第33話 苦悶

「うぉぉぉ……。やってしまった……」

 志木は、厚生局に向かう道中、ずっとこんな感じであった。


Tips!:志木は目立つことを嫌う性質を持っているぞ。演説という極度の緊張を誘発する環境に置かれていたため、一切怒らないことが取り柄の志木の感情が爆発した状態になったぞ。


「いつまで落ち込んでるの?」

「いやだって……。あんなこと言っちゃったら、市民から批判受けるに決まってるでしょ……。ミチェット局長も絶対怒ってる……」

「本当にマイナス思考が止まらないんだから」

「おぉん……。異世界転生しなければよかった……」

 志木は半ば泣きそうな顔で厚生局に入る。

 応接室で出迎えたのは、口角が上がっていたミチェット局長だった。

「いやはや、いい演説だったぞ。あれだけの魂胆のある人間もなかなかいない」

「え、あの……、自分、怒られるんじゃ……」

 志木は完全に思考停止している。

「いや、流行り病に鈍感でボケた頭をしている国民にはいい薬だ。国に文句言ってるヤツもいたが、一番危機感を持ってなかったのは彼らだったな」

 そういって軽く拍手をするミチェット局長。

「まぁ、本音を言うと、国王陛下に叱責されるだろう。しかしそれで問題はない。今一番必要としているのは、市民や国民が流行り病に対する危機感だ。それをお前から感じることが出来れば、一番の成果と言えるだろうな」

 そういってミチェット局長は、志木の肩に手を置く。

「ま、もし私が庇いきれなかったらお前の首が物理的に飛ぶことになるだけだからな」

「え゛っ?」

 そういってミチェット局長は、高笑いしながら応接室を出ていった。

「……これ許されたの?」

「まぁ……許されたと思うよ」

 事が簡単に丸く納まったことに、志木は呆然とする。

「怒られなくてよかったんじゃないですか? とにかく、次の仕事行きますよ」

 一方でカロンは淡々としていた。

 そんなカロンに言われるがまま、志木たちは次の仕事のために移動する。

 向かった先は、公衆庁舎と呼ばれる建物である。市民が少数で会議をしたり、何か小さいイベントをやる時に使われる建物だ。現代で言えば貸し会議室に該当するだろう。

 その会議室の一室に、志木たちはやってきた。

 目の前には瓶に詰められた液体が並んでいる。

「今回はブルエスタにある農業研究所の方々に来ていただきました」

 カロンが簡単に解説する。

「農業研究所となると、ここに並んでいるのは植物油ということですか?」

「えぇ、おっしゃる通りです」

 そういって研究員の方が答える。

「石鹸に必要なのは量でしょ? こんなに種類があっても、必要ないのとかあるんじゃない?」

 そんなことをルーナが言う。

「いや、そうでもないよ」

 志木が否定する。

「そもそも石鹸製造で使う油は、複数種類あったほうがいい感じになったりするんだ。そうじゃなくても、今は植物油が足りなくて焦ってるんだから、色々と配合したほうが量を確保する点では合理的だと思うよ」

 そういって志木は、瓶に詰められた植物油を眺める。

「これは黄色が少し強めですね。なんの油なんですか?」

「こちらは大麦になっています」

「へぇ。こっちは?」

「米ぬかですね」

「米ぬか!? この辺で稲作なんてやってるんですか!?」

「割と大規模にやってますよ?」

(そうだ、スペインにパエリアがあるくらいだから、ヨーロッパ周辺でも稲作文化は存在しているのか……)

 そんなことを思いながら、志木は植物油を見ていく。

「後はまとまった量を確保出来ればいいんだけど……」

「残念ながら、大麦も米ぬかも、研究室レベルでの圧搾しか出来ないんです……」

「なるほど……」

 志木は思案する。

(研究室で成功したとしても、大量生産する際に規模を拡大すると失敗するという可能性が付きまとう。ここは少しずつレベルアップしていくしかなさそうだな……)

 そんなことを考えた後に、志木の脳裏をある単語がよぎる。

 そう、「予算」という文字が。

「あぁ! 規模を大きくしようとしても、予算が必要だ! 予算が足りない!」

 頭を抱える志木。

 それを見かねたルーナが、ある提案をする。

「それなら、国王陛下に頼めばいいんじゃない?」

「ゑっ? そんなこと出来るの?」

「まぁ、将来性がないと駄目かもしれないけど……」

「うーん……。ダメ元で頼んでみるか……?」

「それでしたら国王陛下に直訴するより、財務局に問い合わせたほうが良さそうですね」

 カロンが手元の資料を見ながら、そんなことを言う。

「まぁ、財務局ですからね、簡単に首を縦に振るとは思えないですけど」

「可能性があるならお願いします!」

「分かりました。問い合わせてみます」

 そう言ってカロンは、メモ帳にメモを取る。

「あのー、こっちは……?」

 農業研究所の研究員が、志木の方を見る。

「あぁ! そうですね……。とりあえず大麦と米ぬかの油を貰えるだけ貰っていいですか?」

 この日の志木は、少量の油を配合して、どれが石鹸に適しているのかを試すことに費やした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る