第10話 回顧
様々な配分の石鹸を作るにあたって、とりあえずメモ帳に分量をざっくばらんに書いておく。
翌日以降は、これを基に石鹸を複数個作るつもりだ。
「今日はこのあたりにしましょう」
「そうね。だいぶ暗くなってきたし」
外はすでに日が落ちている。
「夕食は買ってきたパンを買っておいたから、これにしましょう」
夕食を食べ、早々に寝る準備を整える。ちなみに志木は風呂に入ろうとしたが、ルーナが変な目で見てきたので止めた。
志木はベッドに入り、目をつむる。
(今は頭の痛みもだいぶ引いてきたし、いい感じだ……)
だが、何かが心に引っかかる。焦燥感が志木のことを駆り立て、心が暴れそうになっている。
(な、なんだこの感覚……)
志木は、その感覚に覚えがあった。
何もないのに焦りだす。生きてはいけない。今すぐ死ぬべきという思考が志木の脳内を駆け巡る。
そして志木の目からは、涙が流れていた。
(あぁ、この感覚……。しばらく忘れてたな……)
希死念慮である。
Tips!:志木の持病は強迫性障害だが、それに伴う形で鬱症状があるぞ。強い鬱症状は、時に自己の存在を否定するぞ。
薬の服用を止めた影響だろう。志木が服用していたのは主に抗うつ剤。つまり鬱症状に対抗するための薬だ。
(あぁ……、俺異世界に来てまで何してるんだろ……)
現状に対する否定。
(そもそも生きるのが嫌だったのに、なんで生きてるんだろ……)
生きることの否定。
(こんなだから、前世ではまともに生きられなかったんだろうな……)
そして、ある考えに至る。
(一度死んでるし、また死んでもいっか……)
死への絶大な肯定感。それはまさに、救済のようであった。
しかし、そんな意思に反して、志木の体は眠りへと誘われる。
「転生、しなければよかった……」
ボソリと一言、呟いた。
翌朝。朝の日差しを浴びて、志木は目覚める。
重いまぶたを開け、天井を見る。
(……やっぱり起きた後はスッキリしてるな……)
Tips!:志木の鬱症状は、寝れば大抵解決するぞ。そもそも睡眠は生物にとって重要な行為だから、しっかりと寝よう。
志木は起き上がろうとするが、右手に違和感があるのを感じる。
そちらを見てみると、ベッドの脇でルーナが座り込んで寝ていた。その手は、志木の手を包み込むように握られている。
「……へ?」
突如として触れた異性の肌。初めて、いや、まだ幼稚園児だった頃の古い記憶の中で触れたことがある。
それほどまでに異性とは交流のなかった志木。それが、相手から突如として迫ってきたのだ。呆けても仕方ないだろう。
「ちょちょちょ……ニーナさん……?」
志木は若干震えた声で、寝ているニーナに声をかける。
「ん……。おはよう、カイト」
「おはようございます……。じゃなくて、ど、どうしたんですか?」
「何が?」
「その、これ……」
そういって志木は、ニーナの手を指す。
「あぁ。昨晩、カイトが苦しそうにしてたからね。ちゃんと眠れるように、そばにいたの」
ニーナは少し寝ぼけているのか、ちょっと甘え気味な声で話す。目も少しトロンとしている。
その姿を見た志木は、思わず顔を背けた。
(な、なんだこの感じ……! すげぇドキドキする……!)
おそらく恋心なのだろうが、それを志木は理解出来ていない。
結果として、ちぐはぐした状態になっている。
だんだんと意識がはっきりしてきたルーナは、現状をゆっくりと理解する。そしてスーッと手を引いた。
「さ、さて! 今日はどうしようかなー!」
ルーナはわざとらしく、少し大声を出しながら体を動かす。
志木も落ち着いたようで、ベッドから降りる。
「とりあえず今日は、昨日考えた石鹸の配合で作ります」
「なら、まずは材料集めね」
その日の午前中は、宿の主人から材料を貰い、配分を考えるのに使った。
そして午後からは、その配分で石鹸を作る。とはいっても、石鹸そのものは少量であるため、すぐに作り終えた。
夜までまだ時間がある。
「この後どうします?」
「そうね……。ちょっと知りたいことがあるのよね」
「知りたいことですか?」
「そう。アタシ、カイトのことを知りたい」
「……ゑ?」
思わず変な言葉が出てくる。
(俺のこと知りたいって……、つまりどういうこと!?)
志木は若干混乱する。考えうる可能性を挙げていくが、一つしか繋がらない。
(それって、俺のことが好きってこと!?)
志木の心臓はバクバクと鼓動していた。
「それって……どういうことです……?」
志木はやっとの思いで事情を聞く。
「カイト、昨夜言ったこと覚えてる?」
「昨日の夜……?」
志木は思い出す。
『転生、しなければよかった』
その一言を。
「転生しなければよかったって言ってたわよね?」
「あぁ……。確かに言ってましたね」
「せっかく生きてこの世界に来たのに、どうしてそんなに生きるのを否定するの? アタシ、そんなカイトの姿見たくない……」
感情が籠っていたのか、ルーナの目から一粒の涙がこぼれる。
それを見た志木は、ハッとなる。
(俺は自分を否定していたけど、それによって身近な人も不幸にさせている……)
それを思ったとき、志木の中である感情が芽生える。
(俺は、俺のことを思っている人のために生きなくちゃいけないんだ……!)
志木は決断する。
「分かりました。自分のこと、話します……!」
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