第16話 特訓

 太陽が地平線に近づくころ、志木は鍛錬に励んでいた。

「うぐぐぐ……」

「いい感じに壁が出来てるね。さっきよりも長い時間発動してる。いい感じよ」

「ぬぅぅぅ……!」

 しかし集中が切れたのか、壁が消え去った。

「はぁ……はぁ……」

「だんだん魔法が使えてきてるね。調子いいよ」

「どうだろうね……。個人的にはあんまり変わってないように感じるよ」

「そんなことないよ」

 ルーナは志木のことを持ち上げる。

(変わってないのは本当だ。何もしない状態で体感5分が限界。所詮俺はこの程度の人間なんだ)


Tips!:志木は努力してもなかなか成果に繋げられないと自認しているぞ。他の人が10の努力をして10の成果を挙げているのに対し、10の努力をしても1ぐらいしか挙げられてないと思い込んでるぞ。


 志木はチラッと西の空を見る。

「もう日も暮れるな。次で最後にしよう」

「じゃあ、ちょっとだけ実戦形式にしてみる?」

「実戦形式?」

「ちゃんと防御魔法として使えるか確かめるの。アタシが小さい石を投げるから、カイトは防御し続けてね」

「あぁ、うん……」

 そういってルーナは、裏庭の隅にあった小石を拾う。

「それじゃあカイトは魔法を発動して」

(大丈夫かなぁ)

 志木は心配になる。本当に魔法が発動しなかったら、今度こそ立ち直れないだろう。

(とりあえずやってみるか)

 そういって志木は手を前に差し出す。

 その時ふと思った。

(どうせならカッコいい呼び方で発動したいな……)

 数秒ほど考え、一つの言葉を口にする。

『ウォール・モノリス』

 すると、先ほどまで発動していた防御魔法が発動した。

「カイト、今の呪文なに?」

「マジか……」

 志木もルーナも驚いている。今までにない呪文の詠唱で魔法が発動したのだ。

「な、なんかとんでもない現場に遭遇した気分なんだけど……」

「それは後で考えようよ……!? 石を投げるなら早く……っ」

「あぁごめんごめん」

 そういってルーナは小石を手にする。

「それじゃあ、いくよ? せーのっ」

 ルーナが下から小石を投げる。

 小石は放物線を描き、壁に向かって飛ぶ。

 そして壁に触れる。

 志木の予想では、壁にポヨンと命中して衝撃が吸収されるような感じだと考えていた。

 だが、現実は違った。まるで鉄板にぶつかったように、ビタッとその場で止まったのだ。

 そして小石は、そのまま地面へと落ちた。

「な……」

 あまりの衝撃具合で、志木は魔法を維持することを忘れてしまった。

 それにより壁は消え、数秒の静寂が訪れる。

「……なんか、よくわかんない感じだね。色々と起きてて整理が追いつかないわ」

「そうだね……。とにかく、今日はこの辺にしよう。かなり疲れた」

 志木とルーナは宿の部屋に戻る。

 その日の晩。下弦の月が照らすベッドの中で、志木は考える。

(呪文の詠唱が異なっても、同じように魔法を発動できた。でもそれは、本当に同一の魔法だったのか? この世界に合わせた呪文は柔らかい板のようなもので、勝手に改変した詠唱は強化した魔法だったりするのだろうか?)

 横でルーナが寝息を立てているのを聞いていると、志木もだんだんと眠くなってくる。

(ま、今日は頑張ったほうだろ……)

 そういって眠りにつく。

 翌日。朝食を食べた志木は、再び裏庭で魔法の鍛錬をしようとしていた。

「ちょっと今日は確かめたいことがあるんだけど」

「確かめたいことって?」

「最初は普通の呪文を詠唱するから、ちょっと壁に触ってほしいんだよね」

「別にいいけど……」

 そういって志木は防御魔法を詠唱する。

『我は人類、壁よ防げ』

 すると、今までと同じように壁が出現する。

「それで、アタシは何をすればいいの?」

「まず、ゆっくりと壁に触ってほしい……!」

 志木は集中を切らさないようにしながら、ルーナに指示を出す。

「ゆっくり触るのね、了解」

 指示を受けたルーナは、指先をゆっくりと壁に近づける。

 すると壁は、粘液性の液体のような挙動でルーナの指を飲み込む。

「なんか変な感覚ー……」

「そしたら、一回手を抜いて、今度は叩いてみて……!」

「叩くの?」

 ルーナは少し困惑しながら拳を握り、強くドアをノックするように壁を叩く。

 すると、壁は先ほどの粘液性の液体ではなく、普通の壁のような挙動を見せた。つまりルーナの拳を止めたのである。

「えっ? さっきは防御の雰囲気すらなかったのに……」

 ルーナはかなり驚いている。

「ぅあ……っ」

 志木は集中の限界だったのか、魔法の発動を止める。

 だがこれで、志木はあることを確信した。

「やっぱり……。俺の防御魔法はダイラタンシー現象のような挙動を見せるんだ」

「ダイラタンシー現象って?」

「片栗粉と水を混ぜた液体のようなものだよ。ゆっくり触ればドロドロの液体なんだけど、強い衝撃が加わると一瞬で硬くなるんだ。おそらく俺の防御魔法は、そういう性質を持っている」

「うーん……。一言でいうと?」

「衝撃が強いほど防御が硬くなる魔法だよ」

「なるほどー」

 この説明でルーナは納得したようだ。

「だからって、これが実戦にどう役立つのは分からないけどね」

 そう志木は悲観して言う。

(でも、なんだか自分の新しい一面を見つけられたような気分だ。なんか気分がいい)

 少しだけテンションが上がった志木であった。

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