異世界転生したくない!

紫 和春

第1話 転生

 どこまでも広がる白い空間。

 そこに女神と、一人の男がいた。

「おめでとうございます、志木海斗さん。あなたは異世界転生出来ることになりました」

 そう女神が告げる。

 志木と呼ばれた男は、数秒ほどポカンとしたのち、大粒の涙を流しだす。

「なんで異世界なんかに転生させるんですか……?」

「……へ?」

 女神は思わずポカンとしてしまう。

「現代日本人って、だいたい異世界に転生したいって欲求があるでしょ……?」

「んなわけないでしょ! 神様なら、俺がどれだけ死にたがっていたのか分かるでしょ!?」

「知らないわよ!?」

「神様なのに人間のこと知らないって、じゃあアンタは何者なんだ!?」

「いや神様ですが?」

 いきなり漫才のような応酬をする二人。

「毎日毎日死にたいと思って、死ぬことだけが唯一の希望だと思って生きてきたのに……。ようやく死ねたと思ったのに……」


Tips!:志木海斗は精神疾患を患っているぞ。主たる症状は強迫性障害、それに付随して鬱症状や希死念慮があるぞ。


 女神は神様特権で、志木に精神疾患があることを理解する。

「いやでも、異世界行けばワンチャンなんとかなるでしょ?」

「ならないよ……。どうせ転生先は中世ヨーロッパ風でしょ……。知ってるよ、そんな時代に石鹸なんてロクにないんだ……」

「なんでそんな後ろめたいのよ……」

 女神は女神で困惑しているようだ。

 しくしく泣いている志木は、あることを思い出す。

「そうだ、薬……。現世に戻ってこないなら、せめて薬を持ってこないと……」

「それは無理。今の着の身着のままで異世界に行くことになってるから」

「無茶な事言わないで! 薬がないと生きていけない!」

「注文多いわね……」

「女神ならその辺何とかしてよ!」

「とは言ってもねぇ……。私も案内役みたいなポジションだし……」

「じゃあ何なら出来るんだ!? そもそもアンタ神か!? どの神だよ!?」

「どの神って、ここで宗教戦争でもするつもり?」

「そもそも輪廻転生の対象にしてる宗教は仏教とかじゃないのか!?」

「いや神でも輪廻転生に関係してますが?」

 ああ言えばこう言う。志木はひとしきり暴走すると、少し落ち着く。

「異世界に転生するとは言っても、結局生きるという行為に意味を見出せないんです……」

「あー、まぁ、最近の若者には多いわよね……」

「だから死んでしまえば全部終わりだと思ってたんです……。けど現実は違った……。人のことを無理やり転生させようとしてくるなんて思わないじゃないですか……」

「でも、前とは違う生き方が出来るかもしれないじゃない」

 女神は志木のことを慰める。

「いっそのこと、自分の記憶を全部消したほうがマシです……」

「それは私の業務外だから無理ねぇ」

「うぅ、それならいっその事死んでしまいたい……」

「もう死んでるけどね」

 結局は堂々巡りしてしまった。

 結局小一時間ほど志木がぐずる。女神は何もしてやれないので、それを眺めるだけだった。

「とりあえず、一回転生してみましょ? そしたら何か変わるかもしれないから」

「うぅ……」

「参ったわね……」

 すると、女神の脳内に声が聞こえてくる。

『女神リリルよ、何か問題でも起きたのか?』

『最高神フォンセル様』

 相手は、簡単に言えば女神の上司である。

『先ほどから転生の手続きが進んでいないようだが?』

『申し訳ありません。担当している人間が転生を拒否しているのです』

『稀にそういう人間もいる。心苦しいかもしれないが、転生させてやるのが一番だ』

『承知しています』

『まぁ時間はたっぷりある。その人間が受け入れるまで相手してやりなさい』

 そういって声は遠のく。

「はぁ……」

 女神は一呼吸置くと、志木に声をかける。

「まぁ、元気出しなさい。現世に戻っても、また死にたいって思うだけよ」

「それは、そうかも、しれないですけど……」

「なら、いっそのこと異世界に転生して、パーッとやるのはどう? 人生の気分転換になるかもしれないわよ?」

「……確かに」

「ね? なら異世界に転生してみましょ?」

 いじいじしていた志木であったが、次第にその気になってきた。

「確かに、現世に生き返ってもやることないしな……。転生した方が何も気兼ねなくできるかもしれない……」

「そうそう」

「異世界なら、俺の理想の生活も出来るかもしれない……」

「いいよ! その調子!」

「なんか異世界に行きたくなってきた……!」

 そういって志木は立ち上がる。

「よし、やってやるぞ」

「そう来なくちゃ! ちなみに理想の生活って?」

「部屋の隅で埃食って生きる生活」

「それ異世界でやる意味ある?」

「現世だとお金の心配あるので……」

 しかし、最終的に志木は異世界に転生することを決意した。

「それじゃあ、異世界に転生させます。もう悔いはないわね?」

「はい。思いっきりやってください」

「それじゃあ、異世界に転生させます。良い人生を」

 そう女神が言うと、志木の視界が真っ白になる。

 そして次に気が付いたときは、森の中で横になっていた。

「ひっ!」

 志木は思わず起き上がった。


Tips!:志木は自分のベッド以外で横になることは出来ないぞ。なんでも汚れが気になるらしい。


「……最悪だ。こんなことになるなら異世界に転生するんじゃなかった」

 そんな声がむなしく響いた。

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