御崎 VS 川貴志
39. 川貴志のスーパールーキー
本戦当日を迎えた。
集合時間よりもそこそこ早く遥が駅に到着すると、そこには先に来ていた杏ともなかの姿があった。
遥に気づき、明るい声が飛んできた。
「二人ともずいぶん早いですね」
「うん、杏がね」ともなかが微苦笑する。
「早く目が覚めちゃってさ。家にいてもすることないし落ち着かないから来ちゃった」
「それで私も連れてこられたってわけ。まあ私も時間持て余してたからちょうどよかったんだけどね」
「私も似たような感じです。誰か来てたらいいなと思ってたからよかった」
「緊張してるの?」
「緊張と、わくわくと」
「そっか。楽しみだね。がんばろうね」
遥はほっとするような気持ちになった。はい、と返事をした。
「ところで遥ちゃん、朝ごはんは食べてきた?」
「それがなんだか胸がいっぱいで思うように食べられなくて」
「杏と正反対だ」
杏に目をやる。
「暇だからご飯食べて時間潰そうとしたらいくらでもいけちゃってさ。腹ちぎれそうになるまで食べちった」
杏はTシャツを引っ張って腹を主張する。本当は顔を合わせた瞬間から気になっていた。試合に影響しないか心配になるほどぽっこり腹が膨らんでいた。
「あ、試合までにはちゃんと消化して力にするから心配ないよ」
危なっかしいのやら頼もしいのやらよくわからなくなりそうだった。
「遥ちゃんはお腹空いてない?」
「今のところ大丈夫です」
「そっか。つまめるものも持ってきてるからもしお腹空いたら食べてね」
そうこう話していると三好が現れ、最後は例のごとくつかさが遅刻ぎりぎりでやってきた。
会場に着くと既に他の試合が始まっていた。
御崎高校の出番まではまだ時間に余裕があるのでしばし観戦する。
ユニフォームをぱっと見ただけではどこの高校かわからなかった。試合は終盤。十点差がついている。負ければそこで終わり。三年生は引退。
これが県予選。総体の雰囲気なんだとひしひしと感じるのに、この次の次が試合の遥にはまだ、その現実がどこか他人事のように思えた。
なんとなく負けているほうを心の中で応援していたが結局リードを守り切ったどこかの高校が勝利した。
その場を去り、部員一同、一箇所に固まっていると環奈が大会パンフレットを持ってきた。
「どうぞ。全員分ありますよ」
「ありがとう」
遥は受け取りページを開く。
大会パンフレットにはトーナメント表や出場各校の選手名・背番号・学年・身長・出身中学などが記載されている。選手の写真はなくモノクロ印刷の簡素なものだ。
自分たちが載っているページを探す。御崎は登録人数が少なく下の空白が多いので少し寂しい。同じページには他の高校も紹介されていて、御崎の隣には対戦校が載っていた。
御崎高等学校
コーチ 岩平 寛
Aコーチ 三好 文
4 鷹宮 舞 3 174
5 寺田 杏 2 172
6 近衛 もなか 2 160 明治
7 西宮 つかさ 1 168 LCS
8 結城 遥 1 156 東
9 久我 早琴 1 155
10 日場 環奈 1 150
出身中学が一人だけローマ字でかっこいい。
遥は隣の川貴志女子高等学校へ目を移す。
知らない名前がずらりと並んでいる。上から下に身長と出身中学をざっと確認していく。聞いたことのない中学名から強かった記憶のある中学名まで様々だ。高さはそんなにないみたいだな、と視線を下へずらしていく。中頃あたりで視線がぴたりと止まる。
中学名に見覚えがあった。遥はその選手名を確認するため左へ視線を持っていく。
11
「この人って……」
周りもざわついていた。
字は同じなのかわからないが同姓同名。そして『LCS』。頭文字をそれぞれ取った学校名なので同じ学校とは限らないがこんな偶然はそうそうない。
「つかさちゃん。この子って、あのれのちゃんだよね」
もなかがパンフレットを見せた。
「私のよく知ってるれのよ」
試合の時間になればつかさと、それを追って日本へやってきた少女――川久れのは遅かれ早かれ顔を合わす。
詳しくはわからないが二人の関係は現在良好とはいえないだろう。
再会を喜び、ハグの一つでも交わす光景は想像できなかった。
遥は赤いバスパンとチームTシャツに着替えた。
ユニフォームの色はトーナメント表の左側か右側かで決まる。左であれば淡色、つまり白のユニフォームとなり右側は濃色となる。
一回戦、御崎は右側なので濃色。赤ユニフォームでの試合だ。
試合開始時間から逆算してウォームアップに取りかかる。まずは体育館を出て、ランニング後、満足に体を動かせるだけの場所を探す。
遥たち一年は二、三年についていく。
前方から白ベースにサイドは空色のバスパンを履いた集団が向かってきた。遠目からでもどこか品の良さを感じる。チームTシャツを揃って着用している。学校名がプリントされているかもしれないがこの距離からでは読み取れない。
すれ違いざま、
「つかさ……」
最後尾を歩く選手が足を止めた。
例の記事の写真よりも大人びたその少女は、紛うことなく川久れの本人だった。日差しの影響か、髪は写真で見るよりも明るい。
つかさが目を合わせると立ち尽くしていたれのはさっと表情を消し、私怨を抱いていると言わんばかりの表情を作るようにしてつかさを見据える。
ついて来ていないことに気づいた川貴志の選手が振り向いた。
「どうかし……。先に行ってるわよ」
「すみません。すぐ行きます」
「私たちも先行ってるね」
遥が早琴を連れてその場を離れようとした。
「待ちなさい」
「えっ」
「あなたたちも一年?」
「はい」
値踏みするように見てからつかさに視線を戻し、やがて口を開いた。
「久しぶり」
再会を祝した言葉には感じられない。
「そうね。れのにとっては二ヶ月ぶりくらい?」
「何言ってるの。つかさが日本へ行く前からだから、もっと長いこと会ってなかったと思うけど?」
「聞いたわよ。うちの学校に来てたんでしょ」
「さ、さあ。そんなの知らないけど」
「もしかして人違い?」
つかさが確認すると、早琴は「双子か年の近い姉妹がいたりする?」と問う。
「いないわよ」
つかさが答え、早琴は困った顔をした。
「じゃあ人違いじゃないと思うけど……」
「なっ」
「だって、れの」
れのは早琴をきっと睨みつけた。先ほどのような作りものっぽさがない。ひっ、と早琴は一歩後ずさった。
ま、いいわ、とれのは開き直り本題はそこじゃないとばかりにつかさへ居直る。
「つかさ。私今回ばかりは怒ってるから」
「ど」
「どうして、なんて聞いたら怒るから」
「ずっと怒ってるじゃない」
「もっと怒るの!」
一呼吸置いて、感情を沈めた。
「どうして黙って行っちゃったの」
「れのには教えない」
「私に聞かれたらまずいことなの……?」
つかさは答えない。それが答えだった。
「何も話してくれないほうがずっと辛いよ」
言葉の端々から悲愴感が滲み出ていた。
「ねえつかさ。うちとの試合で私たちが勝ったらその話ちゃんと聞かせてよ。それならいいでしょ」
「わかった」
「約束だよ」
れのはつかさを見つめた。まだ何か言いたげだった。己を律するように出かかった言葉を飲みこむと、「じゃあまたあとで」とその場を去った。
彼女の心情を慮るとつかさが日本へ来た真実がどうであれ早く話してあげてほしい、と遥は切に思った。しかし負けるわけにはいかない。勝敗関係なく話してあげてほしかった。
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