第31話 帰還

 オリスト伯爵軍から聞き取りが終わると、時刻はすでに昼に近かった。

 志木たちは、急いで厚生局の職員との集合場所に行く。

「遅いぞ。置いていくところだったじゃないか」

 職員から怒りの声が飛んでくるが、なんとか帰りの馬車には間に合った。

 そんな帰りの馬車の中で、志木とルーナとカロンが相談する。

「結局、代用になりそうな植物油はありませんでしたね。時間がなかったというのもそうなんですが」

「今回の出張の目的を達成出来ませんでしたからな」

「こうなると、ブルエスタにあるもので作るしかないわね」

「でも王都って油がたくさんある場所なんてあったっけ?」

「一応ブルエスタ近辺では、油は高級品に近い品ですからなぁ。材料として確保するのは難しい所です」

 志木たちは完全に行き詰ってしまった。

「何か、いい感じに油を回収出来る手段はないものか……」

 志木は思考を色々と張り巡らせる。

 その時、一つ思い出したように言う。

「そういえば、油は廃油でも問題ないような……」

「廃油? それなら屋台で使っているのがそこそこ出るんじゃないかしら?」

「廃油なら、廃油回収を専門とする業者がいますな」

「その業者が回収した油はどこへ?」

「家畜の飼料になるのが少し。その他の大半はそのまま特定の土地に廃棄するはずですな」

「廃棄が出るのなら、それはそれで買い取ればそれなりの量になる……」

「候補に上げておくべきよ」

「そうします」

 カロンは紙にメモを取る。

「しかし、廃油だけでは少々心もとないし、ちゃんと石鹸として作れるのかは不安だな……」

「確かに。他の種類の油も確保しておきたいわね」

「そうなると、ブルエスタ周辺で探すしかなくなりますね」

「王都周辺に、都合のいい植物油があるとは思えないけどなぁ……」

 そんなことを話しつつ、一行は王都へと帰還するのであった。

 翌日。王都へと帰還した志木たちは、真っ先に厚生局へと向かう。

「鉄火中隊の話は聞いている。よく無事でいたな」

 ミチェット局長は、先に安否の心配をする。

「えぇ、まぁ」

「そんな状態で申し訳ないが、何かいい情報は掴めたか?」

「それは……、残念ながら」

「そうか。まぁ仕方ない。新しい脅威に対処してくれたのだ。今は生きているだけマシだろう」

 そういってミチェット局長は書類を一つ取り出す。

「その鉄火中隊の話だが、20年前の帝国崩壊の際にも暗躍していたという情報が入ってきている。今回もそういう流れになるだろう」

「そういう流れって、つまりユーエン王国の崩壊を狙っている……?」

「そうだ」

「そういえば、そんなことをシャクローとかいうヤツが言ってましたな」

 カロンが思い出したように言う。

「うーん、なかなか面倒なことになってきたなぁ……」

「面倒なのはもともとからだ。今回はさらに、石鹸製造という課題が入っているからな」

 ミチェット局長は溜息をつく。

「いろんな人間がいるから面倒事が増える。文化文明を発展させようとすると、それを邪魔する人間が出てくる。我々行政は、そういった人間をなるべく抑え込んで文化文明を発展させてきた。だが、結局は混沌に陥れたい人間がわんさか出てくるのだから、面倒事は繰り返すのだろうな」

(この感じ、本当に面倒なんだろうなぁ……)

 志木は心の中で同情した。

「さて、話を戻そう。廃油の話だな?」

「えぇ、そうです」

「廃油回収業者なら確かに存在する。しかし、回収出来る油は、多くても一日10キロだ。この量では、石鹸の量産は困難ではないか?」

「多くても10キロなんですか?」

「そうだ。昨日、石鹸製造に関して試算した所、安価な石鹸を安定供給するためには、一月辺り最低でも1トンは必要だと判明した。これでは、なかなか困難だろう」

「確かに難しいですね……」

「それについ先ほど、建設局が石鹸製造に関する工場の設計を始めたとの情報が入ってきたのだが、設備の完成がおよそ1年かかるらしい。厚生局としては、すぐにでも公衆衛生を向上させたい。そこで、国王陛下の名の元に、カイトが主導で国民に石鹸製造とマスク着用の必要性を周知してほしい」

「別に大丈夫ですけど、それ自分じゃないといけないんですか?」

 志木はミチェット局長に聞く。

「本当なら国王陛下の勅令があれば問題ないんだが、それだけでは言うことを聞かない国民も多くてな。そこに異世界人であるカイトの力を使って、少しでも認知度を向上させようというのが目的だ」

「それ、局長が今思いついた方法じゃないですよね?」

 志木は疑いの目を向ける。

「そんなわけないだろう。これでも職員との会議を行った上での結論だ。まぁ、やってくれるなら問題はない」

(うーん、グダグダ)

「それに今は鉄火中隊の問題もある。国王陛下の身に何かあったら問題だ。そのためにも、カイトが第一線に出る必要性はあるだろう」

「まぁ……、別にいいですよ」

「では、数日中には活動を開始出来るように手配しよう」

 こうして志木は、新たな任務を背負うことになった。

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