第36話 処理
兎にも角にも、シャクローとワグニー、そして彼らの部下がこの場所から消えたのは幸いだった。
志木は今まで経験したことのないほどの集中力を長時間行っていたため、心身共に疲れ果ててしまい、暫くの間動けなかった。
その間に、ブルエスタに駐屯する軍が現場に到着。民間人の救出と現場検証を始めた。また、軍の衛生兵の手によって、志木は動けるまで回復させてもらった。
現場で軍から聞き取りをされていると、カロンが現場に到着した。
「一体何があったんですか?」
「まぁ、言うなればテロリストと戦ってたって感じですね」
「例の鉄火中隊とかいう輩ですか……」
「やることが段々と派手になってきてるわね……。このまま放置してると、王国に対して宣戦布告でもするんじゃないかしら?」
「縁起でもないこと言わないでよ……」
「ですが、それも事実です。奴らのことに関して、国王陛下より下命を拝しました」
「なんか嫌な予感……」
「お言葉は『流行り病対策と鉄火中隊なる国賊の退治を平行して行え』とのことです」
「あぁー、やっぱり……。面倒なことになったなぁ……」
志木は頭を抱える。
「ちなみに軍部はすでに、鉄火中隊討伐のために派兵を行うことを決めたそうです。そして軍部からも伝言が来ています」
「軍部からも? なんて言ってるんです?」
「『頑張れ』とのこと」
「えぇ……?」
なんとも呑気な言葉に、志木は困惑する。
「これについて、国王陛下と国王政務調整官からは『石鹸製造を優先するように』とご助言を頂いてます」
「まぁ、そりゃそうだよな……」
(石鹸作りは、俺が重要人物になってる。俺が中心になって音頭を取らなければ、おそらくどこかで躓くだろう。だから、俺が旗振り役にならなければ……)
志木は強く決意する。
「とにかく、今は軍の聞き取りからやりましょ」
ルーナが言う。後ろには、暇を持て余した兵士が立っていた。
「それもそうだね」
結局この日は、聞き取りと現場検証で終わった。
翌日、カロンから新しい情報がもたらされる。
「建設局から石鹸工場の概要が提出されました」
「もうですか?」
志木は驚く。
「何事も早いに越したことはないですからね」
そういって、カロンは数ページにまとめられた紙をテーブルに置く。
「ちなみに、内容の説明が必要な場合に備えて、役人がこちらに来ています」
「えなに? 手際が良いとかのレベル超えてるんだけど?」
志木は若干恐怖する。
「役所には、本当に優秀な人が稀にいるのよね」
ルーナが懐かしむように話す。
志木はテーブルに置かれた紙を手に取って読んでみる。
「……これナーロ語じゃないですか。読めないですよ……」
「なら役人の方を呼んできますね」
数分後。カロンに連れられて、二人の男性がやってくる。
「建設局施工管理課の者です」
「ご丁寧にどうも……」
「では早速、説明のほうに入ります」
役人が紙を見せながら、説明を始める。
「今回の工場ですが、小規模事業者用の建物を使用します。建物内のレイアウトはカイト様の方で自由に変えていただけるように設計しています」(内装はないそうですってか?)
「石鹸製造で使用する道具類の情報は、公安部から仕入れています。建築には数週間必要ですが、その後はすぐに石鹸の製造に取りかかれます」
「なるほど……」
志木は説明を聞いて、感じたことがある。
(恐ろしく手際が良い……。良すぎて逆に疑いをかけるほどだ……)
しかし志木は、この考えをすぐに捨てる。
(なんでも疑心暗鬼になってたら、話が進まない。適度な無視も必要だ……)
菩薩のような気分になったところで、話の続きを聞く。
「全体の建築、道具の製造はこちらで行います。カイト様は監督主任として、各種許可書の承認をしてもらったり、実際に現場で監督をしてもらうことになります」
「割と責任重大ですね……」
「我々にも石鹸作りのノウハウがあればいいんですが、残念ながら手元にあるのはエビント王国から極秘に入手した文書のみですからね。どこも手探りな状態ですよ」
そんなことを言う役人。苦労は絶えないようだ。
「うーん。とにかくやってみないことには分かりませんからねぇ……」
「えぇ。とりあえず、紙に書いてあることは以上になります」
「本当に概要だけだけですね……」
「詳細を書こうとすれば、この紙が100枚くらい必要になりますからね。さらに関係各所の分だけ増えますから、それはもう膨大な数になりますよ」
「それは大変だ……」
「とりあえず、今のカイト様には各種文書の承認と現場監督を行っていただきたいのです」
「分かりました。引き受けます」
こうして、志木は小さな石鹸工場の責任者となった。
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