第18話 帰省

 特に多くない荷物を持って、志木たちは宿を出た。

「迎えはギルド前に来る予定だから」

 そういってルーナが先になって道を進む。

(ルーナの家は裕福かもしれないって思ったけど、本当は迎えに来るのは人間だけで、もしかしたら大八車のようなもので迎えに来るかもしれない可能性も微粒子レベルで存在しているかもしれない……)

 志木は非常にどうでもいいことを考えていた。

(それでも、結局のところ俺はルーナのことをまだ何も知ってはいないんだなぁ。俺は自分のことをさらけ出したんだけど)

 志木は勝手に、ルーナとの間に溝のようなものを感じる。

 しばらく歩いて、ギルドの前に到着した。すると、そこには割と近代的な馬車であるキャリッジが止まっていた。

「もう来てたのね……」

「えっ。アレがルーナの実家の馬車?」

「そうね。なんでこんな場所にこれで迎えに来るかなぁ……」

 ルーナは恥ずかしさ半分、呆れ半分と言った感じだ。

 一方で志木のほうは、ただ呆然としていた。

(やっぱりルーナの家って裕福なのか……?)

 そのまま二人は馬車に近づく。

 すると馬車のそばにいた男性が、ルーナのことに気が付く。

「お待ちしてました、ルーナお嬢様」

「その呼び方やめて。さっさと乗るから」

「かしこまりました。それと、そちらの方は?」

 そういって男性は志木の方を見て、ルーナに尋ねる。

「付き添い。一緒に連れて行って」

 ルーナはそのまま馬車に乗り込む。

「かしこまりました」

 志木は困惑しながらも、馬車へと乗り込んだ。

 一応外気を遮断出来るように、幌のようなもので覆われていた。残念ながら、外の景色を楽しむことは出来ないようだ。

 そのまま馬車は動き出し、ルーナの実家へと連れていかれる。

「ルーナ、本当に俺もついていっていいの?」

「うん。その方がいいと思うから」

(ほんまか? その言葉ほんまに信用してええんか?)

 心の中で関西人になる志木であった。

 そのまま馬車に揺られること約1時間。

 馬車はゆっくりと停車した。

「お嬢様、休憩の時間です」

 そういって幌が開けられる。どこかの宿場町のようで、馬に水や食料を与える場所のようだ。それに合わせて、人間も休憩を取る。

「今日の移動はここまでにして、我々も休みましょう」

 男性に言われるがまま馬車から降り、建物の一つに入る。

 階段を上がり、そのうちの一室に志木は入る。当然だがルーナとは別室だ。

 部屋はかなり狭く、志木は都内にある狭いビジネスホテルを連想した。

「……やることないし、寝るか……」

 ベッドに飛び込もうとしたが、その瞬間に思いとどまる。

(このベッド、本当に安全か……?)

 誰が使ったかも分からないベッド。このベッドは本当に汚れてないと言い切れるのか。

「うぅん……、でも眠気には勝てない……」

 結局志木はベッドに倒れこむ。そしてすぐに寝息を立てて寝てしまった。

 次に目を覚ました時には、日が昇る日差しが志木のことを照らしていた。

「朝か……」

 何とか体を起こし、部屋の扉を開ける。

 するとそこには、御者の男性が立っていた。

「おや、起きていらしたのですか。朝食が出来ています。付いてきてください」

 そういって男性は階段を降りていく。

(てっきり俺のこと置いていくつもりだと思ってたのに……)

 変な所で警戒している志木だった。

 1階に降りると、簡素なテーブルにパンとスクランブルエッグが乗った皿が置いてある。

 そのテーブルの椅子には、すでにルーナが座っていた。

「おはようカイト」

「おはよう」

「では、朝食をいただきましょう」

 男性が椅子に座ると、そのまま自分の両手を結ぶ。ルーナも同じように手を結んだ。

「天にまします我らが神よ……」

(え、何? 食前の祈りでも始まった?)

 志木は一瞬慌てたが、とにかく一緒のポーズを取る。

「……神の恵みに感謝を」

 そうしてルーナと男性は食事を始めた。

(そういえば、「いただきます」って言葉は神道由来って話を聞いたことがある……。おそらく今の言葉は、この世界でいう「いただきます」に相当するんだろうな)

 そんなことを思いながら、志木はパンをちぎって口に放り込むのだった。

 朝食を食べ終えると、すぐに馬車に乗り込んで宿場町を出る。

 その間も、ルーナとは特に会話らしいものはなかった。

(なんか気まずい……。何か話題でもあればいいんだけど、適切な話題が思いつかないぞ……)

 結局そのまま数時間が経過する。

 そして馬車が止まった。

「お嬢様、到着しました」

 そういって馬車の幌が開く。

 するとそこには、かなり大きい屋敷があった。

「でか……」

 志木は屋敷の大きさに、思わず言葉がこぼれる。ローマ帝国末期くらいの世界にしては、やけに近代的である。

 志木が馬車から降り、ルーナの後ろをついていく。

 正面の扉が開くと、そこには執事やメイドがズラリと並んでいた。

『ルーナお嬢様、おかえりなさいませ』

 一斉に頭を下げるメイドたち。その圧倒的な権力の高さに、志木は呆然としてしまう。

「カイト、緊張してる?」

 ルーナが志木に声をかける。

「え? あぁ、うん、そうだね……」

 少々声が震えている。

「ま、すぐに慣れるわ」

 そういってルーナは室内に入っていく。志木はルーナの後を追う。

 すると志木たちの正面に、老齢の執事が現れる。

「おかえりなさいませ、お嬢様」

「久しぶりね、タナット執事長」

「ご主人が書斎にてお待ちでいらっしゃいます」

「分かったわ」

「ところで、そちらの方は?」

 執事長は、志木のことを見る。

「付き添い。今はそれでいいでしょ」

「しかし、どこぞの者としれない馬の骨を連れていくのは……」

「いいの。アタシが許すわ。カイト、行くわよ」

 そういってルーナは歩き出す。

「えぇっと……。すみません、そういうことで」

 志木は執事長に頭を下げると、そのままルーナの後を追いかける。

「ルーナ、本当に大丈夫?」

「大丈夫よ。もし駄目でも、アタシが何とかするわ」

(頼もしいけど、フラグにしか聞こえないよ……)

 少し怖くなってきた志木。

 その時、ふと疑問が思い浮かぶ。

「そういえばさっき『ご主人が待ってる』って言ってたけど、ご主人って誰?」

「アタシのお父様よ」

「……ぬぇ?」

 ちょうど同じタイミングで、とある扉の前に到着する。

(ルーナの父親って、絶対嫌な予感しかしない……)

 志木は少し、いやかなり緊張する。女子の家族と面会するなんて、今までの人生でなかったからだ。

 そんな志木を置いて、ルーナは扉を開ける。

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