第5話 風呂

 荷台で揺られること半日ほど。

 日が暮れる頃には、エルフの村よりは発展している街へとやってきた。

「ほい、今日の依頼分だ」

「ありがとうございます」

 商人から硬貨のようなものを受け取り、ルーナは商人を見送る。

 彼女のそばには、まだ気分が優れていない志木がいた。

「……で、これからどうするの?」

「……何の話ですか?」

「アタシはエルフの村長から、カイトを村の外に出すように言われたわ。多少の金品を貰ってね」

 そういって、金になりそうな指輪を見せる。

「村の外に出るって言われても、特に目的もないですし……」

「それじゃあ、放浪するの?」

「放浪……。確かにすることはないので放浪しても問題ないですね」

 そんなことをボヤく志木に、若干冷ややかな目を向けるルーナ。

「……駄目ね。カイト、見た感じで生きていける気がしないわ」

(当然っちゃ当然だろ。今まで現代社会の恩恵を最大限に堪能していたんだから)

 志木に限らず、現代日本で生きている人間はほぼそうだろう。

「とにかく今日はどこかに泊まるしかないわね」

「泊まるって、どこにです?」

「その辺のいい感じの宿ね。ちょっと気になることもあるし」

「気になること?」

 志木には、ルーナが意味深なことを言っているようにしか聞こえない。

「とにかく付いてきて」

 ルーナは街中へと向かって歩く。志木は大人しく追いかけるしかない。

 しばらく歩いていると、大きめの建物が見えてきた。

「少々お高い宿だけど、今日はここに泊まるわよ」

「なんか宿泊料高そうに見えるんですけど……?」

「別に大丈夫よ。アタシ結構稼いでる方だから」

 そういって中に入る。

(なんか……、男女で宿泊するって、そういうホテルに入るような感じがする……)

 なお、志木がそういう店やホテルに入った経験は一切ない。

 そのまま部屋に入る。部屋は椅子と机とベッドだけという、意外にも簡素な部屋だった。

「それじゃあ、一回街に出て洋服とか買いましょ」

「服?」

「カイトの服はいい香りなんだけど、少し匂いが強いし汚れてるから一度洗濯した方がいいかなと思って」

 そんなこんなで夜市にやってきた二人。

「この辺の服を何枚か買っておけば大丈夫ね」

 そうして、今の時期である夏にあった服装を数着、タオルのようなものも一緒に買い込んで宿に戻る。

「それじゃあ、主人にこれを渡して」

 そういって硬貨を少し貰う。

「これは?」

「これを主人に渡せば、お風呂に入れるわ」

「お風呂ですか!?」

「急に元気になった……」

「シャンプー……、いや、石鹸はありますか!?」

「あ、あるはずよ」

「よっしゃー!」

 いまだ離脱症状が残っている志木だが、そんなことがどうでもよくなるくらいにテンションが上がっている。

「それじゃ行ってきます!」

 廊下を走って、主人のいるフロントへ向かう。

「主人! お風呂使わせてくれ!」

 そういって硬貨を出す志木。

「あ、あぁ……。風呂はそっちの廊下の先にあるよ」

「どうも!」

 志木は勢いよく廊下を進み、風呂へと向かう。

 すると、廊下の奥に扉が二つある。その手前から男性が一人出てきた。

(男風呂は手前の扉か)

 はやる気持ちを抑えつつ、志木は扉を開ける。

 そこには脱衣所があった。志木は持ってきた服と、今着ている服を籠に入れ、タオルを持ってさらに先の扉を開く。

 そこには、小さいながらもいい雰囲気の風呂があった。

 ここまで来て分かったが、どうやら日本の銭湯と似ているようだ。ならば作法は分かっている。

(とにかく今は石鹸の有無を……)

 そういって風呂の中を見渡す。

 すると、風呂場の隅の方に何かが山盛りになっていた。

「これは……」

 志木は近づいて見てみる。するとそこには、ドロッとしたクリームみたいな物がたらい一杯に入っていた。

 なにやら灰色に近い白色をしている。

「……まさか」

 志木はある考えに至った。

 志木はクリーム状のそれを指で掬う。そして手の甲に塗りたくった。

 感覚としてはハンドクリームに似ているだろう。そこに風呂の湯を一滴たらし、さらに塗りこんでみる。

 すると、若干ではあるものの、泡立ちが見られた。

「まさか、これが石鹸……? しかも灰で作られた……?」

 そう、灰で作られた原始的な石鹸が、目の前にあったのだ。


Tips!:志木にしてみれば、灰は回避すべき汚れになるぞ。しかし、その灰で作られた石鹸は回避すべきかどうか、判定がバグっている状態に陥っているぞ。大変だね。


 志木は落ち込んでいた。

(いや、過度な期待をしていた俺が悪いのか……)

 そういって灰の石鹸を見る。

(これは石鹸……。いやでも灰で作られてるから……)

 しばらく考えた後、志木は灰の石鹸を掬って、全身を洗うのだった。

 少しした後、志木は部屋に戻った。

「お帰り。石鹸はあった?」

「ありました……。しかし、思っていたのと違ってました……」

「思ってたのと違う?」

「ルーナさん、俺決めました。俺、ちゃんとした石鹸を作ります」

 志木は強く決意したのだった。

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