第7話 調査
宿を出た志木は、特にあてもなく街中を歩く。
「宿の主人からは色々話は聞けたけど、もうちょっと具体的な内容が欲しいな……」
ふと顔を上げてみると、目の前を泥だらけの子供が横切る。その子供は、横の道へと入っていった。
そちらの方は住宅街となっているようだ。
「……実際に生活している人に聞いたほうがいいな」
まだ痛む頭を軽く叩きながら、志木は住宅街の方へと入っていく。
すると、さっき見た泥だらけの子供が、家の前に立っているところを見る。どうやら玄関先で母親に怒られているようだ。
「全く、どれだけ汚したら気が済むの?」
「ごめんなさい……」
それを見た志木。
(これはチャンスってヤツでは……?)
志木にとって耐えがたい汚れを持っている子供。それを落とすには、少なからず石鹸のようなものが必要だ。
志木は小走りで、その家へと向かう。
「すみません。ちょっといいですか?」
「え? だ、誰ですか?」
母親は、急に出てきた志木のことを警戒して、子供を家の中に入れる。
「あ、いや、怪しい人ではないです。ちょっと知りたいことがありまして……」
しかし、母親は警戒している。正直入り込む隙はない感じだ。
(やべぇな。完全に警戒されてる……。どうすっかな……)
その時、志木は思い出した。ルーナから言われた言葉を。
『ハシャリの関係者って言えば何とかなるはずよ』
(……信じるしかない)
志木は母親に視線を向け、でまかせを吐く。
「実は、ハシャリの関係者でして……。あいにく身分証とかは持ってないんですが……」
「ハシャリって……、あのハシャリ?」
「はい、そうです」
「あぁ、そうだったんですね。それで、うちにどのようなご用が……?」
(うまくいった……?)
とにかく今は、騙せるだけ騙すことにした。
「それがですね、現在の生活と衛生の関係について調べてまして……」
「衛生ですか?」
「今の生活の状況と、どれだけ綺麗にしているか、ざっくりと教えていただきたいんですよ」
「はぁ、それくらいなら……」
こうして志木は、この世界の生活水準と衛生観念について知ることが出来た。
これを数軒ほど回って聞きこむ。
「とりあえず、いくらか聞き込みは出来たな」
宿に戻り、メモした内容を確認する。
生活については、おおよそローマ帝国末期くらい。ただし、こちらの世界のほうがより豊かな生活水準をしているという印象だ。
衛生観念については、宿の主人から聞いたくらいの雑さであった。おおよそどの家庭にも聖水が準備されており、これを水で薄めて使用しているようだ。ただし、泥がついたようなひどい汚れだった場合は、家庭で手作りされた簡単な石鹸を使用しているらしい。
「特に新しい情報は出てこなかったな……」
志木は少し考える。
(石鹸を使うのは物理的に汚れたときだけ……。この世界では汚れに対して寛容なのか……?)
Tips!:志木は汚れに敏感すぎて、普通の基準が分からなくなっているぞ。
そんなことを考えていると、部屋の扉が開く。
「帰ったわ」
ルーナが戻ってきた。
「お帰りなさい」
「話聞けたの?」
「えぇ、いくらか」
「お金は足りた?」
「はい」
ルーナは目の前の椅子に座る。
「で、この世界の様子はどうだった?」
「ちょっと不思議な感じですね。石鹸があるのに、わざわざ聖水を使っている辺りとか」
「どうしてそう思うの?」
「普通に石鹸を使えば、手に付いた汚れや菌をあらかた洗い流せるでしょう?」
「菌? 菌ってどういうの?」
「え? それはブドウ球菌とか、各種食中毒の原因菌とか……」
「……何それ?」
「……え?」
少し考えて、志木は気が付いた。
「あ……! そこまで技術が発展してないのか……!?」
細菌を発見したと言われるオランダの商人、アントニ・ファン・レーウェンフックが、実際に細菌を自作の顕微鏡で見たのは1680年ごろとされている。
この世界の技術水準は、ローマ帝国末期に近い。すなわち、そこまで技術が発達していないのだ。
「これは盲点だった……」
「何の話……?」
志木は手で顔を覆う。それなら細菌の存在を知らなくても辻褄が合う。
そして志木は、また気が付く。
「……もしかして、聖水を売っているのは教会だったりします?」
「そうね。厳密には国王の命令によって教会が販売を代行している形になるわ」
「あー……。なるほどねぇ……」
国王が命令しているとはいえ、教会が販売しているとなると、そこには利権が大きく関わっていたりする。
(めんどくせー……)
もし石鹸を作るために大量の材料をかき集めているとなると、それだけで攻撃の口実を作っていることになる。そうなれば命の保障はない。
(いや、でも一度死んでいる身。今更死ぬのは怖くない)
志木は腹をくくった。
(この際だから、教会なんて無視しよう!)
志木は改めて決意するのだった。
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