35. 静かな立ち上がり
第一試合が終了した。
十点差の決着となった二校がコートを去る。
三年生にとっては引退のかかった大会ではあるが、地区予選段階では負けても敗者復活戦に回ることができる。負けたチームに涙はなく、ネガティブな空気もそれほどなかった。
遥たちはこのあと始まる自分たちの試合に向けてコートで体を動かす。
まずはチーム全体でのアップを行ってから個人シューティングに移った。
遥の放ったスリーがスパッと決まる。ゴール下でリバウンド役を務める環奈が投げ返してくれた。
「遥さん調子どうですか」
「いい感じだよ」
体が軽くシュートタッチもよかった。遥は早く試合がしたくてうずうずした。
「とりあえずディフェンスはハーフマンツーで様子見な」
試合開始三分前。岩平が事前に打ち合わせていた作戦の確認を始めた。主に箕澤のサイズのある選手への対応についてだ。
箕澤の十番。百八十五センチの彼女のマークは杏が担当することになっていた。チームで最も上背がある舞がつかないのはパワーを考慮してのことだ。
「おっしゃ。行ってこい」
スターティングメンバーは舞、杏、もなか、つかさ、遥。
遥はTシャツを脱いでユニフォーム姿になった。普段の練習ではTシャツばかり着ているので肩周りがやけにスース―して感じた。
「焦らずいきましょう」
「がんばって」
「ファイト」
環奈、三好、早琴の声援を受け、五人はコートに入った。
整列し、相手選手が出揃ったところでマークの確認をする。
杏は打ち合わせ通り十番を。舞はその次に大きい五番に。この選手は十番を一回り小さくしたような選手で身長こそ舞とほぼ変わらないが、こちらもパワータイプの印象を受ける。
残る遥たちはひとまず自分に近い体格の選手をマークする。
審判の笛で礼。
「お願いします!」
箕澤は十番がセンターサークルに入った。それを見て杏が進み出る。
身長差は十三センチ。ジャンプボールは杏が不利か。
遥は速攻を警戒する。
新チーム初公式戦――ティップオフ
高さに勝る箕澤の攻撃でゲームが始まった。
ゆったりとしたボール回しからインサイドでポジションを取った十番にボールが入る。身長差は十三センチ。このミスマッチは誰がついたところで避けられない。
シンプルに高さとパワーでぐいぐい押し込まれ先制点を決められた。
インサイドが強いという点では以前対戦した東陽高校と似ている。だが、技術・スピードでは東陽のセンター、古賀利佐が数段優っていた。やりようはいくらでもありそうだった。
それを感じてか杏の表情には余裕があった。
攻守が入れ替わり箕澤の選手は自陣に戻った。前からプレッシャーをかけてくるつもりはないようだ。
さあゲームは始まったばかり。遥はボールを運ぶ。
ハイポストで舞がポジション争いをしている。
巧みに体を入れ、舞は面を取った。しかしパワーに勝る敵にあっという間に外へと押し出されてしまう。ポストプレーを全力で阻止してくるタイプのようだ。
遥は逆サイドへボールを振った。つかさへのパス。
つかさはミート(パスを受ける直前の動作)でディフェンスを大きく崩し中へ切れ込んだ。カバーに寄ったのは舞についていた五番の選手。
つかさであれば並のディフェンスに組織力が加わったところでさしたる問題ではないのだが。
つかさは攻めの姿勢はそのままに、敵の出方を観察しながらリングへ向かう。
ゴール下で居座っていた十番が前に出た。つかさとの身長差は十五センチ以上。これだけ大きいと中にいられるだけで脅威だ。
立ちはだかった十番の体でつかさの視界からリングが消えた。そこへマークが外れていた舞がここぞというタイミングでゴール下へ飛び込み、どんぴしゃの合わせが通る。
トン、スパッ。バンクショットが成功した。
「ナイスパス」
舞とつかさが並んで自陣へ戻る。
上々の立ち上がり。敵に主導権は握らせない。
「ドンマイドンマイ。一本取ろう」
