第13話 絶望と希望と
部屋に戻ってくるなり、志木はふて寝する。
当然だ。魔法の適性がない上に、無能と言われてしまったのだから。
「カイト……。元気出して」
ルーナはベッドの脇で、志木のことを慰める。
「まだ無能って決まったわけじゃないわ。これからの努力次第では、もしかしたら何かの才能に目覚める可能性だってあるわけだし……」
「ないよ」
ルーナの言葉に、志木ははっきり否定する。
「今までの人生もそうだった。何か努力しても、何一つ目標を達成することが出来ない。成果を挙げられない。結局使えない人間と見限られる。そういう人間なんだよ俺は」
「そんなわけ──」
「あるよ。一度死んでいる人間だからな。よーく分かる。こういう人間はどんな場所に行っても結局使い物にならないってね」
ルーナは押し黙ってしまう。
無言の時間が続く。わずかに志木の肩が震え出した。
「何のために異世界に転生したんだろうな。何か目立った力とか、秀でた能力とか欲しかったのに。こんなことになるんだったら、最初から転生なんてしなければ良かった」
涙声になっていく志木。自分でもポロポロと涙が流れているのが分かる。
「カイト……」
ルーナはかける言葉を失う。ただ、優しく志木の頭を撫でることしか出来なかった。
その日の夜は、ルーナは志木に気を使って椅子で寝る事にした。今の志木にこれ以上の負担はかけられないという判断だ。
月明かりが部屋の中を照らす。その明かりに照らされて、志木は静かに涙を流していた。
(結局、生まれ変わっても使えない人間だったかぁ。あの世に行ければ。こんな苦しい思いなんてしなかっただろうに。やっぱり死んだ直後の時に、もっと強く主張しておけばよかった)
そんな未練がタラタラとあふれ出す。
Tips!:志木はなんでもかんでも自分のせいにしたがる傾向があるぞ。そのうえ自分で人格否定まがいのこともするから、本当に手が付けられないぞ。
しばらく涙を流した後、志木は悲しみに溺れるように眠りについたのだった。
翌朝。日が昇るのとほぼ同時に志木の目が覚める。
昨日は無能の烙印を押されたばかりだ。その落胆した感覚は、未だ心の中で燻っていた。
「おはよう、カイト」
志木が起き上がると、ルーナがベッドのそばに立っていた。
「朝ごはん、食べよ? お腹空いてるでしょ」
確かに、昨晩は何も食べていない。空腹であることにも、今気が付いた。
机に出来合いの食事が並べられる。干し肉を挟んだサンドイッチ、ぶどう酒、彩りに添えられたわずかな野菜。
「昨日は散々泣いたから、今日はたくさん食べなきゃね。元気の源は、まず食べることからだよ」
そういってルーナはサンドイッチを手にし、それを食べる。
志木も気が進まなかったが、ぶどう酒の入ったコップに口をつけた。
少し冷えた飲み物が喉を通る感覚を感じて、志木は感情がグチャグチャになった。自分が生きる意味、生きているという醜態、使えない人材という事実。それらが頭と心を支配して、涙となって吐き出された。
「うっ……、うぅ……」
嗚咽が止まらない志木。現在の置かれた環境を再確認し、悪い未来を想像してしまったのだ。
しかし、腹が減っているのは事実。志木は泣きながらも、サンドイッチを口に運ぶのであった。
朝食を食べ終わると、志木は無気力のまま椅子に座っていた。
(これからどうすればいいんだろうな……)
何も出来ないというアンサーが、志木の思考をがんじがらめにしていた。
(いっそのこと、もう一回死ぬのがいいかもなぁ……)
そんなマイナスな思考ばかり思い浮かぶ。
Tips!:志木の考えの一つに、「死は救済」というものがあるぞ。死んでしまえば全てが無に帰す。それこそが救いだと割とガチで考えているぞ。
(死は救済なのかもしれないけど、俺は死んでも救済されなかったな……。救済するほどの人間じゃなかったか……)
そしてポツリと言葉をこぼす。
「……死にたい」
今まで抗うつ剤で抑え込んできた感情が一気にあふれ出した。
これまでにないほどの希死念慮が、志木のことを襲おうとする。
だが、志木の背中から温かい何かが、志木のことを包み込む。
ルーナだ。
「死にたいとか簡単に言わないで。カイトは頑張ってるわ」
「……そんなことない。俺は駄目な人間なんだ」
「本当にそう? この世界でのカイトの目標って何だったの?」
「それは……」
「石鹸、作るんでしょ? 何個も作ってきたじゃない」
「それはそうかもしれないけど……」
「大丈夫、カイトは十分強いよ」
そういってルーナは志木の頭を撫でる。小さいながらも、志木はぬくもりを感じた。
「カイトじゃないと、出来ないことっていっぱいあると思うの。アタシ、カイトが作った景色を見てみたいわ」
志木の中で、闇を振り払うような一筋の光が差し込む。
(期待してくれてる人がいる……)
たったそれだけのこと。しかし、志木にはそれだけで十分だった。
「……分かった。もうちょっとだけ、頑張ってみる」
「偉い偉い。カイトなら大丈夫。きっと大丈夫」
穏やかな昼下がりのことだった。志木は、小さな希望を見出したのだ。
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