第4話 決意
ククビ村長の判断で、この村に滞在することになった。
しかし、一つ条件がある。
『予定ではあと二日の間に、人間の商人がやってくることになっている。この村の滞在はそこまでになる。エルフと人間、本来は相反する存在。種族として共に歩むことは出来ても、個人が共に歩むには上手くいかない。我々の接触は最小限にするべきだ』
とのこと。
(つまり、2日か3日後に来る人間の商人と、この村を出ていくようにってことかぁ)
確かに、エルフは長寿の種族。数百年は平気で生きる。人生50年だか100年だかの人間とでは、いつまでも一緒にいることは出来ないだろう。
「それじゃあ、その商人が来るまでは私の家に泊まっていってください」
「ありがとうございます」
こうしてリーナの家に戻ってくる。
家に戻ってきて早々、志木が切り出す。
「あのー、ここの家のトイレってどこですか?」
「家の外に出て、裏の小さな小屋です」
「ちなみに石鹸とかってあったりします……?」
「石鹸? 魔法で呼び出した水を使えば問題ないですよね?」
「あっ……、スゥー……」
志木は天を仰いだ。そして理解してしまった。
(おそらくこの家……。いや、この村には石鹸はなく、魔法で召喚した水で衛生的に保っているんだ……。おそらく手に付着した細菌や汚れを、魔法の水で流して消毒しているのかもしれない……)
志木は今の会話でこの事実を理解した。
Tips!:志木は手を綺麗に保つことを最重要事項にしているぞ。そのためには石鹸を使って泡立った状態にし、それを手首まできっちり洗浄していることが必要になる。この際「石鹸の泡を使って手を洗い流した」という事実が、志木の中での「手を洗った」という判定になるぞ。めんどくさいね。
今の志木に取れる手段は二つ。
(手を洗う、もしくは体を洗うという行為を一切止めるか……。ただの水で妥協するか……。この選択が俺の未来を変えるといっても過言ではない……!)
そこまでの意味はないと思うが、この選択次第では志木の今後の異世界生活に影響を及ぼす可能性がある。
(最悪、この世界には石鹸が存在しない可能性もあるわけだ。そうなればどうする? 使えるかも分からない魔法に頼るしかないのか?)
その時、志木の頭の中でシナプスが繋がった。
「そうだ、ないなら作ればいい」
答えは単純である。ないなら作る。それが人間の進化の原動力だ。
「とにかく手あたり次第確かめてみよう」
しかし、直後に志木の腹部が少し痛み出すだろう。
「と、とりあえず今は、手を洗うのは我慢しよう……」
リーナに変な顔をされながら、志木は外のトイレへと向かうのだった。
それから2日後。エルフの村に商人がやってきた。
「どうも、村長」
「いつもご苦労様」
村長から商人に対して、志木に関する話をしてくれるらしい。
そんな時に志木は何をしていたかというと……。
「うぉぉぉ……! 頭が、頭が割れるように痛いぃぃぃ……!」
リーナの家のベッドでのたうち回っていた。
Tips!:志木は異世界転生するまで、SSRIと呼ばれる抗うつ剤を服用していたぞ。抗うつ剤の中には、急に断った時に「離脱症状」と呼ばれる身体的・精神的症状が発生することがあるぞ。
志木の場合は、服用していた薬を異世界転生により急に断ったため、離脱症状が現れたのだ。頭痛の他に、めまいと吐き気を催している。
「どうしよう……。魔法で治療しても、効き目が悪い……」
リーナは若干焦っていた。だいたいの症状は魔法で治してきているエルフ族ゆえに、今の志木のようなことは滅多に起きないのだ。
そんな時、彼女の家の玄関が勢いよく開く。
そこには、全身赤色の服装で彩られた人間の女性がいた。
「あのー……、どちら様?」
「今日来た商人の警備任務を受けた冒険者です」
その声色は、どちらかというとイライラしているような口ぶりだ。
「村長さんから話は聞いています。連れて行ってほしいのはその男性ですね?」
「は、はい……」
そういうと、女性は何か言葉を発して志木のほうに近づく。
そしてそのまま志木の体を軽々と持ち上げてしまった。明らかに女性のほうは華奢で、体重差が存在していそうなのに。
「うぇ……、吐きそう……」
「我慢して!」
そのまま家の外に運び出されると、荷台のようなものに雑に積み込まれる。
「ぐぇ」
「対象を回収しました。出してください」
「お、おう……」
そのまま志木は、ロクな別れの挨拶も出来ずにエルフの村を出発した。
「うぅ……、あたまいたい……」
そんな弱っている志木の元に、先ほどの女性がやってくる。
「はい、これ」
そういって女性は、一見すればただの草を渡してきた。
「……へ?」
「体調悪いんでしょ? これ食べればなんとかなるから」
女性は半ば強引に志木の口に草を突っ込む。
志木は、大人しくその草をガムのように噛む。
(……苦)
「さっきは悪かったわね」
「え?」
「強引に引きずりだしたこと。ああでもしないと、あの村に憑りつかれるかもしれないし」
「あぁ、まぁ、別に……」
「そういえば名前は? アタシはルーナ・ハシャリ」
「あ、志木海斗です」
「よろしく、カイト」
こうして彼女、ルーナとの出会いを果たすのだった。
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