第19話 再会
ルーナが書斎の扉を開ける。
そこには大量の本がところ狭しと収納され、床にも本が積みあがっていた。
そんな部屋の真ん中に、一つの机と椅子、そしてその椅子に一人の男性が座っていた。
ルーナは書斎に入り、その男性の近くまで行く。志木もちょっとビクビクしながら、書斎に入った。
「お久しぶりです。お父様」
男性はページをめくる手を止めて、ルーナの方を向く。
「やっと帰ってくる気になったか、ルーナよ」
ルーナの父親は、そこそこ険しい表情をしている。顔のシワの入り方が普通のそれではない。
(ひぇー、おっかねぇ……。正直怖い……)
志木はルーナの父親にビビり散らかしていた。
「ところで、彼は誰だね? 部外者にしては貧相な格好をしているが」
「異世界人のカイトです」
「あっ、どうもー……」
志木は軽く頭を下げる。しかし、それでルーナの父親の鋭い眼光が柔らかくなるわけではなかった。
「……なら、自己紹介でもしておこうかね。私はハシャリ家第12代当主、リアード・ハシャリだ」
ルーナの父親、リアードはそう自己紹介した。
「えーと、志木海斗です。ご紹介にあった通り、異世界から来ました」
「異世界の人間か……。いくらか恩恵にあずかったことはあるが、果たしてそれだけの能力を持っているのか……」
そういってリアードは志木のことをギロリと見る。
(え、何? 異世界人は必ずこの世界に恩恵を与えないといけないの?)
リアードの話を聞く限りでは、こういうことになる。
(ちょっとキビーな……)
「それでお父様。アタシを呼び出した理由を、まだ聞いてませんでした。一体何があったんですか?」
「そうだったな。どうも最近王都で流行り病が起きているらしい。今、教会がありったけの聖水を作っているそうだが、とても間に合いそうにない。そこで、聖水を作れる人間を片っ端から集めて、人海戦術を取ろうというわけだ」
「流行り病……」
いつの時代も、流行り病というのは恐ろしいものである。かつてヨーロッパやその近傍で流行した黒死病は、当時の世界人口の25%の人々の命を奪ったほどである。
「その流行り病というのは、一体どういう症状なんです?」
志木は思わず、リアードに尋ねた。
「症状だと? 情報によれば、高熱、筋肉痛、全身の気だるさ、後は咳だそうだ」
(これだけ聞くと、なんかインフルエンザっぽいな……)
志木は少し考える。だが、志木は医者でも学者でもない。ここで余計な口を挟むわけにはいかないだろう。
「とにかくだ。聖水の製造に力を入れる。それが、我がハシャリ家の役目というわけだ」
「それだと、お兄様やお姉様もこちらに戻ってきているんですね?」
「あぁ、今回の事情は特殊だからな。それに今、厚生局長が相談しに来ている。無茶ぶりをしてくるだろうが、適当にあしらうのもイカンからな」
「……ん? 厚生局長? 偉い人なんですか?」
志木は、別の方向から余計な口を挟む。
「貴様はルーナから何も聞いてないのか?」
「な、何をです……?」
「お父様、これはあえて言わなかったことです。カイトには関係ありません」
「それでも秘密というのはバレるものだ。我が家が何者なのか、きちんと話せ」
リアードに諭され、ルーナは志木のほうを向く。
「その……、ハシャリ家は現在の国王エルシャ・ミカエルドの一族、ミカエルド家の分家の一つなの」
「……それって、王族の血筋の人間ってこと?」
志木の言葉に、ルーナは頷く。
そう言われてみると、石鹸作りの最初の段階でハシャリ家の名前を口にしたときに、住民が素直に対応してくれたのは、そういうネームバリューがあったからなのだろう。
「ルーナ、実は結構な箱入り娘だったりする?」
「そんなわけないじゃない! それだったら、今頃冒険者なんてしてないわ」
「とにかく、我々の立場を理解しただろう。いくら異世界人であっても、やたらと我々の統治する世界に介入するのはやめてくれたまえ」
そういってリアードは、椅子から立ち上がる。
「いい加減、厚生局長の相手をしなければならん。ルーナは聖水作りの準備をしてくれ」
「はい」
リアードは書斎から出る。それを見送るルーナ。
(なんか、俺だけ蚊帳の外だな……)
親子水入らずの時間なのだから、仕方ないこともあるだろう。
(でも、俺にも出来ることはあるはずなんだ……)
そういってルーナのそばに寄る。
「ルーナ。もしよかったらでいいんだけど、聖水を作ってる所を見せてもらってもいいかな?」
「見学するならいいけど……。もし気分が悪くなったら言ってね?」
「うん。善処するよ」
「ならこっち来て」
そういって志木は、屋敷の中を案内される。
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