第6話 開始

「それで、ちゃんとした石鹸作ってどうするのよ?」

 ルーナが聞く。

「まずは自己満足のためです。ここで灰の石鹸を認めてしまったら、今まで持っていたプライドが許さない。だから自分のために作るんです」

「ふーん。何かしらの目標があるのはいいことね」

「しかし、自分はこの世界について何も知らない。人々がどうやって生活しているのか? 習慣や風習を知る所から始めないといけません」

「どうやって生活しているか知らないって……。今までどうやって生きてきたの?」

「実は、数日前にこの世界に転生してきたんです。自分はこの世界の人間ではありません」

 志木は自分の事をあっさりと吐いた。別にそれで不都合があるとは思えなかったからだ。

「カイト……、異世界人だったのね」

 ルーナもあっさりとこの事実を受け入れた。

「異世界人……? 自分以外にも異世界からやってきている人がいるんですか?」

「そうね。そんなに多くはないけど、そういう存在は昔からいるわね」

 志木は少し安堵した。自分と同じ境遇の人がいたからだ。

「カイトの事情はよく分かったわ。そうなると、ここで生活する人の調査をする必要があるのね」

「話が早くて助かります。この辺りに住む人々は、石鹸をどれだけ使うのか? 販売している価格は? さらにそれぞれの家庭の生活状況も確認しないといけません」

「もはや学者みたいなものね」

 そういってルーナは少し考える。

「……学者なら、どこか国家機関にでも所属したほうがいいのかもしれないけど……。とにかくお金がかかるのよね」

「そこは、自分も協力します」

「いや、駄目ね」

 志木が意気込んでいた所に、ルーナが水を差す。

「今のカイトが、冒険者としてやっていける気がしないわ」

「そんな弱く見えます……?」

「見えるわね」

 志木は露骨に落ち込んだ。

「それじゃあ、こうしましょう。アタシは依頼を受けてお金を稼ぐ。その間に、カイトはこの辺で調査する。それでいいでしょ?」

「でも、見ず知らずの人に生活の様子を見せてくれるんでしょうか?」

「そうね……。その時は、ハシャリの関係者って言えば何とかなるはずよ」

「……? そうですか……」

 志木は少し違和感を持つものの、余計な詮索はしないことにした。

「明日以降の予定も決まったし、今日はもう寝ましょう」

 そういってルーナは、部屋にある椅子に座る。

「え、そこで寝るつもりですか?」

「別に問題ないわ。冒険者をしていれば、どんな場所でも寝れるようになるもの。カイトはベッドを使っていいわ」

 そういって上着を布団代わりにして、ルーナは目をつむる。

「そ、それじゃあお言葉に甘えて……」

 志木はベッドに入り、目を閉じる。

 まだ離脱症状が出ているが、一番ひどい時よりはマシになっていた。

(とりあえず、何とかなりそうだな)

 そんなことを思いながら、志木は眠りに落ちていく。

 翌朝。目を覚ますと、すでにルーナは起きていた。

「カイト。しばらくこの部屋を借りたから、ここを拠点に活動して。アタシはこれから依頼を受けてくるわ。机にお金置いておくから、必要になったらお昼ご飯とか調査の協力金として使って。じゃ」

 そういってルーナは部屋を出る。

「……なんつうか、母親みたいだなぁ……」

 志木はそんなことをボソッと呟くのだった。

 早速志木は、調査を始める。まずはお世話になっている宿の主人に話を聞く。

「風呂場の石鹸について知りたいと?」

「そう。あと紙と鉛筆があるなら欲しいんだけど」

「紙と鉛筆なら、向かいの雑貨屋で売ってるよ」

「なるほど。それと、どれがどういうお金なのか分からないから、教えてほしい」

「ゼルを知らないのか? お前さん、もしかして異世界人か?」

「そうなんだよ」

「なら仕方ない。特別に教えてやろう」

 この国では、ゼルという通貨単位があるらしい。銅貨、銀貨、金貨にそれぞれ穴が開いている物と開いてない物の2種類があり、計6種類あるそうだ。

 穴あき銅貨1枚で1ゼル。穴なし銅貨1枚が10ゼル。穴あき銀貨1枚が100ゼル。穴なし銀貨1枚が500ゼル。穴あき金貨1枚が1000ゼル。穴なし金貨1枚で5000ゼル。

「ま、ざっとこんなものか。ここには500ゼル硬貨までしかないが、まぁ数日は腹が減ることはないだろう」

「なるほど。ありがとう」

「それで、石鹸について聞きたいらしいが、聞いて何をするんだ?」

「自分のいた世界の水準に近い石鹸を作るつもりでね」

「ほう。異世界からの技術が入ってくるとは、ありがたい話だ」

「それじゃあ、先に紙と鉛筆を買ってくる」

 志木はすぐに雑貨屋へと行き、メモ用紙と鉛筆を購入する。合わせて5ゼルだ。

 宿に戻ると、志木は主人に質問をぶつける。それによって次のことがわかった。

 石鹸は各家庭ごとに作られる場合が多い。この宿では、海辺の街から買っているようだ。しかも、風呂場においてある石鹸はそこそこの高級品のようだ。衛生観念という概念は存在しているが、そんなに気にしている様子はない。理由として、この世界には聖水が存在するからだ。それをお湯を張った湯舟に混ぜることで、体にまとわりついた瘴気を洗い流すという習慣があるそうだ。

「なんか割と雑だな……」

「そうか? 今まで疑問に思ったこともないからなぁ」

(とにかく、必要最低限のことは分かった。次は街に出てみるか)

 志木は宿の外に出るのだった。

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