御崎 VS 箕澤

34. 御崎のダンカー

 

 地区予選当日。


 支度をしていると、遥のスマホにメッセージが届いた。


『おはよー みんな起きてる?』


 もなかから、バスケ部で作ったグループへのメッセージだった。

 遥は『起きてます』と返す。

 他のメンバーのスタンプや文章も続々と表示される。


 一人分の既読がまだつかない。

 通知が止んだ数分後、もう一度スマホが鳴った。


『起きた』


 最後につかさからの返信があって全員の起床を確認した。遥はほっとして途中だった支度に取りかかった。


 時間に余裕を持って家を出る。集合場所は学校の最寄り駅だった。遥の自宅の最寄り駅でもあるため徒歩で向かう。

 駅前に部員の姿は見当たらなかった。いれば遥が着ているのと同じチームジャージを着用しているはずなのでひと目でわかる。


 一番乗りかなと思っていると、駅舎の陰に一人佇む女性がいた。彼女は遥と目が合うと胸の前で手を振った。遥は手を振り返す。


「おはよう、結城さん」


 御崎高校の英語教諭である彼女、三好文は遥のクラスの授業を担当しており、お互いに面識があった。


「昨日は眠れた?」

「はい。体調もばっちりです」


 ここで会ったのは偶然ではなかった。三好はバスケ部の副顧問で、普段の練習に顔を出すことはめったにないが、こうした遠征時は引率役を任されていた。部活の場で会うのは今日が初めてだった。


