第12話 魔法
いつの間にか夜が明け、部屋に朝日が差し込んでくる。
志木はついに一睡も出来なかった。それは背中にあるぬくもりが原因だったと言っても過言ではない。
(どうしよう。不眠と離脱症状が合わさって最強に気持ち悪い……)
そんなことを思っていると、志木の後ろから声が聞こえる。
「うぅん……」
(……先に出よう。その方が賢明だ)
そそくさとベッドを出て、志木は顔を洗いに行く。宿の裏庭に掘られた井戸から水を汲み、それで顔を濡らす。井戸水は冷たいので、眠気には効くはずだ。
部屋に戻ると、服を着て荷物を整理しているルーナが目に入る。
「おはよう、ルーナ」
「カイト、おはよう」
そのまま朝食に入る。
「カイトの今日の予定は?」
「そうだなぁ。石鹸の状態を確かめる事くらいかな」
「アタシはこの間貰った依頼を受けに行ってくるわ。順調に行けば、明日の夜には帰ってくるわ」
「うーん。そうなると暇な時間が出来るなぁ」
志木は何をして時間を過ごすか考える。
「それだったら、魔法の練習でもしていたら?」
「魔法? 異世界の人間でも使えるの?」
「たぶん……」
「たぶんかぁ……」
志木は思考をめぐらす。
(仮に使えなくても、暇つぶしにはなるかな……)
そう考えた志木。
「とにかくやってみないと分からないし、魔法の勉強でもするよ」
「分かった。そしたら、これを渡しておくわ」
そういってルーナは、自分のバッグから古めかしい本を取り出し、志木に渡す。
「これが魔法の教科書。初歩的な呪文がいくつかあるから、参考にしてね」
「ありがとう……」
そういって志木は受け取って表紙を見ると、目を見開いた。
「こ、これ……、日本語……?」
異世界であるにも関わらず、なじみ深い文字で書かれているではないか。
「二ホン語? これは極東共通語よ」
志木の頭に、余計に疑問符がつく。
貰った本の表紙には、明らかに「まほうのつかいかた」とひらがなで表記されている。
しかしルーナは、これは日本語ではないと言っている。
(どういうことだ……?)
色々と疑問が思い浮かぶ志木だが、一つの結論に至った。
(深く考えるのはやめよう)
考えるのを諦めて、素直に本を受け取ることにした。
「それじゃあアタシはそろそろ行くね。お金は置いておくから、食べるときとかに使ってね」
「あいよ」
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
ルーナが部屋から出るのを確認すると、志木は貰った本を手に取る。
そしてパラパラと数ページめくって、中身を確認する。
「明らかに日本語だ……」
初等教育用なのか、ほとんど漢字は使われておらず、ほぼ全てひらがなで表記されている。
「とりあえず勉強するか……」
これでも大学生である志木。一応勉強を本業としている学生だ。
「とりあえず最初から読んでいって……」
そうして勉強を始める。
しかし、まだ離脱症状が出ている志木。勉強の妨げに悩まされていた。
「くっそ……。これどうにかならないのか……?」
だが、最初に出ていた時よりはマシにはなっている。それだけを自信の源にして、勉強を続ける。
「……魔法は自分の属性と、発動したい魔法の種類を言えばいいのか」
そのページの下には例文として、水を召喚する呪文が書かれていた。
「えーと……。『ワシバ、ニンゲ、ントス。イデシリュウス』」
それらしい発音をしてみたが、全く反応もしない。
「ん? 今何か起きた?」
志木はもう一度呪文を唱える。
『ワシバ、ニンゲ、ントス。イデシリュウス』
もう少し流暢に話してみたが、それでも何も起きない。
「おかしいな……? 何も起きない……」
志木は別の呪文も試してみる事にした。
『モエンカエン』
『フキシカゼエ』
『モス』
いくつか呪文を唱えるも、何も変化がない。
「おかしい……。明らかに何かがおかしいぞ……」
実戦が出来なければ、これ以上教本を読み進めるのは難しいだろう。
「いや、普通に読む分にはいいか……」
そういって教本を読み物として読み出した。
そして数日後。
「ただいまー」
ルーナが帰ってきた。
「おかえり」
「うーん、疲れたぁ」
そういって荷物を部屋の端に置く。
「魔法の勉強はどうだった?」
「それが、全く魔法が使えなくてさ」
「魔法が使えない?」
そういって教本の呪文をもう一度唱える。
「……本当ね。全然魔法が使えてない」
「何かおかしな所あった?」
「そういうのはなかったわ」
少し考えた後、ルーナはある提案をする。
「ギルドの鑑定職員に見てもらいましょ」
「鑑定職員?」
「だいたいのギルドに常駐している、駆け出し冒険者のための職員よ。自分が前衛向きか後衛向きか、どんな武器を使うか。そういったのを一緒に考えてくれる人ね」
(なんか前世のキャリアアドバイザーのような感じかなぁ)
とにかく、魔法が使えなければ話にならない。志木は鑑定職員にお世話になることにした。
早速ギルドに向かい、ルーナの顔パスで鑑定職員と面接する。
「では、こちらの紙に書かれた質問を解答用紙に記入ください」
その紙に書かれた質問も日本語であった。
(回答も日本語でいいんだよな……?)
疑問に思いながらも、回答を記入していく。
それが終わると、針と何か木片のような物を持ってくる職員。
指の腹に針を刺し、わざと出血させる。その血を木片に滴らせると、木片の表面の色が変化した。
それを裏の業務スペースに持っていき、数分ほど待たされる。
そして職員が出てきた。
「カイトさんの結果なんですが……」
少し言葉を濁すように話す職員。
「各種魔法の適性に一致しませんでした」
「……えっ」
志木は思わず聞き返す。
「ペーパーテストの結果と合わせて説明しますと、カイトさんはおそらく無属性の防御魔法しか使えないと思います。ステータスも平均から考えると、全体的に低いですし……」
「それってつまり……、防御しか出来ない無能ってことですか?」
「はっきり申し上げますと、その通りになります」
志木の視界は真っ白になった。
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