箕澤は相変わらずのゆったりしたパス回しから五番がボールを受けた。
舞を背にしてがつがつ押し込んでくる。単純なパワー勝負では不利に思われたが、舞は敵の体をうまくいなしてリングへは簡単に近づけさせない。
五番は強く押し込み急速ターン。からの後ろに下がりながらのシュート。パワーごり押しタイプな見た目に反して意外なまでの機敏な動きだった。
しかし舞は翻弄されることなく反応してチェックに飛ぶ。放たれたボールに舞の指先が触れた。
勢いを奪われたボールはリングに弾かれた。しかしオフェンスリバウンドを取った十番にそのまま押し込まれてしまう。
第一クォーター五分経過して、
10-10
岩平がタイムアウトを要求した。
シュート成功率では箕澤を大きく上回っていた。にもかかわらず均衡を破れないでいるのは、ことごとくオフェンスリバウンドを手にされ、二本目三本目で得点されているからに他ならない。
「さすがにリバウンドつえーな」
岩平の第一声がそれだった。
「どうだ杏。十番止められそうか」
「止めるよ。ただ力強すぎなんだよね」
「舞は?」
「飛ばせないようにするだけならなんとか」
「おっけー。舞はそのまま。杏はリバウンドの際に十番をゴールから遠ざけるか飛ばせないことに集中。その後はコートに落ちたのを自分で取るか近くの味方が取ってやれ。あっちはあの下二人のリバウンドが生命線だから、そこさえ崩せば流れは一気に傾くぞ。いいな、リバウンドだぞ」
遥も返事をしてベンチから腰を上げる。
「あ、それとさ」舞が遥たちに顔を向けた。
「私が面取ったらすぐボール入れてほしい。でないと押し出されるから。まあポストプレーが難しそうならおとなしく外から攻めるけど、まずは試してみたい」
「わかりました」
タイムアウト終了のブザーが鳴った。
「さあ行きましょう」
環奈が手を叩いて盛り立てる。
相手のアウトオブバウンズ後のタイムアウトだったので御崎ボールで再開する。
舞のアイコンタクト。
遥からもなか、そして舞へとパスが渡る。舞の希望通り面を取った瞬間にボールが入った。ディフェンスは舞の動きを窺っている。
舞がドリブルで軽く押し込むと体を当てて弾き返してきた。
もう一度押し込む。今度はやや勢いをつけて。ディフェンスにも力が入る。弾き飛ばそうとするように、ぶつかる対象があるのを前提として重心が前に傾く。その途端、その瞬間を狙って、舞が力をすっと抜いた。ディフェンスと接触するすれすれで鋭く小回りのきいたスピンムーブ。ぶつかる対象を失った五番はたたらを踏んだ。
「うま」
遥はぽろっと口に出た。
ゴール下へ抜け出した舞は楽々とシュートを決めた。自信があるであろう相手のフィジカルを逆手に取って対抗心をうまく引き出した舞が一枚上手だった。
かわって箕澤の攻撃。
シュートが外れる。
ディフェンス成功となるか継続となるか、肝心なのはこの後だ。
自分でリバウンドに飛ぶのは後回しにし、敵の要を飛ばせないことに注力していた杏はその役目を果たしていた。
だが、ボールの飛んだ場所が悪かった。杏の頭を越え、押さえていた十番の頭上に落ちてしまった。またもオフェンスリバウンドを取られたあげく得点されてしまう。
「それでいいぞ杏。今の続けろ」
ベンチから岩平が声を張る。
どこか穏やかなシーソーゲームが続いた。
遥は同点でも押されている気分だった。
リバウンドだけじゃない。こっちが攻めるときも箕澤のペースに合わせてしまってる。どこかでうちのペースに持っていかないと。
御崎のオフェンス。舞の攻めが続く。
舞が要求すると例によってすぐさまボールを入れる。
同じ手は食わないつもりだろう。先ほどしてやられたばかりの五番は少しだけ距離を空けた。
18-16
リードを保ったまま第一クォーター終了。
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