40. つかさVSれの


 コート入りしてのアップ中、遥は川貴志の選手に目を向けた。


 れのもこちらの様子を窺っていた。

 つかさだけに向けられた視線かと思いきや、選手全員を観察しているようだった。試合前に何かしら情報を得ようとしているのだろう。その眼差しに私情は含まれておらず、既に切り替えて試合に集中しているようだった。


 れのはチームメイトと言葉を交わし背中を向けた。


 岩平が集合をかけた。

 シューティングをしていた遥たちはボールを回収しベンチに戻る。


「練習してきたことをやろう。高さではうちが有利だからオフェンスは常にインサイド意識」


 両チームのスターティングメンバーがTシャツを脱ぎ、その下からユニフォームが顔を出す。

 早琴を残し、遥たち五人は整列へ向かう。


 コートに出てきた川貴志の選手は四番、五番、六番、七番、そしてもう一人。

 全身からスター選手特有のオーラを放つ、番号飛んで十一番、川久れの。


 高校入学後初めての経験だった。こちらには他を寄せつけない絶対的エースがいる。対してそれに匹敵するやもしれぬ敵もまた、同じ場にいるということはこれまでになかったことだ。ある種の安心感が今はない。


 両校スターティングメンバーが出揃い、審判とテーブルオフィシャルズの準備も整った。

 これより県予選の一回戦が幕を開ける。


 ジャンパーとして進み出たのは舞。

 サークル周りでは我先にと位置取りが始まる。


「幸先よく頼むよ」


 杏がマークマンに片腕をあてがう。


 審判のトスアップで両者飛び上がった。

 上背で勝る舞はさらに跳躍力でも相手を引き離し腕三分の一ほど余裕を持ってボールに触れた。方向をしっかりコントロールされたボールは味方が取りやすい位置に飛ぶ。もなかがすんなりボールを手にし、遥に預けた。


 川貴志はマンツーマンディフェンス。

 早い段階で確認しておきたいことがあった。アメリカのトップチーム。それも年の離れた高校生たちにスペシャリストと言わしめた彼女のディフェンスがどれほどのものか。


 本人もそれを望んでいるようだった。オープニングに相応しい。入りの攻撃をつかさに委ねることにする。

 当然のようにつかさをマークするのはれの。


「ぬるま湯につかりすぎて鈍ってるんじゃない?」

「試してみる?」

「手加減なんてしないから」

「私もよ」


 近づきがたいまでの雰囲気がその場を支配する。


 パスを受けようとするつかさに対し、れのはボールを持たせまいとパスコースを潰しにかかる。ディフェンスの圧が遥にまで伝わってくる。


 つかさは貰い方も上手いからこれまで安心してパスを送ることができていた。しかし今回はその限りではない。オフェンスが一流ならそのディフェンスもまた一流。多少ずれても緩慢でも許されたパスはここでは命取りとなるだろう。


 ゲーム終盤のミスできない局面であるかのようなプレッシャーを感じながら遥はパスを出した。

 ボールを受けたつかさは目線のフェイントだけを入れ、れのの前足を崩しにかかる。これまで何人ものディフェンスが反応すらできなかった予備動作のない爆発的な踏み出し。


 止められるビジョンが見えなかった。

 刹那の衝突。


 そんな……


 遥は目の当たりにした光景を受け入れられない。

 つかさは突如立ちはだかった壁に衝突し行く手を阻まれていた。どんぴしゃすぎて切り返しもできない。


 れのは動きを読んでいたかのようだった。ほぼ同時の動き出しからコースに体を滑り込ませ、そこへつかさが飛び込んだ形になった。それだけではない、伸ばした手がボールに触れていた。


 ボールがつかさの体から遠ざかる。幸いボールに勢いはなく、スティールされることなくつかさの手に戻る。

 だがその光景は衝撃的で遥の心を波立たせた。つかさがボールのコントロールを一瞬でも失ったのを目にしたのはこれが初めてだったからだ。


 れのが皮肉な笑みを浮かべた。


「やっぱり。完全に鈍ってる。それともまだ本気じゃない?」

「本気よ」


 つかさは一対一を続行する。

 れのは体が浮くところを詰め、ボールが来るところを読んで手を置きにくるなどして、受け身にならず攻めながら守ってくる。そしてどんな揺さぶりや切り返しにも振られることなく、どこまでもピッタリとついてくる。まるで磁石のように。


 つかさは思うようにディフェンスをはがせない。

 最終的にミドルレンジからフェイダウェイ気味のシュートを選択。

 れのは後れを取ることなく手を伸ばす。

 ボールに触れるか触れられないかのギリギリの距離でもつかさのフォームは崩れない。かすかにボールに触れられながらのタフショットを見事に沈めた。


「ナイシュつかさちゃん」

「危なかった」


 ディフェンスのスペシャリストといえ、つかさを完全に止めることはできなかった。

 攻め手がこのレベルに達すると単独で守るには限界がある。そこで『止める』ではなく、『どれだけ苦しいシュートを打たせられるか』のハイレベルな戦いになる。


 両者の動きは見入ってしまうほどに無駄がなく、そして軽快だった。それは見ている者が、なるほどああすればいいのか、とうっかり自分も同じことができると勘違いするほどに。


 つかさでなければシュートを打つことさえできなかっただろうと、遥は聞きしに勝るディフェンスのレベルの高さに驚き、おののいた。


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