第15話 発動

 宿の裏庭に、志木とルーナは立つ。

「まずは魔法を発動するところからね」

「うっす」

「教本で見たと思うけど、まずは自分の身分を名乗り、その後に使いたい魔法を言葉にする。これが基本ね」

 そういってルーナは、手を前に出して呪文を唱える。

『ワガンバインゲン、ホノオトモルン』

 するとルーナの指先から、炎の塊が出現する。

「この辺は教本通りだね」

 炎の塊を消して、ルーナは教本を開く。

「カイトの場合、防御魔法の概念を言えばいいから……。壁を作るような感覚で行けばできると思うよ」

「ルーナは防御魔法使ったことないの?」

「あるにはあるけど、ちょっと難しいところもあるわね。大抵の人は防御魔法なんて使わないし、防御より攻撃のほうが好まれてる印象はあるわ」

(うーん。なんだか、この世界そのものに嫌われてる感覚がするぞ……)

 志木はそんなことを思ったが、それ以上考えるのを止めた。

「とにかく、やってみないことには分からないわ。自分の身分を言うのを忘れないようにね」

 これまで志木は魔法なんてものを使ったことはない。慎重に、ゆっくりと言葉を発した。

『我は人類、壁よ防げ』

 ルーナや教本に書かれているような、訛った日本語ではなく、日本語として聞こえる言葉。

 すると、志木の前に半透明の板のようなものが浮かび上がる。

「ぉっ……」

 志木は驚いて半歩後ろに下がる。それと同時に、板のようなものも消滅した。

「今のが防御魔法。集中してないと簡単に魔法は消えるから注意してね」

「はぁ……」

「それはそうと。さっきの呪文、なんて言ったの?」

「え?」

 ルーナの疑問に、志木は驚く。

「いや、いつもと同じ口調で呪文を唱えたんだけど……」

「全然そんな感じに聞こえなかったわ。どうしてだろう?」

 ルーナは少し考える。

「何かが変な作用でもしたのかしら……?」

 しかし、考えても分からないものは分からないのだ。

「まっ、魔法が使えるのが分かったことは、一つの収穫ね。それじゃあ今度は、その魔法を長く使ってみましょう」

(それでいいのか……)

 志木はツッコミを入れたかったが、それをするのは野蛮だろうと手を引っ込める。

「さっきと同じように、呪文を唱えて、集中して……」

 ルーナに言われるがまま、志木は再び呪文を唱える。

『我は人類、壁よ防げ』

 再び半透明の板が出現する。今度は集中を切らさないように、念を送る感覚で板の保持に努める。

「これがカイトの防御魔法……」

 ルーナは板の目の前にやってきて、ゆっくり板に人差し指を突き刺す。

 板はルーナの指を拒むことなく、まるで粘液性の液体の如く入っていく。

「わー……。なんかプニプニしてる……」

「それ……、防御魔法の感想ですか……!?」

 志木は目一杯に念を送る。それでも、ルーナの指の侵攻を止めることは出来なかった。

「カイト、魔法解除していいよ」

 ルーナに言われ、志木は魔法を解除する。目の前にあった板は消え、最初から何もなかったように振舞う。

「はぁ……、はぁ……」

「そんなに疲れた?」

「そりゃ、魔法なんて初めて使うから、力加減が分からないよ……」

「それもそっか。カイトの世界って魔法がなかったもんね」

 志木は深く深呼吸し、呼吸を整える。

「でも、防御魔法なのにあんな柔らかくていいのかな?」

「うーん、どうだろう……。防御魔法を使っている人に聞いたほうが早いかもしれないけど……」

 するとルーナは、何か思い出したような顔をする。

「あ、確かに防御魔法を使う人に心当たりはあるけど……」

「心当たりあるんだ」

「でも、ちょっと紹介しづらい人ではあるかぁ……」

「紹介しづらいって?」

「まぁ、アタシの家族、なんだけどさ……」

「ルーナの家族かぁ……」

 ルーナも年頃の女の子である。間違って男を実家に紹介なんてしたら、親御さんがなんというか分かったものではない。

「ちょっとそれは難しいかもなぁ……」

「ごめんね」

「いや、ルーナが謝ることじゃないよ」

 そういって志木は、腕を回す。

「もうちょっと魔法の練習したいんだけど、いい?」

「いいよ。アタシも見てるから」

 こうして志木の魔法の練習は、日が暮れるまで続けられた。

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