第14話 検証

 何とか感情を整えた志木は、これまで作ってきた石鹸と向き合う。

「この石鹸が、本当に洗浄能力を持っているのか実験しなきゃいけない」

「それもそうね」

「でも石鹸は、配合の違う物がすでに5個も用意されている。まったく手を洗っていない状態と比較するには、手の数が少ない」

「どうするの?」

「要するに、だいたい同じ環境の手が用意出来れば問題ないんだ」

 そういってメモ帳を取り出す。

「この間、宿の主人から聞いたことなんだけど、この町には浮浪者のグループがあるらしい。その浮浪者はおそらく衛生的な環境が送れていないはずだ」

「彼らに手伝ってもらうってこと?」

「その通り。比較方法の手段としてパンを使う。まずは軽く水で濡らした手で、パンの表面を触ってもらう。次に石鹸で洗った手で、同じくパンの表面を触ってもらう。これで数日ほど置いておけば、カビの有無や量を調べることが出来るはず」

「それを石鹸ごとにやるのね。パンに生えたカビの量が極端に少なくなっていれば、石鹸の効果がはっきりするし、どの配合が一番洗浄能力があるか分かるわ」

「一応比較対象として、宿の主人が仕入れてる石鹸も比較してみよう」

 とはいっても、まずは浮浪者のグループに接触しないことには始まらない。

 志木とルーナは、主人から聞き出した場所に向かう。

 街の外れにある空き家が集中している区画。ここに浮浪者たちが集まっているという。

「ここか……」

「すごい臭いね……。鼻がひん曲がりそう」

 肘で口元を抑えるルーナ。そんなスラム街のような場所に入っていく。

「そういえばルーナ。今回の実験に対する報酬っていくらまで出せそう?」

「そうね……。銀貨1枚、500ゼル出せば十分だと思うわ」

「よし、それでいこう」

 志木はその辺に座り込んでいた男性に声をかける。

「すみません。ちょっとお話いいですか?」

「あ? こんなクソみたいな所に何の用だ?」

「少し手伝っていただきたいことがあるんです」

「それをした所で何になるってんだ」

「もし協力してくれるなら銅貨1枚を差し上げます。そして協力してくれた後に銀貨1枚を追加で差し上げます」

「何……? 銀貨だと……!?」

 男性の目の色が変わる。

「そんなおいしい話、ほかの誰に話した……!?」

「いえ……、あなたが最初ですが……」

「詳しい話は後で聞く。人が必要なんだな?」

「えぇ、まぁそうです。全部で6人──」

「待ってろ、すぐに用意する」

 そういって男性は、ピューッとどこかへ行ってしまった。

「……条件そんなに良かったのかなぁ?」

「この辺の人にとっては魅力的だと思うよ」

 それから約10分後。先ほどの男性が人を連れて戻ってきた。

「約束の6人だ。まずは銅貨を出してもらおうか」

 志木とルーナは顔を見合わせ、一人につき1枚の銅貨を渡した。

「すげぇ、穴が開いてない銅貨なんて久しぶりだ」

「これで明日を生きるのには困らなくなった。それで、何をすればいい?」

「こちらのパンに触れていただくだけです」

 そういって、わざわざ丁寧に個包装したパンを取り出す。

「ただし、ルールがあります。まず最初に、軽く濡らした手で1枚目のパンを触ってください。その後、こちらで用意した石鹸を一人一つずつ使って手を洗い、同じように2枚目のパンに触ってください」

「……それだけでいいのか?」

「まぁ、それだけで済めばいいんですけど」

 志木は意味深な発言をする。

(これが強アルカリ性で、肌にダメージを与えるようなら、また考え直しなんだよなぁ……。そのあたりも考えての報酬なんだけどね)

 かなり腹黒い考えだろう。

 実験はすぐに始められた。まず全員の手を水で濡らしてもらう。そして順番にパンを触ってもらった。

「では次に、この石鹸を使って手を洗ってください」

「これで? あまり見たことない石鹸だなぁ……」

「これで手を洗った後、同じようにパンに触れてください。それで銀貨1枚差し上げます」

「本当か?」

「本当ですよ。石鹸も回収しますので、こちらに出して下さい」

 浮浪者たちは少し困惑している。それもそうだ。こんな単純なことで銀貨1枚貰えるほうがおかしい。何か裏があるのではないかと感じるだろう。

 しかし、金の魅力は大きい。全員志木の指示に従うのであった。

 こうして6人分、計12枚のパンを回収した。

「はい、大丈夫です。では約束通りに、銀貨を差し上げます」

 ルーナが順番に銀貨を出す。

「おぉ、本当に銀貨だ……」

「これで生きていける……!」

「では、自分たちはこれで……」

 志木たちはそそくさとその場を去る。

「とりあえず目的は達成出来た」

「それで、この後はどうするの?」

「まぁ、しばらくはカビが生えるのを待つだけだね。といっても3日くらいかかるけど」

「少し時間が出来るのね」

「そうだね」

「それだったら、魔法の練習してみない?」

「……それって俺が?」

「そう、カイトだって魔法が使えたほうが便利だよ」

「でも無属性の防御魔法しか使えないのに、練習してもなぁ……」

 志木は消極的であった。

「それでも、やってみないと分からないじゃない」

「うーん……」

 志木は考える。

(投げ出すことは簡単だ。でも、今の自分がそれをすると最悪死ぬかもしれない……)

「それじゃあ、やってみるか……」

「じゃあ、宿に戻ったらすぐ練習しよ」

 ルーナは志木に笑って見せる。

 そんなルーナに、志木は少しドキッとするのだった。

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