「あやちゃんせんせー。あ、遥ちゃんも」


 駐輪場のほうから杏ともなかがやってきた。

 もはやお決まりの流れで最後に現れたのはつかさだった。誰一人遅れることなく、電車組三人を乗せた電車に乗り込み、一同は試合会場へと向かった。



 会場の高校に到着後、しばらくして遥たちはウォームアップを始めた。

 御崎高校の試合は第二試合。まもなく第一試合開始の予定時刻になろうとしていた。


 学校の敷地内を軽く走っていると御崎以外にもウォームアップをしている高校があった。対戦相手である箕澤高校もどこかで準備しているはずだ。


「あれって箕澤じゃない?」


 次のメニューに移ろうと足を止めたとき、もなかが『MINOSAWA』と書かれたTシャツを着た一団を発見した。

 そして自然と一人の選手に目が吸い寄せられた。


「わあ……」


 岩平の情報が真であり想像以上であったことに驚愕する。

 目を見張るほどの巨体がそこにはあった。その上背は周囲の選手とは頭一つ、あるいは二つ分飛び抜けている。体の厚みも中々のものだ。まさに重量級センターという佇まい。


「うおっ!」杏が飛びのいた。「びっくりしたー、エクゾディアかと思った」

「バカッ。聞こえるよ」


 もなかに叱られ、杏は両手で口をふさぐ。


「ごめん。あまりの衝撃にお口が勝手に」

「杏の悪い癖だよ」


 でもさー、と反省の様子なく言い訳をしようと杏は、


「くだらないこと言おうとしてるならもう黙ってな」

「はい……」


 舞にも怒られしょんぼりと背中を丸める。舞の言い方は感情的ではなかったが背筋が寒くなるような迫力があった。


「おっかねぇ……」


 杏が小声で言った。


「なんか言った?」

「言ったよ。舞はん大好きって言ったの」

「そう。私も好きだよ」

「えー大好きではないんだ」

「そうだね。さっきみたいなところがなくなったら大好きになるかも」


 雰囲気が悪くならなそうで安心感を覚えた。


 幸い、箕澤の一団はこちらに意識が向いておらず、また近くでウォームアップ中の別の高校が声を出していたこともあって杏の失言には気づいていなかった。

 しかし御崎一同はあちらに意識が向いている。


「そういえば先輩。御崎高校ってどんな感じなんですか」


 箕澤の選手が話す内容を聞き取れた。


「さあ。前まで大会に出てきてなかったし」

「急造チームってやつですか。じゃあ余裕なんじゃないですか」

「むむっ」


 耳をダンボにしていた杏が反応した。


「たぶんね。まあ地区予選はどこと当たっても余裕だけどね」

「ちょっと行ってくる」


 一団に向かっていこうとする杏をもなかが引き止めた。


「やめなよ。試合に勝てばいいだけじゃん」

「それもそうか」

「うん」

「でも」

「なんでよ」

「今言わなきゃあたしの気がおさまらん!」


 芝居がかった杏の口調にもなかは安堵しているようだった。


「それでもやめて」


 杏が肩を怒らせて歩き出した。


「お願い、恥ずかしいからやめてって」


 もなかが後を追う。

 舞がため息をつき、「ったく。仕方ないなー。みんなはここで待ってて」と一年生に言い置き杏を追いかけようとする。が、環奈が却下した。


「私たちも行きます」


 いいから、と舞に跳ね返されるも最後は一年生も全員一緒についていった。

 杏に追いついた。


「みんなよく来た。舐められたままでいいわけないもんな」

「舐めてくれてたほうが都合よくない?」


 ジョギングを装い箕澤一団に近づく。杏は素知らぬ顔して爆弾を放り込むようにして、箕澤の選手の横を通過する。


「ああー今日もダンクしよっかなー」


 箕澤一同の顔が一斉にこちらを向く。


「ちょっと先輩。たたっこむのはいいですけどほどほどにしてくださいよ。あれやると目立ちすぎて恥ずかしいんですから。だいたい怪我なんてしたら大変ですよ」

「心配性だな、大丈夫だよ。あ、でもなんか今日足痛いからやんないかもなー」

「絶対無理しないほうがいいですよ」

「どうしよっかなー。でもダンクしたいしなー」


 角を曲がり姿をくらます。


「決まったな! 環奈もナイスフォロー。これで今頃ぶるってるよ」

「大嘘になに保険までかけてんの」


 舞は呆れていた。

 もなかはやれやれというそぶり。


「喧嘩腰でいかれるよりはましだけど、あれはあれで恥ずかしいからやめてよね」

「あ、そろそろ試合始まるので私行きますね」


 二クォーターの後半になったらまた呼びに来ます、と環奈は何事もなかったように試合の偵察に向かった。


 ウォームアップを再開する。ちょうど試合が始まったらしく体育館から届く喧騒が激しくなった。

 ブザーにホイッスル、ぴゅいぴゅいと突き抜けるような高音の指笛が外まで響いてくる。声援もよく聞こえる。

 黄色い声の中に太い声が混じっているのは試合中のチームと同じ高校の男子バスケ部が応援しているからだろう。指笛もおそらく彼らのものだろう。


 外にいても伝わってくる、中学とはひと味違う大会の雰囲気に遥は高揚感を覚えた。


 そろそろかな、と話していると環奈が呼びにきた。第二クォーター終了五分前とのことだ。

 次に試合を控えているチームは、その前の試合のハーフタイム中、コートに入って練習を行うことができる。また、前の試合終了後十分間も同様に練習時間が与えられる。


 バッシュに履き替えコート近くで待機する。

 遥は改めて中学との迫力の違いを感じた。それでも敵わない相手という印象を受けることはなかった。

 東京の上位チームとの試合を経験したことで目が肥えたからというわけではなく、冷静に自分たちの力量と比較しての感想だった。


 ブザーが鳴った。第二クォーターが終了した。御崎が試合を行うコート側のブザーだ。


 遥たちはエンドライン沿いに一列に整列した。向かい合う形で反対側のエンドラインには箕澤高校が並ぶ。選手数は御崎が六人に対して箕澤はベンチ入りの上限となる十五人。


 前半戦を終えた選手と入れ替わるように両校一斉にコートへ入る。

 遥たちは真ん中と右サイドに三人ずつ一列に並んだ。片方がパサーとなって順番にシュートしていく。


 先頭は杏ともなかのコンビ。

 続いてつかさが遥にボールを預け、リングに向かって走り込む。

 遥は前方のスペースにパスを送る。つかさはキャッチした流れでレイアップシュート。ネットをくぐったボールを拾って遥はサイドの列へ。つかさは真ん中の列へ。少人数で回しているので列に並ぶ前に順番が回ってくる。


 対する箕澤は円陣を組んで掛け声を発してから、御崎同様に二手に分かれてアップを始めた。こちらは人数が多いので選手たちはぐるぐる切れ目なく流れるようにシュートしていく。


 人数が多いだけあってアップの見映えで御崎を圧倒していた。

 中学時代もそうであったように、相手チームのアップを見ていると判断材料が少ないのもあって、遥の目には誰も彼も上手そうに映った。加えて箕澤にはサイズもあるのでより強そうな雰囲気が出ていた。


 ランニングシュートの最後一本は杏が走った。

 箕澤の選手たちが杏を目で追う。

 パサーのもなかがリング手前に落ちてくるよう高めに投げる。どう見ても二人のタイミングは合っていなかった。勢いをつけて飛ぼうとした杏はしかし足を止めた。


「いくらなんでも早すぎでしょ。いやーまいったな。さすがにそれはあたしでも届かないわ」


 杏はわざとらしく笑いながら跳ねたボールを取り、ゴール下から普通にシュートして外した。

 事もなげに自ら拾ってもう一度シュートし今度は入った。

 

 後半開始三分前。

 アップに入った両校はコートを空けた。


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