第20話 聖水
屋敷の敷地を歩くこと数分。まるでノスタルジーの中にある教会のような出で立ちをしている建物にルーナは入っていく。
志木も後を追いかけるように入った。
するとそこには、大きな杖を持った男女が数名、何か液体のようなものを虚空から召喚している。
「あれは……」
「あの杖で生み出しているのが聖水よ」
「人力……?」
「そうだけど?」
ルーナは当然のように返事する。
(お、思った以上に力技だなぁ……。まぁ、石鹸を作る時もあんまり変わらないか)
そんなことを思いながら、ルーナを先頭に作業場を進む。
そこに一人の女性がルーナの前にやってくる。
「ルーナお嬢様、お帰りなさいませ。聖水の召喚の件、聞いております」
「アタシの杖は?」
「ご用意出来ています。奥へどうぞ」
そのままルーナは案内される。それと一緒に行動する志木。
すると、他の作業者が使っている杖とは明らかに異なる杖の前に案内される。
「まずは試しに聖水を召喚して──」
「その必要はないわ」
そういって、杖を持つルーナ。そのまま何か呟く。
『ワウダ、シュルニクラ、アジュニモンダル、クルニム』
杖を正面に突き出し、呪文を唱えたルーナ。杖の先端から液体が召喚され、下に置かれたタライにバシャバシャ溜まっていく。
その聖水を舐める屋敷の執事。
「おぉ、さすがルーナお嬢様。慣らしの召喚なしに完成度の高い聖水を召喚なさっている」
「聖水の出来って舐めて確かめるものなんですか?」
聖水のことをアルコール消毒液のようなものと認識していた志木は、その行為に思わずツッコミを入れずにはいられなかった。
「本当は試験紙や実際に浄化出来るか確かめるのだが、熟練の人間になれば一滴舐めればすぐに分かる」
(なんか土を触っただけでどんな状態なのか分かる某アイドルみたいだなぁ……)
そんな変なことを考える志木。
そんな時、建物の外から誰かが叫ぶ声が聞こえてくる。
「何事だ?」
すると建物の中に、使用人が飛び込んできた。
「大変だ! 庭師の何人かが急に嘔吐した! 熱もある!」
「まさか、流行り病か!?」
「すぐに聖水を用意しろ!」
すぐさま、出来立ての聖水が運び出されていく。
その様子を見た志木は、何か違和感のようなものを感じた。
「どうしたの? カイト」
その様子にルーナが気が付く。
「いや、流行り病だとしても、どうしてすぐに隔離しないんだろうって思って……」
(普通、症状が出たら隔離したり消毒するのが基本のはずなのに……。もしかして嘔吐したのを消毒するのか?)
そんな疑問が沸々と沸き上がってくる。
「……ちょっと様子見てきていい?」
「別に大丈夫だけど……」
ルーナは杖を置く。一緒に見に行くつもりだ。
志木は建物を出て、声のするほうへと走っていく。その先には庭園の一角で、複数人が処置に当たっているようだ。
すると衝撃的な光景を目にする。
なんと先ほど運んだ聖水を、バケツの水で薄めて頭からかぶっているではないか。
「えっ……?」
あまりの衝撃に志木は、思考停止した上に立ち止まってしまった。
(な、なんだ? 俺は変な夢でも見ているのか?)
志木は聖水の役割を思い出す。
(聖水は体についた瘴気を落とす。つまり、体表面に付着した汚れを落とすという石鹸の役割を果たしているはずだ。簡単に言えば、聖水は液体石鹸の役割を担っている。今やっていることは、その液体石鹸を全身に浴びているのと同じことだ……)
志木はすぐに意識を思考から現実に戻す。
「ねぇ、ルーナ……。聖水の正しい使い方ってあるの……?」
「いきなり何よ? そうね……。正しい使い方は、今のように薄めた聖水を体の悪い部分にかけるって感じね。流行り病の場合は、あんな感じで聖水を浴びせることもあるわ」
「……る」
「え?」
「衛生観念がズレてる!」
志木は大声で突っ込む。
「確かに効果はあるかもしれないけど、それでも程度ってものがあるでしょ! 聖水の役割をはき違えてる気しかしない!」
その声に、周囲にいた人たちは志木のことを見る。
その視線に、志木はハッとした。
「そ、それで、この人たちはこれからどうなるの?」
志木はその後のことを聞いてみる。
(まぁ、多分隔離されるのは確実なんだろうけど……)
「ここからだと、数ブロック先に行った隔離小屋に収容ね。でも今の状況だと、かなりの人が隔離されているはずよ」
志木は猛烈に嫌な予感がした。
「……ちなみに隔離の様子は?」
「ひどい時は横になる隙間もないわね。でも大丈夫よ。数時間ごとに聖水を撒いてるから」
それを聞いて、志木は手を額に当てて天を仰いだ。
「それともひとついいかな? 予防ってしてる?」
「予防は……、聖水で清めれば問題ないはずよ」
それを聞いた志木は、耐えられなかった。
「感染症の対策はッ! 手洗いとマスク! 全人類手を洗ってマスクしろッ!」
Tips!:手洗いとマスクは感染症を防ぐ最も効率のいい手段だぞ。とあるパンデミック初期にこれらを徹底したことで、インフルエンザの感染者数が圧倒的に抑えられた時期が存在するぞ。
「こうしちゃいられない。早くなんとかしないと……」
そういって志木は、聖水召喚の作業場へと戻る。
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