入しながら説明しますか……」

 志木はこう提案する。

「ではそうしましょう。皆さん、仕事の時間です。予定の開始日とズレているので、今日の作業は休日出勤扱いにします」

(やけに現代的だな……)

 そんなことを志木は思う。

 早速作業員が、道具を持って工場に搬入を始める。

「このデカい鍋みたいなやつってどこに置きます?」

「これは石鹸の元になる液体を混ぜるヤツですね。部屋の中心部分にでも置きましょう」

 そんな感じで、どんどん道具を搬入していく。

 しかし、ここで問題が発生する。

「誰だ!? こんな所に段差作ったヤツ!」

「ここは責任者に置けって言われたんだよ!」

「おい! これどこに置けばいいんだよ!?」

 なんだか不穏な空気になっていく。

「いや、あの……」

 志木は現場の怒りを収めようと、作業員の仲介に入ろうとする。

 すると。

「これも全部責任者のせいだ!」

「そうだ! 責任を取れ!」

 一気に怒りの矛先が志木のほうに向いてきた。

「え、いや、あの……」

 急に怒られが発生したため、志木はしどろもどろになってしまう。

「お前、異世界人って聞いたぞ?」

「異世界人だからってデカい顔してんじゃねぇぞ!」

「こんなザマにしたお前は、無能の極みだな!」

 暴言の集中砲火。それにより、志木の中からアレが沸き上がってきた。

 志木が久しく忘れていた感情。鬱である。

 志木の体は硬直し、その目からは大粒の涙が溢れ出していた。

「あ、の、うっ……」

 その状況を見て、さすがにヤバいと感じたのか、カロンが間に割って入る。

「皆さん! とりあえず今日の所は撤収としましょう!」

 それでなんとか場は収まった。

 しかし、志木の心に深い傷を残したのだった。

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