第11話 理解

 志木は、自分のことを洗いざらい話した。

 精神疾患のこと。鬱症状のこと。石鹸が必要な理由。

 志木は自分のことを説明し、ルーナはそれを理解しようとする。

 やがて日は暮れ、夜が訪れた。

 それほどまでに、多くの説明を必要としたのである。

「……つまりカイトは、心に傷を負っていて、それを治す必要があったのね」

「理解出来ているなら幸いです」

 普通なら、聞いたことも見たこともない概念を理解するのは非常に難しい。だがそれでも、ルーナは志木のことを分かろうと努力したのだ。

「生きることに絶望してるなら、そういう考えにもなるのね……」

「まぁ、そんな感じです」

 志木が窓の外を見て、時間の経過を感じる。

「とりあえず、夕食でも食べましょう」

「そうだ。それ」

「え?」

「その丁寧な口調、どうにかならないの? 少し壁のようなものを感じるわ」

「うーん……。な、なるべく砕けた感じになるように努力するよ……」

「よろしくね」

 そういって志木たちは外食に出かけた。

 とは言っても、外食出来る場所など限られている。大人しくギルドに併設されている酒場に行くことにした。

 中に入ると、そんなに人は入っていない。

「あら? この時間なら人でいっぱいだと思ってたけど」

「待つよりかはいいんじゃない?」

「それもそうね」

 二人は小さいテーブル席に座り、メニューを眺める。

「ご注文はお決まりですかー」

 雑な接客をする店員。

「アタシはアララバシカのサンドイッチで」

「じゃあ俺はアララバシカのステーキでお願いします」

「あーい。オーダー!」

 店員が叫びながら厨房に入っていく。

「それで、この後はどうするの?」

「この後って?」

「一応石鹸を作ることはしてるじゃない? 今はどの配分が適切なのかを試しているけど、それが終わったらどうするのかなって」

「そうだねぇ……」

 志木は少し考えて、答える。

「割と最初から思ってたんだけど、この世界で石鹸を使う大切さを広めていきたいなぁって」

「啓蒙活動でもするの?」

「うん、そうね。この間家庭を数軒回ってみて、まだ清潔な状態になってないように見えたんだ。清潔にすることがいかに大事かを教えないといけない気がしてね……」

 志木は少し遠い目をしながら、そんなことを言う。

「でも、あんまり清潔にしないといけないって考えると、カイトのようになっちゃいそうだけどね」


Tips!:志木が強迫性障害になった過程として、最初は些細な汚れを気にしていたぞ。それがどんどん拡大解釈されていって、強迫的な行動になっていったぞ。


「かもね」

 志木は自虐的に笑う。

「あーい、おまちー」

 店員が現れ、それぞれの料理をテーブルに置く。

「とりあえず、今は食べよう」

「そうね」

 そういって二人は、料理に舌鼓をうった。

 宿に戻り、ルーナは寝る準備を。その間に志木は軽く風呂に入る。

(こうして風呂に入れるのはありがたい……。しかし、慣れってのは怖いな。最初は嫌がってた灰の石鹸を、ありがたく使わせてもらってるし……)

 そんなことを思いながら、志木は石鹸を使う。

 風呂から上がった志木が部屋に戻ると、ルーナが荷物を整理していた。

「戻ったよ」

「おかえり。髪の毛乾いたら、もう寝ちゃおっか」

 そういってルーナはベッドに入る。

「ん? なんでベッドに入ってるの?」

「寝るためよ」

「俺が寝る場所は?」

「隣で寝るんだよ」

「どうしてその思考になった?」

「アタシだってベッドで寝たい」

 志木は頭を抱えた。

(いや、でもここで追い返すのはさすがに可哀そうだな……)

 誰が好き好んで椅子で寝るのか。いくら慣れているからといって、窮屈な体勢で寝るのはかなりストレスが溜まるだろう。

「うーん……、分かったよ」

 志木は悩んだ末に、同衾を許可した。それを聞いたルーナの顔は明らかに喜んでいる。

(うーん……。こうしてみてみると、ルーナって結構可愛いよな……)

 ルーナの顔を見て、そんなことを思う志木。

 直後、頭を振る。

(駄目だ! そんな邪念を抱いたら嫌われる! ルーナに変なことをしたら、人間のクズの塊である俺から簡単に離れていくに違いない!)


Tips!:志木は自己評価が異様に低いぞ。鬱症状を患っているからこその思考回路だぞ。


 志木は部屋の灯りを消し、ベッドの前に立つ。ルーナはすでにベッドに横になっていた。

「じゃあ、寝る……か」

「うん」

 志木はベッドの手前側に入り、ルーナに背を向けて横になる。

(とにかく、変なことをしなければ問題ない……! このまま目をつむって眠れば……)

 その時、志木の背中にルーナの手が当たる。

(寝返りか……?)

 しかし志木の予想に反して、ルーナは体全体を当ててくる。

(な、なんだ……!? なんだこの状況は!? 一体なにがどうなっている……!)

 勝手にドキドキしている志木。

(こんなことされたら、好きになってまうやろ!)

 割と悶々とした夜を過ごすのであった。

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