第21話 局長

 志木は作業場に戻ると、何かを探し始める。

「カイト? 何を探してるの?」

「聖水の作り方と、それの使い方を書いた本とか」

 そういって片っ端から本棚に収納されていた本を引っ張り出す。

 その本を開いてみて、志木はすぐに本を閉じる。

「駄目だ。何が書いてあるのかさっぱり分からん」

「今までの聖水の使い方じゃ、何か問題でもあるの?」

 ルーナが聞いてくる。

「まぁ、問題がないわけではないんだが……。結局の所、聖水も石鹸も同じような役割を果たしているに過ぎないんだよ」

「……えっと?」

「簡単に言えば、聖水は石鹸の界面活性剤と同じ働きをする何かが存在するはず。それを正しく認識して、聖水を正しく利用することが出来れば、この流行り病の感染は最低限防げるはずなんだ。それを記した本が、おそらくどこかに存在する。と、思う……」

 志木は目の前の本棚を見る。本の冊数としてはざっと50くらいか。これら全てに目を通すとなると、かなりの時間を要するだろう。

「聖水の使い方が間違っているなんて、聞いたことないわ……」

「その辺の原因究明は別にするとして、今は聖水の正しい使い方を見つけるしかない。もしくは……」

「もしくは?」

「数万単位の犠牲者を払って、正しい使い方を検証するとか」

「それって、流行り病に感染してない人を使って確かめるってことよね……?」

「そうなる。科学に犠牲はつきものだからな」

「犠牲者は出しちゃいけないと思うよ……」

「当然のことだ」

 二人の会話に、誰かが割って入る。

 声のした方を見ると、そこには煌びやかな恰好をした女性と、彼女の後ろに大所帯の人間が立っていた。

「……ど、どちら様です?」

「ミチェット局長!」

 志木は誰だか困惑し、ルーナはその人物の名を呼ぶ。

「ルーナ、知ってるの?」

「さっき話題に上がっていた、厚生局の局長さんだよ」

「あぁ、なるほど……」

 志木が勝手に納得していると、ミチェットと呼ばれた女性が作業場に入ってくる。

「貴様が異世界人だな」

「えぇ、まぁ」

「話は耳にしている。今の話を聞くに、聖水の使い方に疑問を持っているようだな」

「まぁ、役割から考えるとそんな感じであると思っているんですが……」

「その見解は、我々と同様だ。まだ我々は聖水の能力を完全に把握していないのかもしれないな」

 そういってミチェットは志木の前にやってくる。

「それに貴様、石鹸を作っているそうだな」

「そうですけど……」

「本来なら、民間人による石鹸の製造を認めるわけにはいかない。この国では簡単に石鹸を製造出来る団体を増やせないようになっている。だが、異世界人がそこに入ってくるのなら話は変わってくる。どうだ? 一つ乗ってみないか?」

 志木は手に持っていた本を置き、ミチェットの前に向き直る。

「自分は、自分の生きやすい世界になってほしいと思っているだけです。あくまで石鹸は目的を達成するための手段の一つに過ぎません」

「それでもいい。人間の世界はエゴと欲望で出来ているからな」

「では、よろしくお願いします」

 ここに一つの関係が生まれた。

 場所は変わって、屋敷の応接室。

 そこに志木とルーナ、ミチェットとその関係者、そしてリアードも席を並べる。

 まずミチェットが口を開く。

「我々行政が法律を堂々と破るのは、最終的に信用問題に陥る。そこで、我々が要請したのではなく、あくまでカイトが石鹸製造の申請を行いそれを許可したという形にしたい」

(いつの世も政治は面倒だなぁ……)

 そんなことを思いながら、志木は話を聞く。

「そのためにはまず、カイトが我々に接触してきたという事実を作らなければならない」

「事実を作るって、どうすればいいんですか?」

「方法は2つある。一つは、異世界人の管理当局に保護されたとするもの。もう一つは、カイトのほうから我々衛生当局に問い合わせが来たというものだ」

「カイトとルーナの関係も考えると、後者のほうが色々と辻褄は合わせやすいだろう」

 そうリアードが述べる。

「なら、そういう風に話を進めよう。私は厚生局に戻って、関係各所に話をつけてくる」

 話が終わりそうなところで、志木が手を挙げる。

「あのー、ちょっと質問何ですけど……」

「なんだ?」

「そんなに世間体のことを気にしないといけないんですか? なんか、皆さん民間人の動きというか、知られることを異常に気にしている感じなんですが……」

「いや、普通だろう。それに、国民の間には20年前の空気が残っている」

「20年前の空気?」

「隣にあった帝国が、国民の反発を食らって革命が起きた。それにより皇帝が処刑され、共和制へと移行した経緯がある。我が国の国民も、時期を伺ってそういう流れにしたいという動きも出ている」

(急に革命の話されても困るんだが……)

 志木は心の中で愚痴る。

「とにかく、今は異世界人であるカイトの存在を公表するのが先だ。それ以外のことは特に気にする必要なし」

 こうしてカイトの存在が知られようとしていた。

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