第32話 演説
時間が経って翌日。
ようやく、簡素であるがまともなベッドで寝ることが出来た志木に、カロンがある爆弾を持ってくる。
「カイトさんの演説の日付が決まりました。一週間後です」
「行動が早くない?」
昨日の今日で決まる内容とは思っていなかったが、実際はとんでもないスピードで決定してしまっていた。
「いや、行政の動きって遅いものでは?」
「その側面もありますが、例外として、国王陛下に直接進言し、陛下が納得されたものがそのまま行政の答えとなります」
(立憲君主制のいいところー……)
「現在は元老院に対して説明を行っているようです。まぁ、これも許可が出るのは時間の問題でしょう」
「そうですかぁ……」
志木は額に指を置く。
その時、志木の脳裏に一つの疑問が浮かんだ。
「その、演説って言ったと思うんですけど、誰に対して演説するんですか?」
「国民に対してです。厳密にはブルエスタ市民が話を聞き、演説内容を記者が文章にして国内外に広く伝達します」
「公開処刑じゃん」
志木は真顔で突っ込んでしまう。
「カイトはまだいい方ね。アタシなんか子供の時、元老院の野郎どもの前で歌を歌わされたこともあったんだから」
ルーナがマウントを取るように、そんなことを言う。
「とにかく、カイトさんにはこれを読んでもらいます」
そういって紙を渡される。
「これは……?」
「演説の原稿です。ここに書いてあることを書いてある通りに読んでくれれば、それで問題ありません」
そういって志木は原稿を見た。
「えっ……」
志木は驚きの声を上げる。
そこには、異世界の言語ではなく、ちゃんとした日本語が書かれていたのだ。
「なん……、これ?」
「どうしたの? カイト」
「いや、これ、日本……、いや極東共通語だよね? この間ルーナに書類書いてもらったときは違う言葉だったのに……」
「そうね。この国には極東共通語の他に、公用語のナーロ語ってのがあるわ。基本的に行政が使用する言語は、公用語のナーロ語が中心ね」
「はぇー、そうなんか……」
妙に納得したような、しなかったような。そんな微妙な感覚を味わう志木であった。
結局演説することには変わりないので、志木は仕方なく原稿を軽く読む。
その片手間ではあるが、代替用の油を確保するために、色々と探していく。オリーブ以外の植物油というのがなかなか見つからないのだ。
ブルエスタにある研究所から送られてきた情報を確認するものの、ナーロ語であるため、志木は読めないためルーナが音読する形で探すことになった。
そしてあっという間に一週間が過ぎていく。
志木たちは、宮殿のすぐそばにある演説台の下にいた。
「今から演説かぁ……。市民もなんかたくさんいるし、結構緊張する……」
「大丈夫よ。人を豆のように考えれば問題ないわ」
「そういう問題かなぁ……」
そんなことを言っていると、市民の声が一段と大きくなる。
「そろそろ出番ね。一緒についていってあげるから、安心して」
「安心、ねぇ……」
そんなことを言いながら、志木とルーナは演説台に上がる。
遠くから志木の様子を見たならば、おそらくアメリカ合衆国大統領の就任演説に似ているだろう。
階段を上がった先にある演説台からは、多くのブルエスタ市民の姿が見える。おそらく一万人はいるだろう。
こんな大勢に声なんて届かないだろう、と志木は思うが、そこは魔法のある世界。拡声器に似た魔法が存在している。
志木は原稿を広げ、一呼吸置いてから話し始める。
『ユーエン王国の皆さん。私は異世界から来た、志木海斗と言います。現在、この国が置かれている状況を知っています。私は、流行り病がまん延し、収束が見えない現状を憂いています。そこで皆さんにお願いがあります。どうか手を洗って、マスクをしてください。それだけで流行り病にかかりにくくなります。手を洗う時は、石鹸を使ってください。マスクを付ける時は、顔に密着させてください。そして頻繁に手やマスクを洗ってください。どうか、石鹸を使ってください。神のご加護があらんことを』
非常に短く、シンプルな内容だ。そして言っていることは、「手を洗ってマスクしろ」である。かなり分かりやすいものだ。
しかし、ブルエスタ市民としては「急に何を言っているんだ?」という状況である。誰一人として歓声はおろか、拍手すらしなかった。
そんな中、状況を把握したであろう一人の市民が声を上げる。
「それは国がやれって言わなかったからだろ!」
その発言に、市民からはどよめきが起こる。
だが、それが発端となって、市民の不満が爆発した。
「お前らが勝手にやれって言ってるだけだろ!」
「だいたい、今更命令することかよ!」
「国はいつも俺たちのことを見捨てているじゃないか!」
そして次第に怒号の大合唱が始まる。
『み、皆さん、落ち着いてください!』
ルーナが拡声器を使って、市民の怒りを抑え込もうとしたが、逆効果であった。
市民はどんどん怒りの声を大きくしていく。
その時、志木はルーナを押しのけて、拡声器に近づく。
『うるせー! 黙れ!』
その瞬間、静寂が訪れた。
『おめーらの主義主張なんてどうでもいいから、さっさと手を洗ってマスクしろ! 流行り病にかかりたくないなら、一生家の中にでも籠れ!』
そして志木は、吐き捨てるように言った。
『いいか!? 手を洗ってマスクしろッ!』
そのまま志木は演説台を下りて行った。
そして下りた先で、志木は絶望した。
「うわー、やったわ……。これは怒られ確定ですわ……」
志木は思わず座り込んでしまう。
「カイト」
後ろからルーナがやってくる。
「ま、まぁ、今回の演説はインパクト残せたと思うよ……」
「精一杯のフォローがむなしい……」
そこに、カロンがやってくる。
「カイトさん。ミチェット局長が呼んでます」
「あぁ、来たよ……。これは雷落ちるフラグだよ……」
そんなことをぶつくさと言いながら、志木はミチェット局長のいる場所に向かった。
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