第35話 衝突

 周囲に静寂が訪れる。

 先に動いたのはワグニーだった。

 手にしているドデカい剣を振り回し、遠心力を高めて防御魔法にぶつける。

 鈍い金属音がするものの、防御魔法は全く動じなかった。

「チッ、やっぱこの防御魔法面倒やわー」

「この魔法なら、こうするのが正解だ」

 そういってシャクローが拳を防御魔法にぶつける。当然ながら、それも阻まれる。

 しかし、ここからが違った。シャクローは力を加えつつも、ゆっくりと志木の防御魔法の中を進んでいく。

「ヤバ……ッ」

 志木自身も、この防御魔法がどうなっているのか分からない。仮にダイラタンシー現象を起こす液体が宙に浮かんでいるだけなら、ゆっくりと進むだけで突破されてしまう。

「カイト、こっち来てるわよ!?」

 ルーナが志木のことを揺さぶる。

「分かってる! 分かってるけど……!」

 志木は、必死になって考える。

(どうする……! この防御魔法で、どうやって切り抜ける……!)

 しかし、ルーナに揺さぶられているため、まともに思考がまとまらない。

 それは、志木の防御魔法にまで伝播する。防御魔法が細かく揺れ動く。

「……ん? なんだ……」

 その異変は、防御魔法を突破しようとしていたシャクローにまで及ぶ。

 なんと防御魔法そのものが細かく振動することで、防御魔法自体がダイラタンシー現象を引き起こしたのだ。

 これにより、シャクローの腕は防御魔法の中でガッチリ固定されてしまう。

「こ、これはまずい……!」

 すでに右腕の肘あたりまで侵入していたシャクローは、完全に身動きが取れなくなっていたのだ。

「…あれ? なんかシャクローが焦ってない?」

 ルーナがシャクローの異変に気がつくと、間髪入れずに呪文を唱える。

『ワギンバインゲン、ドッドドツツ』

 この呪文により、シャクローは体全体が地面に叩きつけられたようになる。その衝撃で、肩も脱臼したようだ。

「ギィッ……!」

「シャクロー!」

 ワグニーは慌ててシャクローのことを引っ張る。しかし、勢いあまって引っ張ったことで、普通にダイラタンシー現象が発生する。

 シャクローの右肩あたりから、ゴリッと嫌な音がする。

「イィ……! ワグニー離せっ……!」

 左腕で雑にワグニーを引きはがすと、シャクローは痛みを堪えながら防御魔法から腕を引き抜く。

「無茶苦茶に引っ張るな。こっちは脱臼してるんだぞ」

「そんでも敵の目の前におるんやから、急ぐのは当たり前やろ」

 シャクローとワグニーが、志木たちのことをそっちのけにして口喧嘩を始める。

 志木とルーナは互いに顔を見合わせる。

 直後ルーナは手を前に出す。

『ワギバインゲン、ゴレムノテ』

 呪文を唱えると、シャクローとワグニーの下から巨大な土の手が出現する。

 そしてそれは、二人のことをペシャンコに押しつぶした。

「決まった……!」

 ルーナが確信する。

「あっ……」

 そしてそれはフラグであることを志木は理解した。

 その予感は的中し、巨大な土の手の中から、極太な剣がアニメ表現でありそうなドリルの如く土を吹き飛ばす。

「おう、嬢ちゃんやるやん。さすがのワイでも焦ったで」

 ワグニーが野太い声でルーナに話しかける。

「いやぁ、おっちゃん驚いたわぁ。じゃけん……」

 そういって剣をこちらに向ける。

「本気見せたるわ」

 土の手の中から下りてきたワグナーは、シャクローを近くにいた生き残りの部下に引き渡す。

「ヤバそうよ、カイト……。本気出して」

「無茶言わないでよ……」

 当然、志木はずっと本気で防御魔法を展開している。それでもワグナー相手にどれだけ戦えるか、はっきりしない。

 ワグナーは剣を地面スレスレまで下ろし、前傾姿勢になる。

『開』

 一言だけ呟くと、ワグナーの姿が一瞬消える。そして次の瞬間には防御魔法の目の前にいた。

 それと同時に、防御魔法にヒビが入った ・・・・・・

「えっ……?」

 ほんのコンマ数秒の出来事で、志木は状況を判断する時間すらなかった。

 ようやく状況を飲み込んだ時には、ワグナーは目にも止まらぬ早さで防御魔法を切り刻んで ・・・・・いた。

「ちょちょちょ! どうなってんのよ!?」

「俺に聞かないで!」

 志木は防御魔法を突破されないように、必死に修復するイメージをする。

 実際に防御魔法は修復されているのだが、それを超えるスピードでワグナーは攻撃をしているのだ。

「グ……ッ! このままじゃ突破される……!」

 この刹那、志木の心の中である考えがよぎった。

(ここで死ぬ……)

 一度死んでいるとはいえ、二度も死ぬのは気分的にもよろしくない。

 そんな生に対する執着が、志木の体の奥から湧いて出てきた。

「ぐぉぉぉ……ッ!」

「無駄無駄! お前さんらはここで死ぬんじゃあ!」

(死にたくない……! また死ぬのはごめんだ……!)

 思わずそう願った志木。

「ぁぁぁあああ!」

 無意識に叫び声が出る。その時だった。

 ワグナーを取り囲むように、あらゆる方向に防御魔法が展開される。そしてそれは人間が蚊を潰すかの如く、一瞬で空間を押しつぶした。

 先ほどまでワグナーがいた場所には彼の姿はなく、代わりに真っ赤な液体が防御魔法の表面に付着していた。

「あ゛ぁっ! ゲホッ! ゴホッ!」

 ゼーゼーと肩で息をする志木。完全に魔法に集中出来なくなり、防御魔法は消えた。

 志木たちの前には、完全に砕けた剣と赤い液体だけがあった。

「……これって何とかなったって、こと、よね?」

 ルーナが志木を見る。

「た、多分……。その証拠に、シャクローがいなくなってる……」

 先ほどまで視界の隅にいたシャクローとその部下が、いつの間にか消えていた。おそらく志木の攻撃のようなものを見て逃げたのだろう。

「とにかく、なんとかなって良かったぁ……」

 今の志木には、それが一番であった。

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