第2話 遭遇

 一人森の中に放り出された志木。

 これからの行動をどうするか、ということより深刻な事態が発生していた。

「クソッ……。手が、上半身も汚れてしまった……」

 完全に意気消沈している。

「手が汚れたら、食べ物も汚染されるに決まってるでしょうが……」


Tips!:志木の認識では、地面などで汚れた手で他の場所を触ると、その部分も汚染されるという判定になるぞ。


 こんなことをブツブツと呟いているが、そんなことをしても仕方がない。

「とにかく、この森を脱出する必要がある……。水や食料の問題はそこから考えるか……」

 志木は、意を決して森の中を進む。割と鬱蒼としていて、かろうじて今が昼であることしか分からない。

「やっぱりサバイバル関連の本でも買って読んでおくべきだったな……」

 志木はそんなことをボヤくが、今更前世の行いを悔やんでも後戻り出来ないのだ。今は前に進むしかない。

 そうして体感時間で1時間が過ぎる。今の恰好でも過ごしやすい気温ではあるものの、動いている分だけ汗が出る。そして喉も乾く。

「水……。水が欲しい……」

 しかし近くから水の音はしない。せめて何か食べるものがないか探す。

「いやでも、この辺の木の実を食べたら食中毒になったりするかも……」

 余計なことを考えて、勝手に不安になっていく志木。

「そもそも異世界転生ってなんだよ……。個人の意志ならともかく、自称神が勝手に異世界転生させるなよ……。せめて本人の同意取れって……」

 一応自分の意志で異世界に転生している志木。おそらく人に言う資格はない。

 そんなこんなで3時間ほど森の中を歩いたのだろうか。周辺は徐々に暗くなっていき、気温も若干下がってくる。

「このままじゃ、森の中で一晩明かすしかないじゃん」

 このまま地面に寝転がるのは少々抵抗がある。それに、野生動物などに出くわす可能性もある。ならば木の上にでも登るのが賢明だろう。

「しょうがない、最善の手で行くか」

 そういって志木は手頃な木を探し、そこに登った。

 いい感じの枝を見つけると、そこで楽な姿勢を取る。

「はぁ……。こんな調子じゃ、森から脱出するなんて無理だなぁ……」

 その時であった。

 近くでガサガサという音が聞こえる。それを聞いた志木は、思わず息を潜めた。

 かなり近い。夜行性の動物なのだろうか。どちらにせよ、遭遇したら志木に勝ち目はないだろう。

 音が近づいてくる。足音で志木は気付いた。

(二足歩行に近い……。人間?)

 四足歩行の動物とは違い、明確に足音が分かれて聞こえてくる。

(けど、相手が誰であるかは分からない。もしかしたら未知の二足歩行生物かもしれないし)

 その姿を見るまで、息を潜める志木。

 そしてその姿が見えた。人である。どうやら弓矢を携えて、森の中を歩き回っているようだ。

 志木は声をかけようとする。その時ふと思った。

(異世界なら、言語体系とかも異なるはず……。こちらの声が分からない可能性だってある。第一声が動物の声に聞こえたら、それこそ矢で仕留められておしまいだ)

 数秒考えた志木は、答えを出す。

(ここはスルーしよう)

 そういって呼吸を整えようとした時だった。

 急に頭から血が引いていくような感覚。視界が黒くなっていく。

「あ、やば……」

 不安定な足場にいるため、そこから簡単に崩れ落ちる。遠のく意識の中で、最後の力をふり絞って近くの枝を握った。

 それからどれだけ時間が過ぎたか。感覚としては、ほんの1秒くらいだろうか。

 意識が戻ったときは、全身に痛みが走った。

(落ちたときに全身打ったかな……)

 視界が明瞭になってきて、周りの把握をする。

 そこは、どこかの小屋のようであった。ランタンのような灯りがあり、木材で出来た壁や天井を照らしていた。

 手からは、柔らかい羽毛のような感触が伝わってくる。どうやらベッドのようなものに寝かされているようだ。

 志木は起き上がろうとして、体に力を入れる。

「いッ……!」

 力を入れたと同時に、全身に痛みが走る。やはり打撲したような感覚だ。

「ふぅー……」

 力んだ力を解放するように、息を吐く。

 すると、視界の隅で何かが動いた。

「目が覚めましたか?」

 するとそこには、一人の女性がいた。しかも言葉が通じる。

「あの、ここは一体……?」

「ここは私の家ですけど」

 そういって女性は、志木のことを覗き込む。すると、志木はある特徴に気が付いた。

「耳が尖ってる……」

 人間ではなかなか見られない特徴的な耳の形。

「まさか、エルフ……?」

「え、そうですけど……。もしかしてエルフを見たことないんですか?」

「見たことはあります……。いや、実際に見たことはないんですけど……」

「何か、文献で見たということですか?」

「あー、うん……。まぁそんな感じです」

 志木は答えをはぐらかした。

(この世界で、違う世界から来ましたなんて言えないよなぁ……)

「けど、ビックリしました。まさか我々エルフしか入ることの許されない場所で、人間が発見されるなんて……」

「……え?」

「しかも、この村で人間を入れることなんて数年もやってなかったのに……」

「え? え?」

「後で村長の所に行かねばなりません。今は全身の傷の治療が優先ですが」

(なんだかすごいことになっちゃったぞ……)

 志木は、先行き不透明な状況に不安になっていく。

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